十五話:事案
「ふぅ…………」
身体を洗い終えた俺は、一人で湯船に浸かっていた。
何故一人なのかと言えば、一緒に服を脱ぐわけにも行かないので、俺が先に入っていることにしたためだ。
女性陣は、俺が身体を洗っていたりする間に、色々と準備をするらしい。
色々が何なのかは気になるが、あまり深入りしてはいけないのだろう。
ちなみに、ここは女湯だ。女湯に男がいる罪悪感。
大きい長方形の風呂、円形の小さな風呂、そして水風呂。三種類のお湯が用意されていた。
「…………」
俺が、いざという時に水風呂にダイブするためのシミュレーションをしていると、脱衣所へ続く扉が開いた。
湯気の向こうで、小さなシルエットがこちらに走ってくる。
「お兄ちゃーん!」
「マリンちゃん、まだその格好じゃ……って、私もまだ駄目だった!」
何か大変そうなエミリアの声が聞こえて、その直後
「ごふっ!?」
──バッシャーン!!
大きな水音と同時に、俺の胸に飛び込んでくる物があった。
慌ててキャッチすると、その何かは俺に強く抱き付いてくる。
脚と腕が俺の背中に回され、俺の胸に顔を埋めてくる子の名前はもちろん…………
「マ、マリンちゃん!?」
裸の上半身に感じるのは、タオルではない、スベスベの人肌の感触。
恐る恐る、俺にしがみつくマリンちゃんを見てみると、やはり何も身に付けていない。
「マリンちゃん、あのぉ……なんで裸なの?」
「? お兄ちゃんもそうだけど、なんでお風呂でタオルを着てるの?」
「え、えぇ…………」
獣人ってそういう考えなのか……。
というか、タオルを身に付けないのだとしても、どうにかして離れてもらわないと俺の社会生命が終わるな……。
「マリンちゃん、身体を洗ってから湯船に浸かろう?」
「それもそうだねお兄ちゃん!」
パッと俺から離れるマリンちゃん。
湯船の底に尻をつけてダラリと座る俺に対して、湯船の底に足をつけて立つマリンちゃん。
目の前に広がったのは、マリンちゃんのツルツルの……
「って、急に離れないで!?」
俺は慌てて目を閉じ、立ち上がる。
「うおっ!?」
だが、急に立ち上がったことで、グラリと身体のバランスを崩してしまった。
後ろに倒れ込む俺、マリンちゃんのいる前ではなくて、本当に良かった。
「お兄ちゃん!」
マリンちゃんが、慌てて俺の身体に手を伸ばして支えようとする。
だが、マリンちゃんの小さな身体では俺の身体を支えるには力不足で……
「キャア!」
「ぐっ……!」
──バッシャーン。
尻を床に強く打ち付け、俺は苦悶の声を漏らす。
ゆっくりと目を開いて、状況を確認。
どうやら俺は、浴槽の淵に座ったらしかった。
っていうかマリンちゃんは!? さっきの感じだと、尻餅をつくときに巻き込んで…………
「…………」
「あ」
マリンちゃんは、いた。
浴槽の床に乙女触りして、湯船に浸かっていた。
少なくとも、怪我はなさそうだ。それはとても良い。
ただ…….少し、その座っている場所が悪いというか……。
「…………」
「…………」
マリンちゃんの目が、ある一点に釘付けになっている。
俺が倒れる時、マリンちゃんは湯船に落ちたのだろう。それは、水の音で知っている。
「…………」
「…………」
そして重要なのは、マリンちゃんが倒れたことにより大きな波が発生したということで……。
「……………………」
「……………………」
俺の腰に巻いていたはずのタオルが、その波に流されてしまっているということ。
「ひゃあ! 動いた!」
「あ、いや、これは……」
「お兄ちゃんすごい! どんどんおっきくなってるよ! これ、なんて名前の手品!?」
「え? あ、いや……」
まさか…………知らないのか?
い、いや、今はそんなことより隠さなければ……。
俺は〈ストレージ〉からタオルを取り出して、慌てて立ち上がって腰に巻く。
「マリンちゃん、この手品は誰にも言っちゃ駄目だよ?」
「? う、うん、分かった!」
元気よく頷くマリンちゃん。うんうん、素直でよろしい。
いや、こんな小さい子に反応した時点で俺としては猛省なんだけど。
「じゃ、じゃあマリンちゃん。身体を洗おうか」
「分かった!」
トトトっと、シャワーの方まで走って行くマリンちゃん。
俺は、ゆっくりと長い安堵の息をつき……
「あ、青髪のお姉ちゃん!」
「!?」
マリンちゃんの声に、慌てて振り向いた。
するとそこには、身体にタオルを巻いて立ち尽くすレイ先輩の姿が。
慌てて周りを見るが、エミリアたちはいない。どうやら、レイ先輩だけ先に入ってきていたようだ。
「…………一つ貸しです」
「……はい………………」
近くにやって来たレイ先輩が、俺の耳元でそう囁いた。
「青髪のお姉ちゃん! 一緒に洗いっこしよー」
「良い提案ですね。今行きます」
同じくらいの背丈の幼女の元へ走るレイ先輩。
…………どちらも、ミニマムだ。
「俺はロリコンじゃない…………」
俺は自分にそう言い聞かせる。
マリンちゃんはそういった知識がほとんどない少女だった。エミリア以上に、それに関する知識がない。
だから…………
「お待たせ…………シン」
「…………っ!」
まだ、地獄は全然序盤だったのだ。
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