二十六話:大浴場での遭遇
最初のストーリーが気に食わなくて改稿したせいで、投稿が遅れました……(すみません)。
時系列としては、前話の時間よりも早いです。
──早朝。
「「…………あ」」
大浴場の女湯、その脱衣所で、二人の女の子が鉢合わせした。
裸になろうとショーツを取ろうとした瞬間、さっきの夢がまた脳裏に鮮明に映し出され、なんだか恥ずかしくなって脱ぐ勇気が持てなかったグラム。
誰かに頬を撫でられ、その幸せの余韻に浸りながら目が覚めたものの、途端にさっきまで見ていた夢を思い返して頭を冷やしに来た雪風。
朝から特殊な夢を見てしまい、汗でベットリとした身体を洗おうと、変なことを考えてしまった頭を水で冷やそうと、そう思った二人の乙女。
「おはよう……です」
「おはようにゃ……」
服を脱ぎながらも、雪風はグラムをチラチラと見る。ゆっくりとショーツを下ろしていくグラムもまた、ソワソワと雪風を気にしているそぶりを見せる。
(あの汗…………まさか、雪風もあのエッチィ夢を見たのかにゃ?)
(……まさかグラムもです?)
そして彼女らは、すぐに答えに辿り着いた。
──相手も、自分と同じで…………。
だが、二人が確認することはなかった。
「…………」
「…………」
一つ間を開けて、洗い場でシャワーを浴びる二人。
跳ねる水滴の温度から、相手もまた冷水を浴びていることが分かった。
──これも、自分と同じだ。頭を冷やしているのだ。
「…………」
「…………」
二人は無言で自分の身体を洗い、そして湯船に浸かった。
「シンは……どうしてるにゃ?」
「シンです? 起きた時にはいなかったので……何をしているかは分からないのです」
「ふぅん………….」
丁度人一人分くらいの距離を開けて、並んで湯船の底に座る二人。
手探りに聞こえる会話も、やはり二人の中に相手が見た夢を気にする気持ちがあるからだろう。
「…………」
「…………」
膨らまない会話を途切れ途切れに続けている内に、グラムの中にある思いが生まれた。
雪風とシンが精霊・精霊術師として契約していることは、武闘会の決勝戦の出来事から既に多くの人が知っている。
そしてまた、雪風とシンが早朝から鍛錬をしていることも、Sクラスの中では有名な話。
グラムは見たことがないが、シンといい勝負をしていたらしい。
だから…………気になってしまったのだ。
それは多分、夢に意識を向けないため、昨夜の悩みをまたぶり返したのだろう。恐らくは、無意識のうちに。
「……雪風、シンがいないのなら……グラムが鍛錬に付き合ってあげるにゃ」
「……です?」
「毎朝の鍛錬にゃ。タイプの違う相手とも鍛錬するのは、決して悪い話じゃないと思うのにゃ」
「…………」
雪風はすぐに答えず、ゆっくりと立ち上がった。
小ぶりで綺麗な曲線の上を、お湯がさらりと流れていく。
片手で刀を扱う程の力がどこから出ているのか不思議になる細い腕を、軽くさすり、親指と人差し指で摘んだ。
「…………何してるのにゃ?」
当然、不思議に思うグラム。
「シンに今からグラムと鍛錬をすると伝えたのです。戦闘をするとパートナーに通知が行ってしまうので、シンがビックリしちゃうのです」
「ああ……便利そうに思えたけど、意外と不便なのにゃねぇ……」
グラムも、立ち上がった。
身体を伝う水が描く曲線は、雪風に比べて、よりカーブが急な曲線だ。
胸を下から支えるように隠して、少しムッとする雪風。
雪風も決して小さくはないのだが、一般的な範囲で見るとやはり小ぶり。それでは、獣人には負けるのも当たり前だ。
いや、そもそも勝ち負けなどないのだが。
森林に住む種族らしい健康的な肢体が、水滴とそれに反射する浴場の明かりのせいか、雪風には輝いて見えた。
「…………速く動くには不便です……」
「? どうしたのにゃ?」
「い、いえ! なんでもないのです!!」
「???」
慌てて誤魔化した雪風が、そのあと小さく溜息をついたことに、グラムが気付くことはなかった。
♦︎♦︎♦︎
────そしてその頃シンが何をしていたかと言えば……
「見てみて! 黒い髪の毛! 人間だよ!」
「うわぁ! すごいすごい! 尻尾も耳もない!」
「そ、そんな万年発情期って言われてる人間の男の人に……わ、私は近付かないよ!?」
「大丈夫だよ! このお兄さんは魔法使いだもん! 呪文を唱え始めたらみんなで逃げればいいでしょ?」
「う……そ、それもそうかな……(ツンツン)」
「うっ……!」
「ヒグゥ! …………わ、私のことを好きにしていいから、こ、この子たちには何もしないでください……!」
「…………え?」
「こ、この子たちは妹や弟みたいなものなんです! 育てるために、自分に来た養子の話もこれまで断り続けていて……!」
「待って! 何か誤解が……」
アニルレイの孤児院の前を通り、孤児院に連れ込まれて、子供たちに襲われていた。
女の子が多いのは、男は小さい頃から冒険者の卵になったり、弟子になったりしているからだろう。
子供たちは、服を脱がせてきたり身体をペタペタと触ってきたりと、割と滅茶苦茶だった。
一番年上っぽい、十五歳くらいの子だけがシンを警戒していたが、他の小さい子たちに流されてシンに恐る恐る近付く。
だがその瞬間、雪風からテレパシーが来て思わず声を上げたせいで、解けかかっていた警戒がさらに強まる。
「…………マリクを見つけて弓を学ぼうとしてたのに……どうしてこうなった?」
抵抗していないのは、ハゲにならないために全力で身体強化をかけたせいだ。
少し動かすだけで、こんな小さい子たちでは大怪我してしまう可能性があった。
「わ、私はこの後この人に貰われて、そのまま毎日人には言えないことをさせられるんだぁ……」
一番歳上の子だけが、シンの身体をツンツンしながら人聞きの悪いことを言う。
「お姉ちゃんに憧れて、来年から王都の魔術学院に行こうと思ってたのに……。うう……見たことのないお父さんお母さん、ごめんなさい……」
「いや、しないからな!? …………はぁ……」
獣人族からの人間族への認識。
それを直接体験して、シンは溜息をつく。
「ピャイ! ごめんなさいごめんなさい、痛かったですよね痛かったですよね? なんでもしますからこの子たちだけはぁ……」
そんな行動でさえ、この少女を怯えさせるには十分だったが。
無事解放され、武器屋でマリクを見つけるのは、これから数時間後の話である。
やっぱり三人称は慣れてない……。




