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三十二話:愛を込めて。

満を辞してあの人が登場します!

ちなみに大事なシーンです!

少し長くなりましたが、分割はしませんでした!

大事なシーンなので!(二回目)

 

「…………さらばじゃ、お主よ」


 長き時を生きる少女は涙を流しながら、


「…………雪風は……雪風はきっと、最後まで幸せだったのです」


 永遠のパートナーは全てを知って、


「…………これにて、しばしのお暇を頂きまする。いつかまた、逢える日を」


 黒髪の少女は真っ赤に染まった眼帯を俺に預け、


「なんて顔をしてるんだ? 私にも最期くらい、カッコつけさせてくれよ……なぁ親友」


 誰もが羨む美貌はもう影も形もなく、


「まあ、戦とはそのようなものですよ。シン・ゼロワン……エストロを頼みますよ」


 全てを隠していつも通りを演じて、


「ハンゲル王国二十五番隊団長! 我が祖国、我が願いのために!」


 誰よりも気高く誇り高く、


「お兄ちゃん……なんで泣いてるの? どこか痛いの?」


 許容範囲を超えた感覚に状況を理解できず、


「にゃっはー! これは参った参ったぁ! ……ごめんシンくん、お姉さん、先にいってくるね」


 最後まで彼女は彼女で、


「ったく……泣くんじゃねえよ。オレだって泣きたいのに……。お前が泣いたら、泣けないだろ……」


 だけどひどく泣いていて、


「人知れず死んでいった奴らより、私は随分と恵まれた死に方だな。…………アイリス様、今行きます」


 清々しく晴々と


「ふん、グラム様にはどうってことないのにゃ! ちょっと痛くてちょっと死にそうでちょっと眠いけどそれだけなのにゃ!」


 全てを押し殺して気丈に微笑んで、


「シン…………私は大丈夫。ふふ……ねぇシン、寂しくさせたくなかったとしても、こっちに早く追いかけて来たら、怒りますからね」


 そして────


「バイバイ、シン。その赤い眼帯、似合ってるよ」


 ──みんな、死んでいった。


 ♦︎♦︎♦︎


「…………」


 これは、全て未来予想の一つでしかない。

 俺の中の記憶から作り出されたもの、いわば夢のようなものだ。

 どんなにひどい悪夢を見たって、悪夢だと割り切るのが人間だ。

 レイ・ゼロ教の信者である俺は、悪夢なんて信じない。

 なのに…………


「キラ先生、雪風、紫苑、アーサー、アイリス会長、団長、マリンちゃん、スーピル…………」


 死んでいったのは、それだけじゃない。

 釣り銭を誤魔化してくる商店街のオヤジ、時々強制的に試着を頼んでくるレインさん、最後まで愛を貫いた兄妹。


 俺が知っている奴、知らない奴、様々な奴が死んでいった。

 カイヤだけは出てこなかったが、多分あいつのことだ。戦場で身体の限界を迎えて、死体の山の上で静かに命を散らしていたのだろう。


「正神教徒…………ッッ」


 犯人は、分かりきっている。

 死んでいくみんなの後ろにあった沢山の死体が着ていたのは、黒装束だった。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」


 精神世界だからだろう、俺が気付いていなかった正神教徒への憎しみがどんどん溢れてくる。

 気付けば俺は、完全に戦闘時の格好になっていた。視界も、嗅覚も、聴覚も、全部元に戻っている。

 いや……これは今までで、俺が一度もしたことない格好。本当に危険だと思う戦場に行く時、俺が決めている装備。

 ズボンの中に、シャツの中に、襟の裏に、様々な場所に暗器を潜ませているのが分かる。

 あのオーバーキルすぎる銀の銃と、師匠が作った世界最高峰の杖の二刀流。


「…………」


 憎しみを殺すのではなく、理性と同一化させることで、冷静を保つ。

 精神世界にあるからこそできる荒技だ。いわば、一種の洗脳。

 徐々に、思考が、理性が、憎しみに侵食されていく気がした。


「大丈夫ですか?」


 ────だが、その背中を突っつく人がいた。


「…………え?」


 後ろを振り向いた俺は、固まる。

 だってそれは、その人は……


「本当に大きくなりましたね……シン」


 今では俺が着ているローブ、効率重視でかつ美しい杖。

 癖っ毛の青い髪の毛に、同じ色の澄んだ瞳。

 小さく、誰よりも偉大な魔術師。


「師匠……?」

「はい、師匠です。あなたの師匠です。……随分と怖い顔をしてますね?」

「あ、いや、これは…………」


 俺は思わず頬に触れた。

 ()()()()()


「あ…………」


 そう、いつのまにか、俺の装備は解かれていた。

 今の俺は、学院の制服に師匠のローブを羽織った姿。恐る恐る首に触れてみれば、そこにはアンティークな小さな鍵があった。


「シン、これは全て夢です。もちろん、私も本物の私じゃありません」

「…………」

「でも、それでも言います。シン、貴方は恐すぎです。大切な人との別れを。だから、心のどこかでセーブしていた」

「セーブ?」

「はい、特に入学してレイ・ゼロと出会った直後辺りですか、貴方は、エミリアの気持ちから目を逸らし続けた」

「い、いやそんなことは……」

「あります。貴方は気付いていないでしょうが、一番大切な人を私から変えたくなかったがために、彼女の好意から目を逸らし、彼女を二番にし続けた」


 師匠は、少し怒ったように話す。

 でも、それは違う。そんな器用なことが、俺にできるはずがない。


「実際今も、目を逸らしているでしょう。既に言い訳のできないくらい、彼女が貴方を好きだという証拠が見つかっても、貴方は頑なにそれを認めようとしない。雪風とは違って」


 だが……これもまた、真実だった。


「貴方は、彼女が貴方の一番になることを恐れた。一番を喪う辛さを、もう二度と体験したくなかったから。だから貴方は、さっきもエミリアを示す銀色のオーブを最後に回した。見たくなかったから、彼女が死ぬところだけは」

「…………ッッ!!」


 全部、正しい。

 俺は敢えて、銀色のオーブを後に回していた。猛烈に嫌な予感、これを見たらもう他のは見れないという確信があったからだ。


「好意を知っても、エミリアが俺の一番になることはないでしょうに……だって俺はいつも……」

「私のことが好き。そう、面と向かって言われると照れますね……。……シンも成長して格好よくなってますし……」


 そうだ、俺の一番は、常に師匠だ。

 エミリアも大切だが……やっぱり、俺が憧れているのは、俺が恋するのは……。

 俺の師匠なのだ。

 だが、師匠はそれを理解した上で、


「一番は私かも知れませんが、彼女は限りなく一番に近い存在でしょう? 後一つ、何か大きな……いや、ほんの僅かなキッカケでさえ、彼女は一番になる」

「だから俺の一番は貴方だって何回言えば…………っ」


 唇に、師匠の細い指が当てられた。


「何を言っているんですか。もちろん、私は貴方の一番です。それはちゃんと自覚してます。……恥ずかしいですから、言わせないでくださいよ……」

「な、ならなんで……」

「一番が二人いても、別に良いでしょう?」

「……………………へ?」

「シン、もしかして忘れてるんですか? 私の手紙を」

「い、いやちゃんと覚えてますって! 一語一句間違えずに言えます!」

「そ、それはそれで少し重いですが……なら、ちゃんと私は言っていたじゃないですか」

「言っていた……?」


 言っていたって……何を?


「誰でも構いません。シンが、その一生を使って一緒にいたいと、そう思える相手なら誰でも。男でも女でも犬でも猫でも馬でも、牛でも羊でも。

 勿論、二人でも三人でも構いません。それだけでいいのです。シン、貴方なら、それだけで」

「ッッ!!」


 もちろん、覚えている。師匠は俺が牛を好きになると思っているのかと、読み返していて苦笑したものだった。


「そしてその前に、愛する人を見つけろとも言っています。愛する人っていうのは、一番の人って意味ですよ?」

「え…………?」

「ああ、やっぱり分かってなかった……。私はシンの師匠です、シンが普通には相手が見つけられないくらい分かってますよ」

「う…………はい……」


 ……そうだろうな。

 エミリアを見つけて護衛任務についたから、今ではこうして紫苑や雪風から気持ちを寄せられているわけだけど……。

 もしエミリアと出会わずあのまま森にいたら、きっと俺は師匠のことだけを考えて生涯を終えた自信がある。

 余裕なんてない王城の忙しい日々は、俺の心に余裕を生んでいたのだ。


「命を助けたのが私なら、心を助けたのが彼女です。だから、貴方は心の底から彼女の護衛であることを誇らしく思っている」

「…………」

「少し、説教臭くなってしまいましたね。でも、シンが悪い子なのがいけないんですからね」


 人差し指を立てて、メッ!としてくる師匠。


「師匠……少し、抱き締めても良いですか?」

「へ? は、はい……どうぞ」


 許可を貰ったので、俺は師匠を深く強く抱き締めた。

 師匠は、俺の胸の中で目を白黒させている。

 だがすぐにフッと優しい表情になって、


「成長しても、シンはシンですね……」

「そりゃそうですよ。俺はいつでも、師匠を愛していますから」

「〜〜〜〜!! み、耳元で囁かないでください! ああもう! 成長して欲しいとは思いましたけど! うぅ、こ、これじゃ完全に私のタイプで……うぁぁぁぁぁ!!」


 真っ赤になった顔を、俺の胸に隠すように埋める師匠。埋めているせいで、最後の方がモゴモゴして聞き取れなかった。

 だが、愛する人から顔を胸に埋めるなんてことをされては、俺の想いにも我慢が効かなくなる。

 俺は、さらに強く師匠を抱き締めた。


 この師匠は、本物ではない。

 だが、俺の記憶が作り出した限りなく本物に近い師匠だ。

 師匠の言った言葉は、俺が自覚していながら心の奥に封印していたもので、それを俺に代わって師匠が気付かせてくれたのだ。


「ありがとうございます。師匠」


一章の時にシンが酷いくらいに鈍感だった理由はこれです。

(感想で言われた時はかなりドキリとしました)


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