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二十九話:絶縁

 

「紫苑、すぐにこの辺りにいる住人を避難させろ。それが完了したら、お前も全力で逃げろ。その間……俺が時間を稼ぐ」

「…………了解」


 紫苑は、止めなかった。

 ただ一つ頷き、スッとその場から姿を消す。

 短い直線距離の移動なら、雪風より速いかも知れないな、紫苑は。


 紫苑が素直に戦場から退いた程、こいつはやばい。

 紫苑では相手にならない訳ではない、むしろ万能型である紫苑の方が、俺より時間稼ぎは得意かも知れない。

 だが…………紫苑は致命傷を治せない。

 その点、俺なら多少の怪我は瞬時に治せるし、大怪我であろうとも治すことは可能だ。

 死んでも復活できるかは疑問だが、いざとなれば雪風と戦った時みたいに、直接この黒い魔力を操ってあの遺失魔法を使えばいい。


 相対しただけで、死ぬかも知れないと思わせる覇気、風格。

 一見ただの飄々とした若い男のようで、しかしその内から僅かに除く実力は底が知れない。

 初めてカイヤやスーピルと出会った時以上に、身体が緊張で強張っている。


「やけに警戒されてるな。心外だぜ? 道を歩いていて自分と同じ人族を見つけたから、気軽に話しかけただけなのにさぁ」

「それにしては随分と過激な挨拶だな。ポケットに入れている手を出せ」

「……へぇ……思ったよりやるねぇ、ま、この時点でそれくらいじゃないと駄目か」

「…………何を言っている?」

「さぁね。ま、なんだ。俺はお前に危害を加えたいわけじゃない、ただ、少し警戒が緩みすぎなのはいけないなぁ」

「…………っ!!」


 判断は一瞬。

 戦場の勘で、俺は咄嗟に身体を前傾させて姿勢を低くした。

 すると次の瞬間、さっきまで俺の頭があった所を黒色の光線が貫いた。


「へぇ……。今のを避けるか。予備動作はなかったはずだがな」

「…………生憎と、予備動作なしで攻撃してくる仲間がいるもんでね」

「成る程…………」


 その男は、顎に手を当てて何かを考え始める。

 だから俺は……


「ふっ……!」


 光線を避けるために姿勢を低くしたことを生かし、橋の上のそいつとの間合いを詰める。

 その間、〈ストレージ〉を使って左腰に刀を出現、居合の要領で刀を凪いだ。

 だが、手応えはない。

 バックステップで交わしたそいつは、さらに バックステップで距離を取って橋から飛び降りた。

 俺もそれを追って橋から降り、再び水路脇の草原に足をつける。

 だがその間に、距離をかなり離されてしまった。


「…………」


 刀の距離じゃない。

 俺は〈ストレージ〉に刀をしまい、首飾りの鍵を起動させて杖に変形させる。


「その刀、その鍵の首飾り……成る程、お前がシン・ゼロワンだな」

「…………っ!!」

「そう驚くことでもないだろ。お前はこれまで、出会った全ての正神教徒を打ち倒してきたのか? 違うだろ? なら、そいつらの上司である俺に情報が行くのは当たり前ってやつだよ。ま、コソコソと情報収集をしてるのは俺くらいのもんだけどな」

「上司……?」


 正神教徒、それも戦闘部隊たちの上司といえば、考えられるのは…………


「そうそう、まだ名乗ってなかったな。すまねぇ。俺は《絶縁》のアルディア。まあなんだ、正神教って言う宗教で司教なんてものをやらせてもらってる」

「っ!!」


 刀を構え直す俺。


 司教クラスと言えば、一番結末が良かった討伐報告でも、Sランク冒険者二人がかりだ。しかも、その時は片方を犠牲にして辛うじて勝利したらしい。

 多くの討伐数がある幹部の取り巻き連中に対して、司教以上のクラスの討伐報告は圧倒的に少ない。

 それは、何故か。


「その様子じゃ、俺のことは知らないみたいだな。まぁ有名じゃないしそんなもんか。能力も地味だし」


 司教と大司教、つまり幹部たちは皆、何かしらの能力を持っているのだ。

 それも、俺が持つ状態異常耐性や、無詠唱とかとは違う。


 一番近いのは、俺が師匠から受け継いだ、怪我を治すあの謎の力だ。

 分かりやすく言えば、自分専用の遺失魔法を習得していると言ってもいい。

 マーリンが魔術にしたことで消えたはずの、神の奇跡。彼らはそれを、自由自在に操ることができるのだ。


「絶縁か……電気を通さないみたいな能力か?」

「ははっ、それは面白えな。ま、一応そういう使い方もできなくはない」

「汎用性のある能力かよ……」


 防御に転用できる攻撃系の能力か?

 だとすれば、圧縮させた空気をぶつけたり……いや、それじゃただの魔法だ。

 能力は、例えば魔法陣要らずの転移魔法とか、それこそエミリアのあの力とか……そういう常識外の力だ。

 なんだ? 予想ができねぇな……。

 と、その時、


「非難完了したでござる!!」

「ほう……」


 どこからか、紫苑の声が聞こえた。

 そしてすぐに、この空間にはこいつと俺しかいない。そんな不思議な感覚が身体を満たした。

 紫苑が、最後に何かしたんだろうか?

 だが、今はそれどころじゃない。誰もいなくなったとなれば……


「行くぞ」

「っ……!」


 アルディアの周囲に浮かんだ黒い球から、予兆もなく太い光線が放たれた。

 それを俺は横に転がるようにして回避、瞬時に攻撃に転ずる。

 選択したのは、投げナイフ。あの黒い球から光線が放たれている以上、近づくのは危険な行為だとの判断だ。

 この距離だから捌けるのであって、近づいて黒い光線の密度が上がれば、俺に躱せる自信はない。


「…………そりゃそうか」


 アルディアは、それを半歩横にズレることで躱した。その間も、黒い光線は俺に向けて放たれている。

 放たれるのに規則性はあるが、一度に全ての球から放つわけじゃないのがイヤラシイ。

 常に二つ以上の球から光線が放たれているように、わざわざ間隔を調整しているのだ。


「それならこっちも……はぁ!」


 数には数だ。

 俺は〈氷刃〉を十個同時展開し、放つ。

 間髪入れずに、今度は〈魔弾〉を同じく十個


 貫通性能の高い〈氷刃〉と、着弾時の衝撃を威力とする〈魔弾〉。

 同時に対処するのは難しいが…………


「…………え?」


 そのどちらも、アルディアの周囲二メートルに近づいた瞬間、魔力に戻って、光の粒子となって大気に還っていった。


「呆けすぎだな。……まだまだだよ、お前は」

「っ!!」


 声が聞こえて、慌てて回避するも間に合わない。

 黒い光線が俺の右脚の付け根に当たり……


「がっ………………ぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁッッ!!」


 右脚が、消えた。

 いや、正確に言えば、切り離された。


 そして……………


「背後がガラ空きだな」


 自分の胸から、誰かの心臓を持った腕が突き出ているのを見て。


「……………ぁ……」


 世界が、真っ暗になった。


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