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二十話:グラムの独白(2)

投稿時間を、一時間ずらしています。

(6時〜8時の間で、基本は7時半)

 

「族長になるには、それ相応の力を見せなきゃだめなのにゃ。ラムは豊富な知識と少しの予知能力。リムはあの魔眼と戦況を見る力。ベアとライマとガブリエルは単純な戦闘力。みんな、他の獣人にはない強みを持ってるのにゃ」


 俺からはグラムの猫耳とツムジしか見えないから、グラムの顔は分からない。

 だがなんとなく、誇らしげな表情をしているのではないかと思った。

 同じ獣人として、グラムは彼らを尊敬しているのだろう。


「でも……グラムは弱いにゃ。今日、久し振りに会って分かったのにゃ。…………グラムじゃ、あの人たちの代わりにはなれない」

「そんなことは……」

「そんなことあるのにゃ。シンも、分かっているはずだにゃ。普通の状態で互角でも、獣化できないグラムは圧倒的に弱者だって……」

「…………っ」


 俺は、それを否定できなかった。

 俺の見立てでは、族長たちとグラムはほぼ互角の実力だったも。だが、それは獣化を含めないで考えた時の話だ。

 断言できる、グラムじゃ、彼らに勝てない。勝てるとしたら、戦いが苦手そうなラムさんくらいだ。

 戦闘経験とかじゃない。実力が、圧倒的に足りていないのだ。


「正神教徒を倒せば、グラムにも実績がつくのにゃ。でも…………グラムじゃ、司教どころかその下にも勝てないのにゃ」

「司教の下に勝てる奴なんてそうそう……」

「みんなは倒せるのにゃ」

「…………」

「シン、あの青い髪の人、キラ先生はもちろんにゃけど、雪風と紫苑も勝てるのにゃ。もちろん、族長たちも……」


 司教クラスの下と言えば、英雄のアンデット体や英雄になれなかった英雄。中には消息不明になった高ランク冒険者などもいて、とにかく強い。

 冒険者ランクで言えば、最低でも最高ランクであるSランクの実力がなければ逃げることすら無理だ。

 本気の紫苑を見たことがないので紫苑は分からないが、底の知れない実力を見るに、なんとなく勝てる気がする。

 無意識に正神教徒を返り討ちにしていた過去を持つ雪風は、考えるまでもない。

 ただ、今の雪風は相手を傷付けることを嫌っているので、実際のところは分からないけど。


「Sクラスの中では、シンたちを除けば一番強い自信があるにゃ。でも……」


 グラムは確かに強いとは言えない。いや、一般的な目線で見れば強いのだが、例えばエストロ先輩に並べるかと言われれば微妙なところがある。

 だが…………


「…………お前は強いよ」


 そう、俺は断言した。

 そこに、迷いはない。

 グラムは、強くないが、強いのだ。


「…………は?」


 あまりに意味不明な言葉に、グラムは涙を流すことも忘れて俺の顔を呆然と見上げる。

 グラムの顔には涙の跡が残っていたが、それでも彼女は壮絶に綺麗だった。


「強さってのは、単に能力で決まるものじゃないだろ。戦闘で沢山敵を倒せば強いのか? 沢山味方を守れば強いのか? それだけじゃないだろ」

「???」


 首を傾げるグラム、まぁ、この説明じゃ分からないよな。


「お金の力で沢山の護衛を雇って、自分は強いとか言う奴、俺は結構好きなんだぜ? 自分の持てる力を存分に使ってるからな」


 むしろ、下手に正義漢ぶって金の力は外道とかいう奴に比べて謙虚だと思う。

 少し違うかも知れないが、エミリアは俺のことを自分のことのように自慢するしな。そして俺としても、それはとても誇らしい。


「どういうことにゃ?」


 まぁ、なんだ。


「なぁ、グラム。お前の強みはなんだ? 獣人族のために、グラムという人間は何ができる?」

「それは…………」

「おいおい、まさか気付いてないなんてことはないよな?」

「???」


 すまなそうに、眉を寄せるグラム。

 こりゃ、本当に気付いてないな。

 俺は苦笑して、


「俺たちがいるだろ。全く……友達甲斐のない奴だぜ」

「…………え?」

「グラム、お前に何か辛いことがあれば、エミリアたちは絶対に助けに行く。それは多分、誰が止めても無駄だ」

「で、でもグラムは……」

「良いだろ、それで。運も金も環境も何もかも実力の内。大森林の外と仲良くできるのは、グラムにしかできないことだろ?」


 アーサーも含めれば帝国もか。

 似ている実力主義的な考え方だから、アニルレイと帝国は互いに良い関係を築けるはずだ。

 その橋渡しに、グラムが多大な貢献をできることは想像に(かた)くない。


「それに、だ。族長五人のうち四人が脳筋とか、多分獣人は滅ぶぞ」

「…………」


 ムッとした表情のグラム、獣人を馬鹿にしているように思ったんだろう。


「夫を見つけるってのは、獣人の流儀なのか?」

「いや……グラムだけの条件にゃ。多分、グラムが獣化できない落ちこぼれだから……」

「成る程、じゃあやっぱり、そういうことか」

「?」

()()()()()()()を見つけろって条件。族長さんたちも、グラムに知って欲しかったんだろ」

「まさか…………」


 グラムが、ハッと目を開く。

 ああ、そのまさかだ。

 自分が強い必要はない。パートナーが強ければ良い。精霊術師の考え方と同じだ。

 実力的には二十五番隊でもトップレベルのスーピルとファントムだって、スーピル本人は貧弱だ。


「それに、獣人の中でグラムよりも強い奴はほとんどいないからな。夫は自然と外の人間になる。繋がりが生まれるわけだ。ま、その気遣いは結局逆効果だったわけだけど」

「うん…………」


 か細い、弱々しい声。

 俺が腕の中のグラムに目を戻すと……


「お、おい、グラム……?」


 グラムは、泣いていた。目の端から溢れた滴が、顔を伝って屋根に落ちる。

 俺が声をかけると、グラムは慌てたように目をグシグシと腕で擦って涙を拭き、


「マリンに発情する変態らしく、幼女最高とか言えば良いにゃ」


 なんですと? 


「ありがとにゃ。少し、楽になったのにゃ」


 俺の背中に回した手を解いて、グラムが立ち上がった。

 グラムの手を掴んで、俺も立ち上がる。


「それならいいんだ」


 グラムの顔は赤い。

 なんとなく、気まずいな。

 冷たい夜風に当たっているはずなのに、身体が何故か仄かに熱い。


「え、えっと……ご飯は、シンたちの部屋で食べることにしたのにゃ。部屋は廊下の先、ロビーから一番遠い場所にゃ」

「俺が何かした時、逃げられないようにしてるわけね」

「そうにゃ。シンはエッチにゃから」

「はいはい、俺はエッチですよぉ」


 小さく笑って、グラムが屋根の端まで歩いていく。

 俺は、その後ろを少し遅れてついて行き……


「……ありがとうにゃ、シン」


 俺は、言葉を返すことができなかった。

 何故なら。

 その時、グラムが突然振り向いて……


「…………チュ」


 俺の頬に、軽くキスをしたからだ。


「グラム様の独り言を聞いた罰にゃ」


 そう早口に言うと、グラムは屋根から飛び降りてしまった。

 飛び降りる瞬間、彼女の顔が真っ赤に染まっているのが見えた。

 俺は、呆然とキスされた場所に触れる。


「…………」


 それは、なんというか……。


「エッチですよ、グラム様」


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