二十二話:お着替え
「戦闘じゃないよ。あくまで実験だ」
これは、本当だ。
俺は本気で、戦おうと思ったわけではない。
自分の実力を確認している途中、偶然魔獣の大群がやってきたので、少し協力してもらっただけだ。
俺は、一歩も動いていない。
「…………」
「…………」
雪風は、ジッとこっちを見てくる。
だがやがて諦めたのか、長い溜息をついた。
本当に仕方なくという感じだ。
「なら、雪風は良いのです」
「え?」
「嘘じゃなさそうですから。……でも、雪風は心配したのですよ?」
「ああ……それは、ごめん」
「シンの謝罪は、軽いのですよ……。でも、何もないなら良いのです。……シン、着替えるので、少しあっちを向いていてくださいです」
「いや、普通に出てくけど……」
「……いえ、それには及ばないのです。……一度全部見られたのですから……雪風は、シンになら見られても……」
「オッケー後ろ向いてるわ」
「むぅ…………」
不穏な空気を察した俺は、雪風に背を向けて座り直す。後ろから不満そうな声が聞こえてくるが無視だ無視。
紫苑が寝るのでエミリアも寝て、レイ先輩が寝るのでキラ先生も寝て、マリンちゃんが寝るのでグラムも寝る。
今なら何してもバレないという状況下で、少女の生着替えを見て平静を保っていられる自信はない。昼間の混浴で本日分の理性は使い果たしたと思うし……。
「…………」
無視し続けていると、少しして衣擦れの音が聞こえてきた。
真後ろで、雪風が着替えている。
衣擦れの回数というか、一枚を脱いでもう一枚に取り掛かるまでの空白の期間の回数で、雪風が今何枚脱いだか分かってしまうのが、本当に俺の欲望を程よく刺激してくる。
……今、雪風は全裸だな……。す、少しくらい後ろを振り向いても……い、いや駄目だ! 見てしまえば取り返しの付かないことになる!
こんな時はそう……体内で魔力を活性化させて魔力を練る練習でも…………。
…………。
…………。
「もう大丈夫なのです」
「…………はっ!」
いつの間にか集中していたみたいだ……。
雪風に言われて、俺は慌てて向き直る。
すると雪風は、新しい浴衣を着ていた。
先程のに比べて落ち着いた色の浴衣は、どちらかと言えばグラムが着ている物に似ているな。
雪風自身は胸元を手で押さえ少し恥ずかしそうだが……別に浴衣以外何も変わってないぞ?
「浴衣がどうしたんだ?」
「シン、雪風がさっきまで着ていた浴衣は、ここの物ではないです。雪風は紫苑に借りたのです」
「お、おう?」
なんで持ってるんだよ、あの子。
まあ、紫苑と雪風の体格はほとんど同じだから、紫苑の服を雪風が着ることも、その逆も出来ると思うけど。
「実は、雪風や紫苑に合う大きさの浴衣はこの旅館にはなかったのです。レイ先輩は子供用を、キラ先生は胸の大きい子供用の浴衣を着ているのですが……普通の人間用はなかったのです」
「普通の人間って…………あ、お客は獣人しかいないから……」
獣人族の目立つ特徴として、まず大きな胸が挙げられる。
ラムさんのように標準的な女性も中にはいるが、ラムさんも獣らしい身体付きをしていて。別に小柄というわけではない。
獣人族の女性は、グラムを見ればわかるように、しなやかな身体付きをしていて、健康的な肉体を持っている。
例外的な鳥系獣人は、ガブリエルちゃんのように翼を持っている人がほとんどだ。
鳥系獣人用の服を紫苑や雪風が着ようととすれば、翼用の穴から背中が見えてしまうことになる。
紫苑や雪風のような細身で小柄の人間は、アニルレイの中でも極少数だろう。
小さい身体で言うと、今度は子供用しかなくなるしな……。紫苑たちじゃ着られない。
獣人族の場合、紫苑や雪風くらいの身体の大きさになった時は、既に中々立派なものを胸に持っているからなぁ……。
「借り物に皺を付けるわけには行かないのです。これは胸の所が大きすぎるのですが……着るしか、ないのです」
雪風が、恥ずかしそうにそう言った。
成る程、だから胸を押さえてるんだな。あそこの布がユルユルなのか。
へー…………。
「別に恥ずかしがることはないと思うけどなぁ。大きさとかよりもまず、おっぱいというものが尊いのだから」
「…………エッチ」
「欲望に素直なんだよ。さてと、俺も着替えますか。風呂にも入りたいし」
「お風呂に入るのです? じゃあ、雪風のさっきよ勇気は一体……」
「大浴場にお湯がなくても、水魔法で身体を洗うことはできるしな。あと、ありがと」
俺がそう言うと、雪風が頬を小さく膨らませる。衣擦れの音、楽しませてもらいました。
風呂に入ると言っても、音が聞こえないように結界を張れば、みんなを起こすこともない。
「雪風は先に寝ててもいいぞ? 寝ているとこを襲ったりはしないから」
俺は紳士だ。夜這いはしない。
ま、雪風も疲れてるだろうしな。きっと、素直に寝るはずで……。
「…………いえ、ちゃんと待ってるのです。ですから……ううん、なんでもないのです」
「そうか……なら、できるだけ早く帰るよ。……俺もかなり疲れたしさ」
「はいなのです。待っているのです」
部屋を出る時、入り口で雪風が手を振って俺を送ってくれた。
雪風に見送られて、俺は大浴場に向かう。
「……今晩わ」
「…………」
無言で俺の方をジッと見てきた。
不思議な人だな…………。
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