三十一話:未来の可能性
──そこは、真っ暗だった。
伸ばした手どころか、自分の顔の前に手をやっても、手がどこにあるのか分からないのだ。
視覚だけじゃない、嗅覚と聴覚も使い物にならなかった。きっと、味覚もだろう。
あるのは、触覚だけ。
『触れる』、その感覚だけが、この空間で唯一の法で、そして全てだった。
そして、身体を触れる手が教えてくれた情報は……
「いつのまに裸にされたんだよ……」
いや、本当は分かっている。
これは、俺の精神世界。精神だけの世界に、服はいらない。
「今雪風が身体に入って来たら色々と終わるな」
雪風が俺の身体に入ってきた時、恐らく精神世界にいるのだろう。
何をしているのかは見せてくれないが、聞いた話によると、俺の記憶の中から気に入った家具を生み出して一つの部屋にしているらしい。
……いや、何やってんだよ。超見たいじゃん。
「ま、恥ずかしがって見せてくれないけど」
ちなみに、記憶の中から家具を出すと言っても、俺の過去が見れる訳じゃない。
雪風が欲しいと思った物が俺の記憶の中にある場合、ポンと突然現れるのだとか。
しかも、出現させるにも細かい指定が必要らしい。まぁだから、そう簡単に地球の物とかが出ることはないし、俺の真実を雪風が知ることもないはずだ。
「よし、俺も同じことを……」
欲しい物は、取り敢えず服だ。
師匠のローブで良いか。よし……………。
「…………おおっ!! すげえ、全裸にローブという変態的な格好になった!! っていやそうじゃなくて、下着とか必要だったな、うん」
ローブが出たことに喜んで、次に下着やシャツを生み出そうとした俺。
だが、すぐにその手が止まった。
「へ?」
突然、周りにいくつもの光球が浮かんだのだ。
「な、なんだ!?」
どう見ても下着じゃないだろ……。
それとも、俺の精神世界ではこれが下着に分類されるのか? 性欲が溜まりすぎて変な扉を開けてないか?
それともあれだろうか、Blu-rayとかになると無くなる謎の光的なやつだろうか。それなら超健全だね、何も問題はない。
「いやいや、そしたら俺の精神世界規制だらけじゃん」
まあ、よく分からんが、危険な物ではない気がする。
てか、なんで俺がこうして自分の精神世界にいるのかも分からないしな。
もう、何にでもなれだ。師匠から受け継いだ魔法を使わずに死んでしまった以上、今の俺の状況は完全な未知。
あ、ここってもしかしてあの世的な物なのか?
だとすればこの光は……魂とか?
「まずは青でいいか」
目の前にあった、青く光るオーブに触れる。
その瞬間、
「────────ッッッ」
♢
『あ、あれ……?』
ここは……師匠の小屋?
だが、誰かが住んでいるような様子はない。
「シン、こんな所に呼び出して何の用ですか?」
『ッッッ!!』
慌てて、俺は柱の影に隠れた。
見つからないように彼らを見ると……
『俺と……レイ先輩?』
何故か、そこにはレイ先輩と俺がいた。
いや、俺は俺でも、今の俺より少し後の俺だろう。
身体が、今の俺よりも少し高い。そしてどこか、疲れて見えた。
「師匠……分からないんですか?」
未来の俺が、レイ先輩の肩を掴んだ。
「師匠? だから私に弟子はいないと何度言えば……」
レイ先輩は、それを振り払う。
だが、未来の俺はそれくらいで諦めなかった。
「師匠!!」
『おいっ!!』
何を思ったのか、もう一つの俺が突然レイ先輩を押し倒した。
レイ先輩が痛そうな顔をするが、未来の俺はそれどころじゃないようで、「思い出してくださいよ……俺たち、ここでずっと暮らしていたじゃないですか……」と訴え続けている。
だが……それは駄目だ。覚えていないのだから、そんなことを言われても不審者にしか思えないだろう。
それは、未来の俺も分かっているはずなのに……。
レイ先輩の表情がどんどん冷たくなっていくのに、俺は気付いていた。
「……もう良いです。それが、貴方の答えなんですね? そうだから、全てを失ったというのに……」
『…………え…………?』
全てを失った?
未来の俺が?
「良いでしょう。シン……いえ、ゼロワン。貴方には、私がこの手で引導を渡してあげます。それが、せめてもの償いです……」
「師匠…………?」
『おい、ちょっと待ってくれ! 全てを失ったって…………』
返事はなかった。
それどころか、俺は最後まで言い切ることもできなかった。
レイ先輩は体内の魔力を全て解放し、小屋もろとも、いや、不死の山もろとも、未来の俺を殺すために爆散した。
眩しすぎる白に目を焼かれ、そして気づけば…………
「ゲホッゴホッッ! い、今のは…………」
俺は、自分の精神世界に戻ってきていた。
目の前の青のオーブが、徐々に輝きを失っていく。
「まさか…………これ、全部……」
これから起こる、未来の出来事?
「…………いや、それは違う」
自分で言っていて、それは違うと確信できた。
これはまだ、確定した未来ではないはずだ。今からなら、どうにでもなる。
だが……そう分かっていても、次のを見るのは怖かった。
「…………でも、見なくちゃ前に進まねぇってことかよ……」
幸い、時間はいくらでもある。
覚悟を決めて、俺は今度は紅く光るオーブに手を伸ばした。
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