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二十八話:謎の男

一時間も遅れました……。

言い訳させてもらうのなら、書いていた内容が前話と致命的に繋がっていなかったせいです…(この話はさっき慌てて書きました)。


はい、自分のせいですね。

 

 二人で街を歩いている途中、少し気になったことがあった。


「そういや、紫苑はどうしてあんな所にいたんだ?」

「へ!?」


 だが俺が聞いたのは、両手で大事そうに持っているクレープみたいな謎スイーツに、紫苑が口を付けた瞬間だった。

 気管に入ってしまったのか、コホコホと辛そうに咳き込む。


「お、おい大丈夫か? ほら、水飲めって」

「んっ……んんっ……プハァッ! し、死ぬかと思った……」


 本当に焦ったんだろう、それはもう、語尾の『ござる』を忘れる程にな。

 紫苑は手の中の魔法瓶に視線を落として、顔を赤くした。

 ……その魔法瓶は、俺がさっきまで使ってたやつだからな。


「……こ、これ……」

「緊急事態だ。それよりもそっちの方が大惨事だぞ?」

「左手……? って、ああっ! 中身が!! て、手がベタベタでござる!」


 魔法瓶を持つために、慌てて両手で抱えていたスイーツを左手で片手持ちしたせいで、スイーツの皮が破れて中のクリームが出てしまっている。

 美味しそうな手だな。

 紫苑の白く細い指が、白く甘いクリームまみれになっていた。


「あ、手が……あぅぅ……」


 ドロドロとした白濁液だらけの手を見て、オロオロと慌てる紫苑。

 背徳感がすごいんですが……。

 無垢で無知な少女に指示して色々……いや、これ以上はやめよう。


「持ってて上げるから左手を出して。水魔法で洗うからさ」

「はい……すみませぬ……」

「いや、良いって。急に話しかけた俺も悪いし」


 迷惑にならないように水路の側の草地に降りて、スイーツを左手で持った俺は紫苑の手に水をかける。

 あとはこれで手を洗えば良いが……。


「あ、あの……」


 紫苑の右手は、魔法瓶で埋まっている。

 栓を魔法瓶と一緒に右手で持っているせいで、魔法瓶の栓が閉められず、魔法瓶を〈ストレージ〉に仕舞うことはできない。

 俺が手で持とうにも、そうすれば今度は魔法で水を生み出せない。

 指向性や勢いなどを、手を使わずに決定するのは難しいのだ。特に液体を扱う水魔法はそれが顕著。


「仕方ないか……」

「ひゃぁ!? シ、シン殿!?」


 だから俺は、自分の右手で紫苑の左手を握った。

 紫苑が自分で自分の手を洗えない状況なら、俺が洗うしかない。

 俺の手を中心として水球を生み出せば、握っているのだから水球の中に紫苑の手が必ず入る。


「あっ……く、くすぐったいでござる……」

「が、我慢してくれ……」


 紫苑の左手を揉むようにして、手についたクリームを落としていく。

 …………。

 …………。


「細いな……」

「へ?」

「い、いやなんでもない!」


 あ、あっぶねぇ……。

 思わず口に出ていたみたいだな。


「…………」


 紫苑の手は、女の子の手だった。

 指も細いし、クリームが潤滑油のようになっているのかやけにスベスベしているし、そして何より小さいし。

 指の隙間に入ったクリームを洗い落とすために軽く擦ると、紫苑はピクッと反応して、声を我慢するかのように目をギュッと閉じた。

 可愛い。可愛いから、少しいじめたくなってしまうな。


「ん……もう、全部落とせたのでござる……」

「そうだな」

「え? シ、シン殿……?」


 もう、クリームは全部落とした。

 なのに俺が紫苑の手を離さなかったから、紫苑は不思議そうに首を傾げている。

 俺は左手に持つスイーツを口に放り込み、両手で紫苑の左手を包み込むように揉み始めた。


「シン殿……? っ……!!」


 紫苑の左手と俺を右手を重ね合わせ、指と指を絡め合う恋人繋ぎをした。

 紫苑が、恥ずかしげに頬を僅かに染める。


「駄目か? 紫苑……?」

「へ!? そ、それは……その……」


 照れてしまった顔を隠すように、顔を背ける紫苑。

 だが、逃げることは許さない。

 俺はスイーツを食べたおかげで空いた左手で紫苑の顎を丁寧に掴んで、優しく正面に向けさせる。

 紫苑の整った可愛らしい顔は、既に真っ赤に染まっている。

 綺麗な白い肌だから、黒の眼帯と闇色の髪、そして羞恥の赤が、とてもよく映える。


「シ、シン殿……。ここで、そんな……んんっ……でも、シン殿がしたいのなら……」


 そう言って、紫苑はゆっくりと目蓋を閉じた。

 だから俺は、彼女の顎を掴む手を腰に回して……


「紫苑っ!」

「へ? シ、シン殿!?」


 紫苑が、素っ頓狂な声を上げた。

 俺が、突然紫苑の体を引き寄せ抱き締めたからだろう。

 俺を至近距離から上目遣いで見る紫苑の表情が、嬉しそうなピンクに染まった。


 だが……残念だが、少し違う。


「誰だ!」


 俺が誰何(すいか)の声を上げたことで、紫苑はハッと気がついたようで、途端に辺りを警戒し出した。

 そして、俺たちの少し横を見て顔を青くする。

 そこには、小さなナイフが地面に突き刺さっていた。


「まさか、これから拙者を守るために……」

「その話はあとだ。……なんであの時色街にいたのかも含めてな。今は……」


 ナイフが突き刺さっている方向とは反対側を向く俺たち。そこにはもちろん、そのナイフを投げた奴がいる。


「やっと見つけたぜ? 魔力を隠蔽するのが上手すぎるだろ……流石は精霊術師兼魔術師と天照国の忍びか……」


 白の仮面にタキシード姿の男が、こちらを水路に架かる橋の上から見下ろしていた。


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