三十八話:想いを口に
「ではこれから、作戦会議を始めます」
旅館のロビーに集まった俺たちの顔を見渡して、エミリアが開始の宣言をした。
エミリアの言葉に、俺たちは頷く。
そう、俺たちは今、『マリンちゃんを励ますためにはどうすれば良いかみんなで考えよう大作戦(エミリア命名)』の記念となる第一回会議をしている。
是非歴史に刻みたい。
その名前だと考えるだけで終わりそうとか言ってはいけない。安心してくれ、いざとなれば俺が死んでも実行する。
…………比喩じゃないぞ?
「まず、状況を整理しましょう。数日前、グラムちゃんが急にいなくなった。何故かマリンちゃんは自分のせいだと自分を責めてしまい、激しく落ち込んでいます。今朝は朝ごはんを残しました」
「「「ッッッ!!!」」」
「…………?」
金髪の一人を残したメンバーに衝撃が走る。
マリンちゃんがご飯を残した……だと!?
「ちなみにそれは、証拠隠滅してくれと頼まれたシンが食べました」
「あの可愛さには断れなかったなぁ……」
少し量が足りなかったので、丁度良かった。
「では皆さん、マリンちゃんが元気になるには、どうすれば良いと思いますか?」
エミリアが問いかけた。
素晴らしい難問だ。これは実に考えがいがある。こんな良問を出すなんてエミリアは天才かも知れない。
…………なんでもないですすみません。
「まずは、何故自責の念に囚われているのか、そこを知る必要があるかと思いまする」
「なるほど、確かにそれはあるかも知れないね。……なぁシン。ところで私は部外者じゃないか? マリンちゃんという子は見たこともないのだが……」
「友達の妹のピンチに……はっ! お前はグラムを友達と思っていないのか!?」
「そうなのアーサーくん!?」
「やめてくれシン! 何故か私が悪いような気がしてきた!」
タラリと冷や汗を流すアーサー。
そう、アーサーも俺がこの場に呼んでいる。
部外者の意見が欲しかったのだ。マリンちゃんを知らないからこそ、出せる意見もあるかも知れないからな。
マリンちゃんを知らない以上、それが採用される可能性は少ないと思うが、そこを元に俺たちが新しい案を思い付く可能性もある。
今いるメンバーは、これで全員。
エミリア、雪風、紫苑、アーサー、そして俺の五人。
ここにグラムがいれば完璧だったのだが、そのグラムは行方不明だ。
街中をラムさんたちが探してくれているが、それでも見つからない以上、グラムは多分森にいる。
「やっぱ、見つけるが一番早いよなぁ……」
「それができないからこうして集まっているの」
「いや、それは分かってるけど……特定の人がいなくなった時の孤独って、誰にも癒せないと思うんだよ。ましてや何かしらの理由があって、自分のせいだと思い込んでるんだから……」
「…………ぁ……ご、ごめんなさい……」
エミリアが何故か謝ってきた。
え? なんで?
えーと……あ、ああ! もしかして師匠のことか? 思い出す以前に師匠に関する記憶を忘れないから、別に謝られてもなぁ……。
俺がそれを伝えると、
「ふふ……シンらしいね」
「ああ、師匠への愛は不滅にして毎分毎秒増してるからな」
「十年近くそれなら、確かにそうなるわけだよ……」
どういう意味だそれは。指示語が多すぎて分からん。ちゃんと具体的に説明してくれます?
「シンのことが好きだって言ってる子の前で、堂々と他の女性のことを愛しているって言う所だと思うよ?」
「やっぱり具体的に言わないで!!」
今のは言ってくれって意味じゃないんだ……。
いや、そりゃまあ……紫苑と雪風がいるのも、そして今若干ムッとしているのも気が付いているけどさぁ……。
なんで言えば良いんだろう、俺の身体を構成するものは師匠への想いとそれ以外が半々だ。
最近やけに変動が激しくて、今も大地震の前の予震のような変動は起きているが、師匠がダントツトップなのは変わらない。
えぇえぇ! エミリアが俺のことを好きだとしてもね! 俺は師匠だけが一番ですよ!
言ったら次の日に命はなさそうだから言わないけど!
まあつまりなんだ。師匠への愛を言うのは、俺にとってほぼ呼吸だ。呼吸を制限されたら死ぬ、話は以上だ。
「君のそういうところは尊敬するよ……。いや、決して尊敬されるべき所ではないと理解しているがね。そこまで想いを貫けるのは、素直に羨ましいよ」
「アーサーも貫けば良いじゃん。殺されても愛する〜〜くらいの愛なんて簡単だよ?」
「いや、普通は難しいと思うのだが……。ううむ……やはり毎日想いを口にした方がいいのだろうか……?」
ブツブツと呟き始めるアーサー。
婚約者をそこまで大事に思えているなら、俺は大丈夫だと思うけどな。
まあでも、それは言わない。だってその方が面白そうだから。アーサーなら間違えることもないだろうし。
「想いを口にする…………」
「???」
エミリアが、深刻そうな表情でそう呟いた。
なんだろう、そこからマリンちゃんを元気付ける方法が閃いたのか?
毎日愛を囁かれるのは、正直結構ウザいと思うぞ。俺が言えることじゃないが。
ちなみにそれを許す師匠とレイ先輩は心が広すぎて世界が入る。つまり女神。二神教へようこそ。
「想いを口にですか? ……シン、好きです」
「「「「っ!?」」」」
雪風が血迷った。
突然すぎる愛の告白だ。恥ずかしい、恥ずかしいか……でも、悪くないな。分かってはいたが、普通に嬉しい。
頬が緩んでしまうのを感じた。
「……本当に元気が出たのです」
「ああ……うん……」
でも多分、これはマリンちゃんに通じないだろうなぁ……。
「せ……せ、拙者も……あ、ああ愛しておりましゅる!!」
「シオンちゃんまで!?」
ムッとしていた紫苑が、顔を真っ赤にして若干噛みながらも負けじと言ってきた。
何度も聞いているが、それでも、やっぱり嬉しいもんなんだな。……顔が熱いな。この旅館、ロビーに熱こもってない?
雪風、紫苑とくれば、次はエミリアしかいない。
なんとなく、みんなの視線がエミリアに集まる。
「わ、私、は…………」
エミリアは俺の方をチラチラと見ながら、真っ赤になって口をパクパクさせている。
だがついにキッと覚悟を決め、
「さぁ、そんなことより作戦会議をしましょう! まだ、案が一つも出てないからね!」
やっぱりエミリアは言ってくれなかった。
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