表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

128/344

三十五話:有罪判決

 

「お姉ちゃん、どうしたの……?」

「にゃ?」


 シンと雪風が激しく戦闘している下を、妹マリンの手を引いて走り抜けたグラムは、不意に聞かれた質問に思わず目を点にした。

 質問があるとすれば、何故二人が戦っているのかを聞かれると思っていたからだ。


「お姉ちゃんがすっごく怖い顔してたから……お兄ちゃんたちのこと、心配なの?」

「あ、ああ……そういうことかにゃ。心配……別に心配はしてないのにゃ。さっきの感じだと、力が増えた代わりに速さが落ちている。それなら、シンはどうにかしてくれるはずにゃ」

「……? よく分かんないや…………じゃあお姉ちゃんは戦わなくて良いんだよね?」

「ま、まあ……そう、にゃ……」


 妹の純粋な姉への心配からくる質問に、グラムは苦い顔をする。

 何故なら、グラムは戦わないのではない。戦えないのだ。

 雪風の身体から黒い瘴気が立ち昇るのを見た時、グラムは、まるで時間の正神教徒に出会った時のような恐怖を感じた。

 膝はガクガク震えていたし、雪風の最初の一撃を防げたのも本当に運が良かっただけだ。


「恐怖心……」


 多分、これはトラウマに近いものだ。

 時間の正神教徒に手加減されたあげく一太刀も浴びせれず、グラムは自信を粉々に打ち砕かれた。

 だから、グラムは奇襲をかけられなかった。雪風の禍々しい瘴気を見た瞬間に足が竦み、まだ雪風が理性を保っていた最大のチャンスを逃したのだ。


「グラムは強い……。シンが言ってくれた……」

「お姉ちゃん?」

「シンが言ってた……グラムにしかできないことが…………」

「お姉ちゃん!」

「っ!」


 一喝され、グラムはビクリと大きく身体を震えさせた。


「お、お姉ちゃん……?」


 困惑したようなマリンの声。

 だが、それも仕方がないだろう。

 何故ならグラムは、


「あっ……ぁ……」


 叱られた幼い子供のように身体を縮めて、怯えた震える瞳で自分の妹を見ていたのだから。

 それは、いつものグラムでは考えられない姿だ。

 自信に満ち溢れていた強い少女の面影は微塵もなく、今のグラムはそこら辺にいるただの弱い女の子だった。

 いや、まだ他の女の子の方が強い瞳を持っているだろう。グラムの目は、恐怖心に全てを支配された、そんな目だった。


「うっ……ふぇ……グス……」

「お、お姉ちゃん!? な、なんで泣いて……あぁ……えっと、そこの宿屋で部屋を借りよう! 今日はもうあの旅館に泊まらないからさ!」

「グス…………うん…………」


 グラムの澄んだ色の双眸から涙が溢れる、それがどれほど異常なことか、マリンはすぐに理解した。

 慌てて近くの宿屋で部屋を借り、マリンはそこでゆっくり姉と話をすることにした。


「まずお姉ちゃん。なんで泣いてるの? もしかして怪我したの? 痛いの?」

「…………」

「そっか……なら、悲しいことでもあったの?」

「…………」

「お姉ちゃん……言ってくれなきゃ、マリンも分からないよ……。お兄ちゃんは雪風お姉ちゃんと喧嘩するし……マリンだって泣きたいのに……」


 目まぐるしい状況の変化に、マリンの小さな頭は混乱して、感情がぐちゃぐちゃになって……。

 そして、マリンの頬に一滴の涙が伝った。


「マリン……大丈夫にゃ?」


 頑として理由を説明しなかったグラムは、そこで初めて、いつものグラムらしい顔を見せた。

 妹を心配する、少しだけシスコンの入った姉の顔だ。


「うん……ごめんなさい……お姉ちゃんの泣く機会を奪っちゃって……」

「泣く機会なんて……いらないにゃ……」

「うん…………ねぇ、お姉ちゃん」

「……なんにゃ?」

「お兄ちゃんたちは心配だけど、ちょっとだけ遊ばない? ほら、昔みたいに果物を取りに行ったり、洞窟を探検したり。あ、でもまずはお姉ちゃんの話を聞きたいかな? ほら、お兄ちゃんたちのこととか」


 頭と心の中がぐちゃぐちゃになっている二人の姉妹は、どちらからともなく身を寄せ合い、言葉を交わし合った。

 恋人同士が愛を語り合うように、二人は思い出話や土産話を共有した。お互いの存在そして繋がりを感じるために、堅く手を繋いだ。


「ねぇ、お姉ちゃん」

「んにゃ?」


 ピクニックに誘うくらいの、刺のない可愛らしい声に、グラムは無警戒に聞き返す。


「やっぱり、お兄ちゃんのことが心配なんでしょー?」


 刺がないどころか、美味しい花の蜜がありそうな言い方。まさに、姉の恋愛に興味を持っている妹だった。


「姉妹だもん。分かるよ、それくらい。だってお姉ちゃん、お兄ちゃんと話すときはお兄ちゃんに無茶なお願いするでしょ?」

「……どういうことにゃ?」

「あまり気付かないけど、お姉ちゃんって結構相手のことを考えてるよね? でも、お兄ちゃんと話す時は甘えたそうにしてる」

「にゃ!? にゃ、にゃにゃにゃにゃにを言って……」

「帰ってきた時はそんなだったんだけど、昨日の夜とかチラチラ見てたよねー? 夫婦って言葉が聞こえた途端、耳と尻尾をピンッてさせてたし!」

「そ、それはっ………そのぉ……」


 悩みを相談した直後だったから、そう言おうとしたのだが、何故か上手く口が動かない。 

 真っ赤になって口をパクパクさせる姉に、マリンはニヤリとした笑みを深いものにし、


「ねぇねぇお姉ちゃん、お兄ちゃんって、小ちゃい子も好きかな?」

「…………にゃ?」

「でも、お兄ちゃんは青髪のお姉ちゃんのことが好きそうだったし……うん、可能性はあるかも」

「な、何を言っているのにゃ?」

「え〜? 何ってぇー」


 どこか焦ったような姉の表情に、マリンは楽しそうに。


「お姉ちゃんの本当の望みを、マリンが叶えることもできるってこと!」

「…………っ!!」


 蜜の中にずっと隠していた刺で、無用心に近づいて来た姉を突き刺した。

 マリンがそれを言った途端、グラムの表情が悲痛に染まる。それは、半ば絶望とも取れる感情だった。


「……こんなこと言ってごめんね、お姉ちゃん。でも、マリンは今のお姉ちゃんが嫌いなの」

「マ、マリン……?」

「お姉ちゃんの夢を、マリンは応援する。でも、マリンは今のお姉ちゃんを応援しない」

「な、なんで……」

「お姉ちゃんが、そんなだから。だから、マリンが代わりに族長になる。マリンがお兄ちゃんと結婚して子供を作る」

「…………っ!」


 グラムに顔に刻まれた絶望が、さらに深くなった。

 だが、気にせずマリンは続ける。

 それはもう、姉と妹の会話ではなかった。罪人と、それを裁く者の会話。

 ただ一つ違うとすれば、裁く者が、罪人を愛する故に裁くことだ。

 幼い少女には似合わない深い慈悲を持って、マリンは罪人()に判決を下す。


「マリンは戦えないし弱いけど、少なくとも……今のお姉ちゃんよりは多分強いよ?」

「え…………」

「だって今のお姉ちゃん……弱いんだもん……」


 それが、(つい)だった。


感想評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ