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十九話:グラムの独白(1)

 

「…………ん?」


 空も暗くなった頃、俺が旅館に戻ってくると、瓦屋根の上に人影があるのを見つけた。

 見つけたのは、俺が綺麗な夜空を眺めていたからだ。

 そしてそいつも、斜めの瓦屋根に寝っ転がり、俺が見ていたのと同じ星空を眺めている。


「あれは…………」


 夜の山に、天体観測をしに行ったことはあるだろうか。

 天体観測をする時、余分な光があると空に浮かぶ微かな小さな星が見えなくなってしまう。

 なので携帯の光はもちろん、懐中電灯も特殊な改造や仕込みをしないと使えない。なので現場は真っ暗、その暗さといえば伸ばした手が見えないほどだ。

 流石にアニルレイは人が住む街だけあって、窓やカーテンの隙間から僅かな光が漏れ出ているが、街灯の一つもない夜道はとても暗い。

 月も、今は雲に隠れてしまっている。


「…………グラムか」


 だが俺には、その人物が誰か見当がついた。

 星の光に薄く照らされた顔の顔付きや、ユラユラ揺れる尻尾を見れば、思い当たる人物は一人しかいない。

 俺は〈浮遊〉を使って、ゆっくりと瓦屋根の上に乗る。


「やっと帰ってきたのかにゃ。みんな、怒ってるにゃよ」

「まじか……。急いだつもりだったんだけど」

「冗談にゃ。まぁでも、シンが帰ってくるまで夜ご飯は食べないって言っていたから、それなりに迷惑はかけてるにゃよ」

「…………」


 時刻は八時過ぎ。エミリアといつも夕食を食べる時刻は七時くらいだから、結構遅めの時間だ。


「シン、お前どこに行ってたのにゃ?」

「ん? いや、特に何も……」

「してないとは言わせないにゃ。血の匂いがするのにゃ」

「え、まじ?」


 俺は慌ててローブの匂いを嗅ぐ。

 いや、別にそんな匂いは……。


「嘘にゃ。ちょっとカマかけただけにゃ」

「…………まじか」

「ま、秘密にしておくのにゃ」

「……そうしてくれ」


 別に、約束を破ったわけじゃない。

 ちょっと、自分の力がどれくらいか再確認しようと思っただけだ。

 まあ、その過程で何十匹か魔獣を巻き込んでしまった気もするが、戦闘じゃないので大丈夫。


「……綺麗にゃ」

「ああ、そうだな……」


 グラムの隣に座って、並んで空を見上げる。

 満天の星空というわけでもないが、明るい王都だと見えないような微かな光の星が頑張って光っているのを見ると、思わず頬が緩む。

 そんな俺の頬をチョンチョンとつつきながら、グラムは不満気に、


「…………お前の方が綺麗だよとか、そこは言うべきにゃ。シンはまだまだにゃ……」

「今時そんなこと言われて…………それはあれか? 綺麗だよって言われたいのか?」


 グラムに目を下すと、グラムは浴衣の胸元をヒラヒラさせてこちらに流し目を送っていた。

 胸の谷間がチラリズム。

 暗いからこそ、見えにくい所の想像が捗ってしまうな。


「どっちも捨てがたいな」


 空に目を戻し、俺はそう言った。

 自然とエロと並べて比べるもんじゃありません。

 そよ風は上空でも吹いているのか、空の三割程度を覆う雲がゆったりと流れている。


「シンはエッチにゃねぇ……。ああ、今夜は夜這いに気を付けにゃいと……」

「いや、夜這いするなら隣に寝てる子に……」


 再びグラムに目を戻し、俺は思わず言葉を止めた。


「……そりゃ、万年発情期の人間ですから」


 グラムの表情を見てしまったからだ。

 雲が動いて月が顔を出したから、月明かりに照らされて、グラムの表情はよく見えた。

 さっきまで流し目を送って誘惑紛いのことをしていた猫とは思えない、憂いを帯びた表情だ。


「隣、寝るぞ」

「……寝込みを襲われたのにゃ」

「はいはい」


 さっきからの言動も、この表情を隠すためだったんだな。

 俺が一人分の間隔を開けて隣に寝転ぶと、グラムが震える声で強がりを言った。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 お互い、何も喋らない。

 俺は、グラムの頬に滴が伝っていることに気が付いていないフリをする。

 声を上げて泣かないということは、知られたくないということだから。グラムのプライドを傷付けてまで、グラムの事情に深く立ち入る勇気も覚悟も、今の俺にはない。


「うっ…………ううっ……あぁっ……」


 だから、嗚咽を上げてグラムが泣き始めた時、俺はそっとグラムの肩を掴んで引き寄せた。

 するとグラムは抵抗せず、俺の胸にすがりつくようにして顔を埋めて、涙で俺の服を濡らした。


「うわぁぁぁぁん!!」


 グラムに握られて、グラムの涙を吸って……俺の服に皺が生まれていく。

 俺は背中を撫でることも、頭を撫でることもせず、ただグラムを抱き締めて泣き止むのを待った。

 グラムの猫耳に生えた毛を数え始めて、およそ五百本を超えた頃、グラムの嗚咽は徐々に収まっていき、最後に彼女はギュッと俺を抱き締めてきた。


「…………どうした?」


 俺が聞くと、


「ごめんにゃ」

「いや? 別に良いよ。美少女に胸を貸したんだからお釣りが来るくらい。男に着られるより、美少女のハンカチになる方が服も本望だよ」

「服もそうにゃけど……その……子供みたいに泣いちゃったのが、ごめんなさいにゃ」

「…………」


 …………。

 ……………………。


「悲しみは、涙にして出さなきゃ」

「? ……それ、なんの言葉にゃ?」

「いや、知らないとこで誰かが言ってなけりゃ俺の創作。俺なりに、頑張ってカッコイイこと言ったつもりなんだけど」

「…………」


 グラムは一瞬ポカンとしていたが、クスッと小さく笑い、


「ふふ……バーカ」


 俺の胸にコツンと額を預けて、そう小さく呟いた。

 突然の罵倒ですかそうですか。


「…………落ち着いたか?」

「うん。ありがとうシン…………にゃ」


 取って付けたような、「にゃ」。


「今から話すのは、独り言なんにゃけど……」


 グラムが、そう、話を切り出した。


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天体観測の時、月は明るすぎるので邪魔な場合がほとんどです。

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