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九話:入学式の朝

 

 簡単過ぎる試験に、今は亡き師匠によく似たレイ先輩との運命の出逢い。そして、何をしたいのか分からない部屋の内装に、いつかは見せるというエミリアの決意。そして、スペックプレートの謎過ぎる表記。


 うん、あの日だけで十年分くらいの驚きを得た気がする。特に三つ目と四つ目、俺の命に関わる問題だ。尊すぎて失明は確実。出血死は免れない。


 そんなあの日から三日が過ぎた今日は、クラス分けの日である。合格発表は昨日行われたのだが、俺とエミリアは当然のように合格していた。

 点数の開示を請求しなければ自分の取った点数が示されないから、果たして俺が不正合格なのか実力合格なのかは分からないが……。


「シン、シン」


 俺は魔力量を測るテストで水晶を破壊してしまい、魔力量計測試験の結果は0点だ。なんでも、魔力の制御が出来ていないと、勝手に壊れる仕組みらしい。

 魔力量計測試験が数ある試験の中でどれ程重要かは知らないが、一つの教科(?)で0点を叩き出したのだ。実力で入学出来ていたとしてもギリギリだろう。


 俺は魔力の制御だけはかなり練習したんだけどなぁ……。

 割れたということは、制御が人よりも出来ていないということなんだけど……制御出来ていないと判断されるだけであそこまで派手に割れるのかね?

 中の灯る炎が大きくなったかと思えば、直後の眩い閃光で目を閉じるしかなく、恐る恐る目を開くと魔力水晶を置いていた机諸共消え去っていた。


 咄嗟に水の膜を張ることで、身体や部屋自体は無事だったのだが……この水晶少し危険過ぎないか?

 俺がいなかったら……とかは言うつもりもないが、直接触れていた机が消え去るってどういうことなの?


 うん、言いたいことは色々あるけど、0点なら仕方がないね。

 それに良いじゃんレイ点。もしくはゼロ点。

 師匠の名前はレイ・ゼロで、師匠によく似た先輩の名前もレイ・ゼロだ。


 この奇跡の合致も、毎日神に祈りを捧げているおかげかも知れん。ちなみにその女神様は、廊下を挟んだ反対側に住んでいたりする。

 俺はドアをノックされ、「神様を信じますか?」と言われても大丈夫な人間だ。むしろ、そういうのは沢山来て欲しい。

 何故なら、俺の近くには女神様が住んでいるからだ。

 後ろを振り返ってくださいと言えば終わりである。なんなら、もう一人の女神と同室だったりもする。


「もーおー、シン!」


 うわ〜、身体が揺れる〜。

 誰かに身体を揺さぶられる〜。

 助けて〜。

 ……もう一人の女神様の天罰だ、これ。


「起きてるのは分かってるんだからね? だから無視しないで早く起きて」


 ……やっと地震が収まったか……。

 この世界にも、勿論地震はある。

 といっても、この国はそこまで多い方じゃない。


 地震は確かに怖いし、なくて良いのだが、温泉があまり湧いていないのが不満といえば不満だ。

 いや、少し歩けば……大体五日程馬車を使えば、温泉街まで行けるのだから十分だろう。


 俺は、馬車よりも速い乗り物を知ってるからな。そいつを使えば、三日……いや、確か馬車で五日かかるのは、魔獣や魔物を避けるために遠回りをする時があるからだったな。運が良ければ二日で行けるかも知れない。


「無視しないでよ……」


 ちなみに、俺は行ったことがない。エミリアは六歳の時に行ったことがあるらしい。

 その話をされた時は、「へー、俺達が出会う前かー」って言ったら怒ってしまったのだが、結局あれはなんだったんだろうか。

 まだ小さい頃だったから、羨ましく思われたかったのか? でも、昔からエミリアはそんな子じゃなかったよな……。


 あれから長く経つが、未だに謎である。


「……無視、しないで…………」


 ところで、今の時間は朝である。


 そして俺は、ベッドの上で未だ横になっている。

 先程も言ったが今日はクラス分けの日であり、そして入学式も今日行われる。新入生の俺達が遅刻するのは色々とまずい。

 だが、一番最初の登校時間は、遠方に住んでいる人(彼らは入学後は寮に住むが、入学式までは家族と共に過ごす人が多い)に合わせて遅い。

 既に寮に住んでいる俺達は、起きる予定の時刻より一時間後に起きても十分間に合うくらいだ。王城に行って、ゆっくり朝食を食べることだって可能だ。


「…………ぐす……」

「…………」


 今は朝の六時。予定では三十分後に起きる予定だったから、こんな朝早くと言っても良い。

 こんな朝早くに、エミリアが俺の部屋にいる。


 それはつまり……


「もしもし警察ですか? 自首したいです」


 とうとう、俺も潮時ということだ。


 ♦︎♦︎♦︎



「シンの……バカ……」


 頰を膨らませたエミリアが、拗ねたように口を尖らせながらも、丁寧にお米をよそってくれる。

 朝エミリアが起こしに来たのは、朝食を作ったからだったらしい。


 しかし、エミリアが料理を、ねぇ…………。

 成る程、だからあの時エプロンを着けていた訳か。

 その下は短パンにタンクトップで、目が覚めた俺はそれを見た時、まさか……! と思っていたが、そんなことはなかったらしい。なんでも、その格好で料理するのに憧れていたとか。


 理由は分かる。エミリアが小さい頃読んでいた本に幼馴染のヒロインがいたのだが、そのキャラは家庭的なツンデレタイプで……一人暮らしの主人公の家に料理を作りに来るのだ。

 それを読んだ時のエミリアが、「私は将来こんな風に料理をしたい!」と言っていたのを俺は覚えている。

 少なくとも、当時のエミリアが読むものではないと思ったのも。


 エミリアには似合わないと思ったのだが……両手で頬杖をつきながらニマニマとこちらを眺めるエミリアを見ていると、なんだこの気持ち。

 身体の奥底で湧き上がる謎の感情を味噌汁っぽい何かと一緒に飲み込んでいると、俺の視線に気づいたエミリアが、


「……あ、謝っても許してあげないんだからねっ」


 と、言った。

 一瞬、躊躇して、しかし言い切ったものの、やはり後から罪悪感を覚えたのか「うう……」と唸る。


 うん、服装はともかく、やっぱりエミリアにツンは似合わないな。


「は、はい! これ!」


 と、白米の盛られた茶碗が差し出された。

 この米は、勿論エミリアが炊いたものだ。


「……あれ? そういえば、この食器はどうしたんだ?」

「ふふん、今朝買って来たのです!」

「早起きは良いけど……程々にな?」

「〜〜! う、うん、分かった!」


 赤くなってしまったエミリアの手から受け取って、一つ口にする。受け取る時に手が触れてしまい、エミリアがさらに赤くなった。


「そ、それじゃあ…………。頂きます」


 何か言われる前に、久しぶりの箸を使って米を一口食べる。


 ……うん、美味い。流石米だ。王城では見かけなかったのだが……まさかこの日のために、エミリアが個人的に購入していたのだろうか。


 もしそうなら、悪いことをしたかな……。エミリアは王女でも、親から貰っているお金は少ない。

 世間の大変さを知るのだから、その額はあくまで一般的な範囲に収まり、二十五番隊の連中の平均収入と、あまり変わらないレベルだ。

 ちなみに、平均を下げてるのは俺だ。


 東方の国から取り寄せたとなると……量にも寄るが、やはりそれなりの額は必要だ。

 状態も良いし、この米の美味しさは、米には詳しくない俺でも、この米が良いものだと分かる程だ。


「…………」


 後で、何かしてあげよう。

 心の中でそう決めて、俺は次に主菜に手を伸ばす。


「……美味い…………!」


 見た目こそ何を作りたいのか分からない物体だけど、一口食べてみると、口の中で崩れその物体の中に詰まっていた旨味が広がる。

 この主菜を一目見た時から、俺の学院生活は保健室スタートになると覚悟していたのだが、エミリアにこんな能力があったのかと思うくらいに美味い。


「そ、そう!? それは、卵とお肉とお魚とお野菜と、あとよくわからない変な粉を入れて、混ぜて焼いたの!」

「そ、そうか、流石エミリアだな……」

「へへへ……でしょー?」


 照れたように笑うエミリア。

 流石だ。これがどんな料理なのか一切伝わってこない上、明確な不安が湧いてくるゾ。

 そもそも、料理によく知らない物を使うのはやめなさい。

 いや、それでこの美味しさなのは、むしろ才能なのかも知れないな?


「……本当に美味いな……」

「エヘヘ…………」


 思わず漏れた気持ちだったのだが、エミリアは照れたように頰を掻きながら喜んでくれる。

 入っていると言う謎の粉は少し……いや、実は結構不安だったのだが、俺には『状態異常耐性』の固有魔法・能力(オリジナルスキル)があるし……と、結局食べ終えた。


「ご馳走様でした。……エミリアは食べないのか?」

「んー……シンが食べているのを見るだけで、お腹が一杯になりそうで……」

「そうか。でも朝食はしっかり摂らないとダメだぞ?」

「でも、食器がないよ?」

「あー、そういえばそうだったな……」


 試験が終わってからも朝昼晩と王城に帰って食べていたから忘れていたが、この部屋には食器がない。

 朝早くにエミリアが買ってきたのも、食欲がなかったのか俺の分だけ。

 しかし、それは困ったな……。


「でも、朝食を抜く訳にもいかないよな……」

「うん……メイドさん達にも、絶対に朝ご飯を食べてくださいって言われた……」

「だけど、俺が使った物をエミリアが使う訳にもいかないし……」


 土魔法で作るか? いや、でも皿は作れても、箸は作るのもエミリアが使うのも難しいよなぁ……。

 エミリアが使いやすいフォークやスプーンを作るというのもありだが、あの薄さは表現できない。

 こうして魔法の力を得ると本当に改めて思うけど、職人達って凄いんだね。少し、考え方を改めなければいけないかも知れない。


「私は……シンのでも、良い、けど……」

「いやいや、流石にそれは不味いでしょ……」

「シンは……嫌?」

「嫌って……俺はそういうの気にしない人間だから、別に嫌ではないけど……」


 嫌とか嫌じゃないとかの問題ではないんだよ……。

 

「シンが嫌じゃない、私も嫌じゃない。なら渡してくれても良いじゃん……」

「いや、エミリアそもそも箸が……って、待て! その格好でこの体勢は不味いから!」


 椅子に座る俺の膝の上にエミリアが跨って俺の動きを封じ、手を伸ばして俺の箸を奪いにくる。所謂対面座位というものだろうか。ものすごく近い!

 エミリアらしからぬ行動だ。学院に入学するということで、いつもに比べて少しハイになっているのかも知れない。変な粉が入った料理を味見したからとかでないことを祈る。


 王城では王女として、少し窮屈だったからな……。

 こうして、俺と二人の時だけで良いからそのストレスを発散してくれるのは嬉しいのだが……そろそろ、そんなことも言ってられない!


「あと……ちょっと……!」


 バランスを取るためか、しっかりお互いの腰をくっつけた体勢で、エミリアが上に手を伸ばして箸を取ろうとする。

 俺も取られまいと箸を持った手を真上に伸ばしているのだが、そのせいで俺の箸を取ろうとするエミリアとさらに身体が密着してしまう。

 胸のあたり、タンクトップ越しに感じる柔らかい()()とか、短パンのせいで剥き出しなった生足とか、目の前にあるエミリアの綺麗な顔とか、色々な要素が相まって、あとちょっとで取れるのは箸ではなくて俺の理性のタガだ。


「くっ……こうなったら!」

「…………!」


 魔力を直接水に変えて、頭上から落とす。これは魔法ではなく、単純に魔力を変換しただけだから怪我する心配はない。

 俺と同じく頭から水を被ってびしょ濡れのエミリアが、ブルッと身体を震わせて怒ったようにこちらを見る。


「し、シン! 何するの!」

「それはこっちのセリフだ! そもそも、エミリアは箸使えないだろ!」

「…………あ」


 今気付いたらしい。

 そして、文字通り頭を冷やしたことで、自分の行動を思い出したのか、エミリアはボンッ! と一瞬にして顔が真っ赤になった。

 

「その……ごめんね?」


 エミリアが俺の膝の上から降りる。

 身体を拭くためのタオルを自分の部屋へ取りに戻りながら、俺はひっそり溜息をつく。


「ハァ…………まあ、仕方がない。この際、レイ先輩に借りるしかないか……。その間、もう一度シャワーでも浴びて来たらどうだ? この時期、そんな寒い格好で濡れたままだ、と…………」

「? どうしたの、シン?」


 エミリアが不思議そうな顔をする。

 部屋から戻ってきた俺が、その場で身体を硬直させているからだろう。


「あ、いや……なんでも」


 当たり前だが、頭から水を被れば二人ともビショビショだ。

 そして、昔読んだ幼馴染キャラに憧れた(?)エミリアは今、上が薄手のタンクトップで……。

 エミリアの髪が長くて良かった……。


「あー、なんだ。本当に、色々な意味でシャワー浴びて来い」

「??? どうしたの、そんなに顔を赤くして?」

「首を傾げるな! 見え……じゃなくて、良いから早く行って来てくれ!」


 不思議そうな顔をしながらも、エミリアは「わ、分かった」と言って風呂場に向かって行った。

 あ、危なかった……。


「ごめんね、シン」


 エミリアが脱衣所から顔だけ出して謝る。

 脱衣所の扉を閉め、その姿が見えなくなってから、


「……やっぱり、エミリアにはちゃんと言っておかなきゃだよな」


 手に持っていた二枚のタオルで頭や服を拭きながら、俺は呟く。


「〜〜〜〜!」


 だが、その前に、先程見えてしまった記憶を消すのが先だ。


 薄っすらと透けたタンクトップ越しの……エミリアには悪いが、すぐに忘れられそうにない。

 

クラスメイト登場!の筈が、朝の話が長くなってしまった……。次こそは、絶対に……!…………多分。

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