十話:入学式
──ハンゲル王立魔術学院。
それは、世界的にも有名な魔術学院であり、かつての人魔世界大戦時には、勇者の仲間として当時の生徒会長が魔王を倒すのを手伝ったこともあったらしい。
創立はおよそ三百年程昔で、当時まだ新しい国であったハンゲル王国をここまで栄させたのは、この学院あってのこと。
ところで、この学院にはある面白い話がある。
初代国王でもあるハンゲルと魔術師マーリンが親友同士であったことは周知の事実であろうが、悪戯好きだった彼らがこの学院になんらかの悪戯を仕掛けたことはあまり知られていない。
それは果たして溢れんばかりの金貨なのか、それとも見たこともない魔道具やアーティファクト。もしかしたら、文献に見ることしかできない遺失魔法かも知れない。
これまで、多くの者がその謎に挑んで来たが、未だに彼らの遺した遺産は見つかっていない。
かくいう私も、一年間程学院に侵入し続けて遺産を調査し、遂には監獄で数ヶ月を過ごすこととなった哀れな一般人である。
しかし、私は諦めなかった。
警備の者たちが私の魔術に対抗する手段を手に入れれば、私は新しく魔術を開発し忍び込む。
運悪く捕まって仕舞えば、牢獄から脱獄するために固有魔法を死に物狂いで獲得した。
私の脱獄に対処するため、監獄が魔力結界で覆われるような時代になってからは、流石の私も自分の命が惜しくて夜な夜な忍び込むことは出来なくなったがね。
―だが、"だが"なのだよ諸君。
私は考えた。どうすれば、合法的に学院に入ることが出来るのか。
ふふ、今、私の前にいる君たちなら分かるね?
そう……そして私は学院長となったのだよ。並み居るライバル(笑)を押しのけて、気が付いたらなっていたのだよ。ぶっちゃっけ、なっちゃったんだよ。
……さあ、新入生諸君!
こんな老いぼれの犯罪自慢話諸々を聞いても、新入生諸君には全く面白くないだろうから、心惜しいがそろそろ終わらせようか! あ、あれだよ? そんなことより研究したいとか思ってないよ? 少ししか。
ンッ……ンン!
私から諸君らに言いたいことはただ一つ!
それは、世界の根元に到れだとか、魔術魔法を極めろとか、そんなご大層なものじゃない。
"自分が良いと思ったことをせよ"
以上!
♦︎
最初こそ手元の紙を持っていた学院長だったが、途中で何を思ったのか急に手元をバーニングし始め、拡声器も氷漬けにした。
代わりに吹き荒れる魔力の奔流に声を乗せることで拡声し、言いたいことを言い放ってそのまま風のように去っていった。
文字通り嵐のような学院長の挨拶の後、親や新入生は勿論のこと、先生たちも愕然としている。
中には苦笑していたり、ものすごく疲れた表情を……って、あれはジーク先生だな。そうか成る程、大体の事情は把握した。あれが学院長なら、そりゃ眉間に皺も寄るわ。
と、横からチョイチョイっと制服の裾を引っ張られた。
そちらを見れば勿論エミリアが。
「な、なんかすごい人だったね!」
どうやら、エミリア様は今ので少し興奮していらっしゃるようだ。
小さい頃に魔法を見せてあげた時と、ほとんど同じ表情をしておられる。
「そうだな。ああ見えてもあの人、かなり強いぞ」
「やっぱり! あの、魔力の流れ、スゴイ鋭かったもんね!」
ごめん、ちょっとなに言ってるのかわからない。
鋭いって……。ああ、もしかして殺気のことか?
エミリアも殺気を感じれるようになったとは、成長を喜ぶべきなのか、平和な世界には無縁のそれを覚えてしまったことを悲しむべきか悩むな。
ちなみに、殺意を魔力に乗せるのは大変だ。普通は、殺意が魔力の攻撃性を引き出す、謂わば起爆剤みたいになってしまって魔力が爆発する。だから、殺意を感じるも何もない。
「しかも、わざとでしょ?」
「お、それにも気が付いたか。そうだ、あれは意図して殺意を乗せていた。しかも、声を乗せていたということは魔法を使っていた、つまりあの魔力は属性を持っていた筈なのに……」
「誰も怪我してない!」
「ああ、そう言うことだ」
思わず頰が緩んでしまう。
それは、エミリアの嬉しそうな表情があまりにも可愛らしかったからだ。
朝、頭の上から水を被っていた人には見えない。
なお、あの時レイ先輩は寝ていたので、俺は一人で食器を買いに街まで走りました。
濡れた身体は走っている間に乾くと思った。今は寒気がしている。
「シンも……できる?」
「出来るか出来ないかで言えば、可能かな。でも、実際にやったことはないな。だってする意味がないし」
「じゃあ、なんで学院長は?」
「それは多分……ああいや、自分で考えてみな。この様子じゃ、平常を取り戻すのには時間がかかりそうだし」
俺は周りを見渡して言う。
この入学式が平常通りに進行していれば、俺の行動は目立つものだったろう。
しかし、俺に注目する人はほとんどいなかった。
いたとしても、その大部分がエミリアと話す俺への嫉妬の視線で、残りも俺がキョロキョロしているのが目に入ったからなんとなく目で追った程度だろう。
それは何故か。
まあ、ぶっちゃけると学院長が拡声器を氷漬けにしたせいで、予備の拡声器を設置するまで式が進められないからだ。
式が色々と滅茶苦茶になってしまったものだから、生徒達は周りの人間、つまり同じクラスメイトになる可能性のある奴と親交を深め、親達は親達で親交を深めている。
貴族で固まっている親の座席では、こんな時にもお互いの腹を探り合っており、何やら緊迫した空気が僅かに流れている。
(……ん、あの人……どこかで……)
どんな人間が一緒に入学したのか、その中にエミリアを害するような奴がいないか。朝の内に上空から一通り確認したが、ここでさらにもう一度確認していると、どこかで見覚えのある金髪を見つけた。
あ、と言っても試験で絡んできた金髪くんじゃないぞ?
彼は前の方でガチガチに緊張している。思ったより普通の人間らしくて、最初に見たときは思わず笑ってしまった。
いいね。俺、ああ言う奴、仲良くなりたいかは別として結構好き。うん、仲良くなりたいかは別だけど。
俺が見ていたのは、人間味溢れる金髪くんではなく、とても美人で小柄な女性だ。
教師達の席に座っているということは、この学年に関わりがある教師なのだろう。どうやら、教師が全員出席している訳ではなさそうだし、ここにいる時点で何らかの接点をこれから持つと見て間違いない。
(顔、佇まい。そして何よりオーラが……いやでも体格も少し違うし、そもそも金髪だったか……?)
何かが引っかかる。絶対に見たことがあるのに、名前もいつ何処で出会ったのかも思い出せない。
彼女の金髪に目が行ってしまい……くっ、金髪くん、君のせいだからね! 君が、「俺を呼んだか、平民」とか言いながら出てくるから!
読んでない、帰れ!
俺が頭の中で金髪くん(中の人、俺)と口論を広げていると、その女性の方も俺に視線に気付いたのか、お互いの目が合った。
美人と目が合うとか、元引き籠もりには難易度高すぎるんだが、師匠の寝顔を眺めることが毎朝毎晩の日課だった俺を舐めてはいけない。
生憎、美少女には慣れている。すぐ隣にはウンウン悩んでいるエミリアもいるしな。これから同じ部屋に住むんだ。このくらいで赤面していたら、エミリアの美少女っぷりに高血圧で死ぬ自身がある。
「シン!」
とその時、横からエミリアの声が聞こえたかと思うと、ズイッと前に出てきて金髪先生とのアイコンタクトを断ち切る。
近い、近い、近い!
近すぎて色々と危険が危ないことになってるから!
「……わ、わかったよっ、シン!」
「お、おう分かってもらえて何よりだ。だからまずは少し離れようか」
エミリアの肩を押して、席に座らせる。答えが分かった興奮で、腰を浮かせていたのかエミリアは……。
「あ、ご、ごめんなさい……」
「ああ、いやいいって。別に気にしてないからさ」
気にしていないと言えば嘘になる。嫉妬の視線に殺気が籠り始めていてね? 俺が他人の評価を気にしない人間じゃなかったら胃に穴が空いてるよ(物理)。
だが、その次の瞬間、少しだけエミリアの表情に影が指した……ような気がする。
光量は変わっていない筈だけどな。エミリアは「むう……」と言ってどこか不満そうだ。
「あのぉ……エミリア様?」
俺が恐る恐る尋ねる。
すると、エミリアが突然、
「……っん!」
自分の頰を両手で叩いた。
「エミリア!?」
突然の奇行に、思わず大声を上げてしまう。
慌てて周りを見渡すも、声は無意識にセーブしていたのか、そこまで注目を集めてはいなかった。
「……よし……」
「いや、『よし』じゃないからね? 突然頰を叩いて……眠かったのか?」
「眠いんじゃなくて……って、多分言っても伝わらないよね、シンには……」
「む。なんか分からんが、俺は貶され……いや、呆れられているのか?」
「そこなんだよぉ、もぉ〜〜……」
どこか遠い目をしながら、なんかブツブツ言っているエミリア。
何故だろう、理由はないが、頭の中の女神様が謝った方が良いとアドバイスしてきている。
「えっと……よく分からないけど、ごめん?」
「ぜ、全然大丈夫! ちょっと、これまでにない程モヤッとしただけだから!」
「それ大丈夫じゃなくない!?」
「だ、大丈夫なの!」
一見、頰を膨らませ「もおぉ〜!」と怒っているエミリアだが、これ以上進むなと俺の本能が全力で叫んでいる。
エミリアに感じるこれ、時々あるんだよな……。これ以上話を聞くと、もう後には戻れないっていう感覚。そこで退却すると、何故かエミリアの機嫌がさらに悪くなることはさておき。
「……まあ、大丈夫なら良い。それで、学院長が何故殺気を乗せたか分かったのか?」
「う、うん。最初は分からなかったんだけど、頭を整理をしようとしてシンを見たら、突然頭の中にパッって浮かんだの」
「…………俺はどう受け取れば良いんだろう」
俺に、あんな楽天的(控えめな表現)な爺さんとの共通点があるとは思えんのだが。というか、あの爺さん。王様の同類だな?(褒め言葉) 空気を読んだ上で引っ掻き回すのは、あの王様と同じだ。
「それで、答えは?」
「うん。答えは、周りの反応を見るため、でしょ?」
「…………根拠とかはあるか?」
「ううん、理由はないよ。でも、昔がシン言っていたのを思い出したの。害意への反応によって、その人の実力は大体分かるって。シン、さっき、学院長の魔力に周りの人がどんな反応をしたのか見てたでしょ?」
「…………」
ジ〜〜……とこちら見てくるエミリア。
だから、俺もジ〜〜……とエミリアの目を見つめ返す。
おまけに周りの男子生徒からは、ジッ……と殺気が放たれる。なんか、そこだけ音が違うぞおい。
「…………」
「…………」
お互い、間近で見つめ合い……
周りからも数多くの視線を感じ……
「正解だよ……俺の行動も含めて」
俺は負けた。
いや、これを一回言ってみたかっただけで、見つめ合ったのに理由はないけど。
それともう一つ。男子生徒の視線含めて、俺は多勢に無勢だからね。うん、そりゃ負ける。
「エヘヘ……」
正解したエミリアは、嬉しそうに少しだけ紅くなった頰を緩めている。
そして、反比例するように俺の顔は強張ります。理由は言わずもがな、今日、無事に生きて寮に帰れると良いなぁ……。
「あー、あー」
と、その頃拡声器の魔道具が用意できたのか、壇上にジーク先生が登った。
そういえば、あの人は教頭だったか。
益々深くなっている眉間の皺。果たして、拡声器を手に入れるまで、舞台の裏側で何があったのか気になるところだ。
ジーク先生が前に立つと。親も教師も新入生たちも、一瞬にして静かになった。金髪君? 彼は式が始まってから人形のように固まってるよ。
そして、今度こそジーク先生の話が進む。
「――以上で、私の話を終わります」
ジーク教頭の話は無難に終わり、教師の紹介などがあって、入学式は何事もなく進んで行く。
不思議だったのは、例の金髪の先生が担任紹介の中にいたにも関わらず、AクラスからFクラスまでの担任ではなかったことだ。彼女一人だけ、担当するクラスを発表されていなかった。
あ、ちなみに、何故この世界にアルファベットがあるのかは、きっと言ってはいけないことです。非リア充にとっては悪しき文化たるクリ◯マス(日本版)的なものもあったりしますが、それも言ってはいけません。夏祭りも以下略。
「――以上で、ハンゲル王立魔術学院入学式を終わります」
式が終わり、生徒達が列を組んで退場していく。
勿論俺も、エミリアの後ろを付いて歩いく。
ただ、その間も俺はずっとあることについて考えていた。
それは、本当に些細なことで。
それは、しかし何より俺にとっては大事なことで。
それは、周囲に意識を割いていたとはいえ、エミリアの視線に気付かなかったということだった。