四十六話:グラム〈3〉
少し短めです。
グラムが行方不明になってから十日以上が過ぎたが、誰も、彼女を見つけることはできなかった。
その日、大森林に降る大雨は、大森林の樹々を打って音を立てていた。
空を仰いでも見えるのは、美しい緑から覗く青空ではなく、どんよりとした黒い雨雲。
「はぁ……」
だがグラムは、どこかで雨宿りをする気にはなれなかった。
雨の日の森は想像以上に過酷だ。歩くだけで、溜息をつくだけで、どんどん体力を削られていく。
全身が濡れれば、体温はどんどん下がっていく。
それでもグラムは、休むことなく、強化された魔獣を一匹一匹殴り殺して回っていた。
「百七匹目……」
これは、グラムが今日だけで殺した数だ。
多くの魔獣が雨宿りをする雨の日にしては、三桁という数は明らかな異常値だ。
水を含んだドロドロの足場、刻一刻と減っていく体力、嗅覚も聴覚も視覚も雨の日には役に立たない。
雨の日の利点と言えば、汗や血が雨によって洗われることくらいか。
連日に渡り酷使され続けてボロボロの身体に、グラムはさらに無理を強いる。
ターゲットを発見した瞬間に方向転換をし、気付かれる前に仕留める。
隠密行動のために気配を遮断することはない。純粋な身体能力と体捌きだけで、相手の知覚から逃れるのだ。
「百八匹目……」
それはもしかしたら、獣人の特性を最大限に活かした最適解なのかも知れない。
人にはない利点、獣としての本能、特性をどこまで引き出せるか、それにグラムは挑戦していた。
だがそれは、自身を獣にする行為とは到底言えなかった。意味もなく獣を狩る行為は、むしろ自身を『殺し』に特化した機械にする行為。
知ってか知らずが、グラムは雪風と正反対の道を進んでいた。
「百九……いや、違うにゃ?」
新たな標的かと構えを取ったグラムは、訝しげに眉を潜める。
霧の向こうに映ったシルエットは、どちらかと言えば人の形をしていた。
こんな雨の日に森を歩く人間がいるのか?
グラムは自分のことを棚に上げて警戒する。
「……精が出るな、クロスブリード」
「っ!!」
現れたのは、あの日、グラムに最大の屈辱を与えた人物、時間の正神教徒だった。
勝負を配下に任せ、その上トドメを刺さなかったのだ。
それはつまり、この男にとって、グラムは真面目に戦うに値しない存在ということ。ここまで舐められたのは、グラムも初めてだった。
「おお、中々いい目をするようになったな。砂糖菓子のように脆く甘い牙も、今では鋭く尖っておる。牙の抜けた人間などつまらぬ、やはり、獣人はこうでなくては」
「……………」
「警戒、おおいに結構。いくら鋭くなったとは言え、短絡的な思考をするようでは話にならんからな。相手の力を見極めなければ、勇者ではなくただの愚者だ」
「何の用にゃ……」
「用? 私が貴様にか? これは面白い冗談だな」
「貴様……っ!!」
ギリッと歯を食いしばり、手から血が滲む程に拳を強く握りしめた。
真っ赤なグラムの血は雨に流されることなく、グラムの身体を守るかのように脚にまとわりついた。
それを見て時間の正神教徒は、楽しそうな笑みを浮かべて、
「と、言いたい所だが今回は違う。お前に、いい話を持ってきたのだよ」
「いい……話?」
警戒心を剥き出しにしながらも、耳がピコピコと興味ありげに動くグラム。
時間の正神教徒は、悪魔のような笑みを浮かべながら、グラムにこう問いかけた。
「強さが欲しくはないか? 仲間の力を己の強さに変える、そんな素晴らしい力を」




