十六話:疲労
「お待たせ、シン」
エミリアの声に、俺は振り向く。
エミリアがあまりに自然だったせいで、俺は何も準備ができていなかった。
だから、
「…………」
裸体に、タオルを巻いただけの格好だ。
お洒落の『お』の字もないはずなのに、何故か……俺は目を奪われた。
ああ、いや本当は当たり前だな。マリンちゃんの身体に釘付けになるよりは、十分と正しい反応だったはすだ。
「…………変かな?」
変なんてことはない。
タオルを巻いただけで、変な格好と言われる奴がいるのか。
いや違う、軽口で誤魔化すとかの問題じゃない。
「いや…………綺麗だよ」
「へっ? あ、ありがとう……」
…………え?
小さい頃の話だけではない、大人になったエミリアの裸も見たことがある。
なのに…………今までで一番、胸が強く締め付けられて、言いようのない感情が俺の中を駆け巡った。
「あ、いや……うん。シャワー、浴びてきたらどうだ?」
「う、うん……そうする」
「…………」
「…………」
会話が上手く続かない。
いや、それどころか、エミリアの顔を見れない。
…………恥ずかしい。
「じ、じゃあまたね……」
「あ、ああ……」
だが不思議なことに、エミリアにも俺と同じ現象が起きているみたいだった。
エミリアも、俺の方をまっすぐ見てくれない。俺じゃなくて、俺たちの間の床のタイルを見ている。俺と同じだ。
やけに急いで身体を洗いに行くエミリアを見送り、俺はゆっくりとまた湯船に浸かった。
何故か、やけに疲れた。気怠い。
「なんだよ、これ……」
「知りたいのにゃ?」
「っ!?」
独り言に、返事をする奴がいた。
この特徴的な語尾の奴は、一人しかいない。
隣を見ると、間に人一人分くらい開けて、グラムが湯船の縁に座って水をパシャパシャ足で蹴っていた。
「身体、洗ったのか?」
「当然にゃ」
いや、エミリアたちが浴室に入ってきてからまだそんなに経ってないだろ……。
そう、俺が言おうとすると、
「シン殿ぉ!」
「ぐほっっ!」
突然、目の前の水が動き出し、胸に黒い何かが勢いよくぶつかってきた。
「シ、紫苑!? いつの間に!? てかなんで頭突き?」
「忍びですから。これくらいお安い御用でござるよ。頭突きは……その、先程のシン殿が可愛かったので……少しイラッとしたためござる」
水遁の術だっけ?
紫苑は、俺の腰の上に乗って頰をプニプニ突いてくる。やめんか。
「可愛い?」
「はい。拙者はシン殿の大先輩である故、やはり後輩が頑張っているのを見ると応援してあげたくなるのでござるよ。……でも、最近シン殿が構ってくれないのは、ちょっとだけ寂しいのでござるが」
そう言って紫苑は、不満気に俺の胸にコトリと額を預けた。
普段ならともかく、お風呂で甘甘モードは色々と困るなぁ。
「何分見つめ合っていたのか、ちゃんと分かってるにゃ?」
「……は?」
エミリアのタオル姿を見た時、エミリアと顔を見合わせていたのは覚えている。
だが、それでもほんの数秒だったはずだ。
ほんの数秒で…………
「十分以上は見つめ合っていたのです。雪風たちが眺めていても、全く気が付かなかったのです」
「雪風!?」
背中に、人一人分の重さを感じた。
気配は感じなかったから、俺の身体の中を通って出てきたのだろう。
雪風は後ろから、俺に抱き付いてくる。いつになく積極的だ。
「…………む」
俺の後ろを見た紫苑がムッとして、こちらも俺に抱き付いてきた。
敵対心を燃やさないでください。
「…………」
「…………」
二人の間でバチバチと火花が散れば、一番火傷をするのは間にいる俺なんだよなぁ……。
前門の忍者、後門の精霊。タオル越しに柔らかな少女の感触が伝わってくる。
「あ〜じゃあ、グラムはちょっとエミリアの背中でも流してくるのにゃぁ。ごゆっくりにゃ〜」
「待って置いてかないで」
「ごゆっくりにゃ」
語気が強くなった。
もはや命令口調。
「エミリア、グラムが背中を流してあげるのにゃ」
「え、良いの? じゃあ、私も代わりにやってあげる」
「よろしくにゃ、あ、尻尾は自分でやるから大丈夫にゃよ?」
「了解!」
あっちは楽しそうだなぁ。
ていうか、そうか。紫苑的が雪風をどう思っているか、聞いたことがなかったな。
この睨み合いをしている感じ、好意的な感情を抱いてはなさそうだが、普段は仲良いしなぁ……。
エミリアとグラム、紫苑と雪風が特に仲良いイメージ。
紫苑も雪風も、エミリアにはどこか遠慮しているところがあるからか、自然とそう見えてしまう。エミリアがみんなと仲悪いわけじゃないんだけどね……。
「な、なぁ二人って仲悪いのか?」
「いえ? 別にそんなことはないでござるよ?」
「はいです。むしろ、立場が似ているので仲が良い方なのです」
「立場……?」
まぁ…………共通している部分もあるが、そんなに似てるか……?
と、俺が困惑していると、
「あなたのことが好きだけど、表立って甘えられないという立場ですよ。罪な男ですね……」
「お兄ちゃんって、モテモテなんだね……」
「レイ先輩! マリンちゃん!」
洗いっこが終わったのか、レイ先輩とマリンちゃんが戻ってきた。
マリンちゃん、変わらず全裸。隠さないスタンスなのね。なら俺も気にしないように努めよう。
年も結構離れた子供だぞ? 咄嗟に抱き付いてこない限り、興奮はしない。あれはまぁ、柔らかさに興奮しただけだから。
だから俺はロリにコンではない。完璧な証明だね。惚れる。
「まぁ良いや。とにかく離れてくれ。理性がもたない」
「はぁ……気持ちは分かりますが、解放してあげたらどうですか? 私もくっつきますよ?」
「ざ、斬新な脅迫でござる……」
「シンも疲れてるです。お疲れ様です」
「雪風のせいでもあるんだけどなぁ…………」
レイ先輩が同じことをすれば俺がどうなるかに思い至ったのだろう、渋々といった感じだったが、紫苑たちは離れてくれた。
なんで、お風呂に入って疲れなきゃいけないのかな…………。
さっきまではまだ耐えれたのに、今のでこれまでの疲れがドッと襲ってきた気がする。
このままお風呂で疲れを癒したいが、この状況はとても疲れる、肩が凝る。意味もないのに涙が出そう。
だが、まだまだお風呂の洗礼は俺を襲うらしい。
「わぁ……紅髪のお姉ちゃん、胸おっきい!」
「あっ、や、やめるのじゃ! っ、んんっ……!」
マリンちゃんが、いわゆるロリ巨乳のキラ先生の胸を掴んでいた。
精神的な疲れって、どうやって癒すんだろ。
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