二十五話:弓の鍛錬
「酷いこと言うようだけど……シンくん。多分、君に弓の才能はないよ……」
「…………」
俺に浴びせられたのは、容赦のない一言。
だがそれも仕方がない。
俺の放った矢は、的のリンゴ……から大きく外れ、しかも隣の幹に当たって折れたのだから。
突き刺さりもしない。これがもう何十回目かの挑戦ということを考えると、本当に致命的に才能がないらしい。
「そうは言ってもなぁ……三センチくらい的に近づいたんだよ……」
「でもあと十センチくらいあるよ?」
「…………あと二百回くらいやればいけるな、うん」
「す、すごいポジティブだね……」
そう、俺は今、クラスメイトの一人に頼んで弓を教えてもらっている。名前はマリクで、得意武器は弓の男子だ。
中性的な声で、しかも細身で小柄な美少年だから時々女に間違われるけど、歴とした男だからそこんとこ注意な。
武器屋に寄った時、弓を眺めて唸っていたのを見つけて、丁度いいから弓の試し撃ちのついでに教えてもらうことにしたのだ。
「でも、シンくんが弓を全く使えないとは思わなかったよ……。てっきりなんでもできるのかと」
俺が寝そべって大森林の大地を感じていると、綺麗なフォームでリンゴを撃ち抜いたマリクが隣に座った。
「なんでもできるわけないだろ。できることだけを、できるように見せているだけだよ。弓は練習もあまりしてないし」
「そうそうそれそれ、弓を学ぼうとしなかった理由を知りたいんだよ」
「うーん……俺は護衛だ。しかも主人にとって唯一の護衛。だから、基本的には来る敵を迎え撃つだけで良いんだよね」
「そっか……となると弓の出番は少ないかもね。銃や魔法の方が良いかも」
「そうそう、だから俺は弓じゃなくて……」
次の瞬間、リンゴが吹き飛んだ。
「へー、銃はうまいんだね」
俺の右手には、白い煙を上げる銀色のハンドガンが握られている。〈ストレージ〉の入り口を手の中に指定することによって可能となる早撃ちだ。
装弾数はたったの三発だが、貫通力と弾速に大きく優れた特別性だ。材料にミスリルが使われているから、硬化魔法をかければ鈍器にもなる。
ちなみに、あまりに威力が高すぎるせいで、反動は大きく、銃声は響きやすく、三発撃つ度にメンテナンスが必要となる。アホみたいな武器だ。
製作者は俺の剣を打ったやつと同じで、メンテナンスが必要になると、自動的にそいつへ連絡が行くようになっている。
まあ、今までこれを使うことはなかったけどな。雪風みたいなスピードタイプは避けると思うし、もし当たれば死んでしまうし。
それに…………
「人並み程度じゃ、銃より魔法の方が役に立つから使ってないけどな。この銃だと、相手を殺すことしかできないから不便なんだよ」
「うんうんっ! 射程距離も隠密性も弓の方が断然上。脳天をぶち抜けば、弾丸でも矢でも魔法でも死ぬからね!」
「まぁ、弓は遠距離で銃は近距離武器だしな」
「え?」
「あ、いや、なんでもない。忘れてくれ」
銃器を武器としながら、中近距離、特に近距離戦において最大の力を発揮する知り合いがいるんだよ。
なんなら、俺の銃の使い方も鈍器だし。
でも、この世界の正しい銃器の使い方によれば、銃器は近距離武器じゃなくて中距離武器らしいからなぁ……。
時々、こういうことが起きる。
「まぁ良いか。自主練あるのみだな。的に当てられるようになったらまた見てくれよ」
「うんっ! それはもちろんだよ! たとえ卒業してからでも、いつでも見てあげるから!」
「お、おう……」
それはあれか? 俺には卒業するまでできないと言いたいのか?
だが、マリクの表情にそういった悪意は見当たらない。無邪気だから、ますます堪えるな……。
「でも、シンくんってすっごく努力するんだね。僕なら、多分ここで投げ出しちゃうよ」
「……まぁ、なんだかんだ言って暇だしな。それに……隠密性の高い遠距離物理攻撃手段が俺にはないし。ま、エミリアにすごいって言われたいのが本音だけど」
「あはは……でも、それで良いと思うよ。……って、僕なんかが偉そうに言うことじゃないけど」
「いやいや、弓に関しては先生だから、もっとあれだ。胸張って踏ん反り返っても良いんだぜ?」
「え、えっと……シンくん! 先生の肩を揉みなさい! ……あはは……こんな感じ?」
胸を張って堂々と命令したマリクだったが、すぐに照れ臭そうに首を傾げて聞いてくる。
思わず惚れそうになったなぁ。男だと知っているはずなのになぁ。困るなぁ。
「ははぁ……先生さまぁ……」
モミモミ。
「ん、んんっ……。シンくん、肩揉み慣れてる? エミリア様とかによくやってるの?」
「ううん、昔師匠によくやってて……今はレイ先輩……あの青い髪の人によくやってる」
エミリアにもすることはあるけど、レイ先輩にすることが一番多いかな。
「へー……。んっ……大分楽になったかな。うん、ありがとうシンくん」
「いや、こっちこそ付き合ってくれてありがとな。俺は少しまだ練習してるから、俺のことを忘れてアニルレイを楽しんできていいぞ?」
「ん、じゃあお言葉に甘えて……。バイバイシンくん。頑張ってね」
「おうよ」
小さく手を振ると、マリクはチョコチョコと街の方へ走って行った。
華奢な手足に細い腰、足を動かすのに合わせて小さく揺れる小ぶりなお尻。
「…………男?」
世界には不思議なこともあるもんだな。
「くそっ……」
マリクが見えなくなったのを確認して、俺は左拳を近くの岩に振り下ろす。鈍い痛みが走り、岩を伝った血が地面を濡らした。
すると瘴気のような黒い魔力が傷口から煙のよう出てきて、傷口を勝手に癒していった。
改めて説明すると、雪風に殺され蘇ってから、つまり師匠が最後に教えてくれた魔法を使ってから、俺はこの不思議な能力を使えるようになっていた。
怪我の具合によっては時間がかかるが、どんな怪我でも勝手に治ってくれるのはありがたい。
……死んで生き返るかは、まだ怖くて試してないけど。
昨日の実験では、怪我の程度とそれを完治するのに必要な時間を、自傷行為をすることで調べていたのだ。
……まあ、今は関係ないか。
「さっきは誤魔化したけど……やっぱりきついな。この感覚は。……特に、今回は……」
俺には、最初から上手く行ったものがない。
剣は今もまだまだだし、体術も最初は「柔軟体操をしましょう」と言われるレベルだった。
魔法も、最初はほとんどできなかった。師匠に捨てられたくない一心で死に物狂いで努力して、そして今ではみんなに認められるまでになったけどな。
できないことをできるようにするのは、辛い。
しかも、弓の技術は正直俺にとって必要のないものなのだ。必要のないものを、苦しんで習得するのだ。やる気が全く持続してくれない。
なのに、俺は弓を学ぼうとしている。
「俺も、グラムや雪風に言えるような立場じゃねぇよな……」
魔法が効かない敵がいると知ったから習得しようとしているが、物理攻撃が得意な仲間であれば紫苑や雪風にグラムがいる。
物理攻撃が苦手なら、物理攻撃が得意な奴に任せればいい。仲間に任せれば良いのだ。
それは分かっているが…………。
「チッ……外した」
銃の反動のせいで痺れた手では、的を射抜けるはずもない。
「帰るか……」
焦る必要はないのだから。
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