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十二話:技術ある変態

 

 ガブリエルちゃんがグラムを、キラ先生がエミリアを、俺がアーサーを飛んで運ぶことで、行きと違い帰りは簡単に降りることができた。


「それじゃあ、私はここで別れることにするよ」

「あれ? 一緒に来ないのか?」


 宿泊先は紫苑たちに頼んでいるから、ついて来ればアーサーも泊まる場所を探さなくて済むはずだけど。

 宿屋の場所は、俺が雪風を呼べばいい話だし。


「うーん、少しばかり嫌な予感がするのでね。宿泊先は別に探すことにするよ」

「嫌な予感ってなんだよ……」


 毎朝爆竹を投げ込まれることか?

 流石の俺も、旅行中にまでそんなことをする気はないんだが。

 他の宿泊客の迷惑だしな。


「まぁ良いか。達者でな、アーサー」

「バイバイ、アーサーくん」

「ここでお別れにゃ」

「さよならじゃ、アーサー」

「何故かみんな、永劫の別れのような挨拶をしてくるね……それじゃあまた」


 苦笑して、アーサーが去っていった。

 そして早速、武器屋に寄る。いやお前もかい。


「しっかし、どこにでも正神教徒っているんだなぁ」


 すぐには宿屋に向かわず、アニルレイを見て回ることにした俺たち。

 アーサーとは反対方向の道を歩きながら、俺はポツリとそう漏らした。

 さっきの話し合いでは、結局今回も正神教徒絡みの可能性が高いという結論に至ったのだ。

 魔獣を進化させなければ、獣人に損害を与えられない程度の正神教徒、さっさと片付けてバカンス……じゃなくて族長決めをしようとしたのだが……。


「正神教徒関連なら手を出すな、か……」


 なんと、向こうから手を出さないでくれと頼まれたのだ。

 ラムさんが言うには、『正神教徒の襲撃は、私たちにとって日常茶飯事なんです。すぐに対処するので、安心してアニルレイを楽しんでください』だそうだ。

 一般人扱いをお願いしているとはいえ、エミリアもアーサも王族。巻き込む訳には行かないと思ったのだろう。


「本当に、手を出さなくていいのか? グラム?」

「別に構わないにゃ。心配なら戦ってもいいけど…………」

「……なんでもするって言ったしな」


 グラムは、チラリとエミリアを見た。

 俺は今回、戦ったらエミリアの言うことをなんでも聞くことにしている。


 そうそう困ることは頼まれないと思うが、約束しているということはつまり、エミリアは俺に休んで欲しいということだ。

 それならば、俺はその要望に応える。別に、エミリアが危険なわけじゃないからな。

 危険が及ぶ可能性もあるが、敵がエミリアに辿り着くまでには、龍化できるようになったキラ先生や戦闘経験と知識が豊富なレイ先輩、戦闘民族である獣人族を相手にしなくてはいけない。

 正神教徒幹部でも難しいと思うし、それが可能な大司教クラスなら、俺が出たところで確実に負ける。

 と、手を出したい気持ちを押さえるための正当な理由をこねていると、エミリアが俺の服の裾を軽くクイクイッと引っ張った。


「ねぇねぇ、シン」

「どうしたの?」

「ほら、あそこ……」


 エミリアが指差す先を見ると、路地裏の入り口辺りで一人の女の子が慌てていた。小学四、五年生くらいかな? 

 ポケットの中に手を突っ込み、鞄の中を見て、もう一度ポケットの中に手を入れた。

 分かる。何回もポケットを確認しちゃうよね。落とし物かな?

 建物の影にいるから、他の通行人は気が付いていないみたいだ。


「ねぇねぇ君、どうしたの?」


「すごいな、小さい子だと分かった途端に駆け寄ったぞ」

「そ、それがシンの良いところなんです……」

「声が震えておるぞエミリア」

「ロリコンにゃ」


 外野、ちょっとうるさい。


「う、うぅ……」

「うげ!」


 俺が話しかけると、女の子が突然泣き出してしまった。

 すると、通行人がなんだなんだとこっちを見た。

 彼らは、泣いている幼い女の子の近くに、万年発情期である(と誤解している)人間の俺がいるのを確認し……


「もしもしポリスメン? 今誘拐現場に……」

「さぁさぁ皆さん! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今日、ここに見せるのは世にも不思議な現象でござる!」


 多勢に無勢の逮捕エンドが見えた俺は、慌ててその場で声を張り上げ、懐から一枚のカードを取り出す。

 キャラがブレブレなのは気にしないで欲しい。王都ならまだしも、アニルレイで警察沙汰になるのは勘弁だ。


「さあ、こちらのなんの変哲もない一枚のカード。これをこうして燃やしてしまいます!」


 左手に持つカードに火をつけると、カードはすぐに燃えて灰になった。

 カードの下にやっていた右手の上に、燃えて生まれた熱い灰が積もる。両手を握った俺は、両手を差し出して少女にこう尋ねた。


「カードはどっちにあると思う?」

「え……えっと……右?」


 言われた右手を、俺はそっと開く。


「あ、あれ!? 灰がなくなってる!」

「じゃあ、左手はどうかなぁ?」


 左手を開くと……


「こ、これって……!」

「うん、君が探していた物。これで合ってるよね?」

「う、うん! これ、お姉ちゃんに買ってもらった大切な物なの!」


 左手に入っていたのは、小さな指輪。

 それを、少女の左手の薬指にはめてあげる。


「えへへ…………結婚しちゃった♪」

「ああ、もうお嫁さんだな」


 意味は分かっているのか、嬉しそうにはにかむ少女の頭を、俺は優しく撫でる。

 それを見て、通行人も通報するのをやめてくれた。咄嗟にやったマジックだったが、どうやら正解だったみたいだ。

 ああ、おひねりはいりません。この子の笑顔だけで満足なので。


 ちなみに、何故指輪を探しているか分かったかと言えば、少女の指に薄らと白い輪っかができていたからだ。

 目に見えるような日焼けがなくとも、指輪で全く日に当たらない部分はそこだけ色が白くなる。足元に指輪が落ちていることに気付いていたから、推測するのは簡単だった。

 指輪が現れたり灰が消えたりしたのは、握った手の中で〈ストレージ〉を使っていたから。


「ねぇねぇ! マリンが大きくなったら結婚してくれる!?」

「ああ、沢山喉を撫でてあげるよ」

「えへへ〜〜ゴロゴロ〜〜♪」


 相手が子供だからか、ポンポンと普段は言わないような言葉が出てくる。マリンちゃんが、冗談だと分かってくれてるのもあるけど。

 マリンちゃんはギュッと抱き付いて来て、俺の腹に顔をスリスリなついてきた。

 可愛すぎるだろ。

 ピコピコ動くケモミミと、フサフサの尻尾が俺を絶えず誘惑してくるが、同じ轍を二度踏む俺じゃない。グッと我慢した。


「あっ、そういえばこの後みんなでお風呂に入るんだった! 大っきいお風呂なの!」

「おお、じゃあ早く行った方がいい。大丈夫、ここで人間は珍しいから探せば会えるよ」

「魔法使いの格好をした黒いかみの人!」

「そうそう。……そうだ。次に会ったら、もっとすごい手品を見せてあげるね」

「うん! ありがとう! お兄ちゃん!」

「お、お兄ちゃん……!!」


 マリンちゃんは指輪のついた左手を大事そうに抱えながら、トトトッとどこかへ走り去って行った。


 お兄ちゃん呼びの余韻に浸っている俺、突然その脳天に手が振り下ろされた。


「痛っ!?」


 見ると、キラ先生がジト目でこちらを見て立っていた。

 あ、そうか……。


「キラ先生も、お兄ちゃん呼びして良いんですよ」

「おい、腹に穴を開けられたくなければ今すぐ抱擁をやめよ」

「…………」


 穴は開けられたくないな。

 そっとキラ先生の身体を解放すると、痛くない程度に無言で腹パンされた。


 ……よし、だんだんと慣れてきてるな。

 このまま行けばいずれ、膝の上に乗せて頭ナデナデすることも……。


「な、何故か今、無性に貴様を殴りたくなった」

「消し飛ぶんでやめてください」

「…………まあよいか」


 キラ先生は納得が行っていないようだったが、すぐに真面目な顔になって、説教モードに入った。


「冗談でも、ああいうのは良くないと思うぞ?」


 ああ、プロポーズの真似事をしたことか。

 マリンちゃんは冗談だと分かってくれたけど、もし本気にされたら困るってことだろうな。

 でも、それは心配いらない。むしろ、マリンちゃんだから俺はあんなことをしたのだ。


「大丈夫ですよ。だってあの子は……」


 俺は、チラリとグラムを見た。


「…………何で分かったのにゃ?」

「む? どういうことじゃ、グラム?」

「…………マリンは……グラムの妹にゃ」

「ええっ!?」

「なんとっ!」


 驚くエミリアとキラ先生。

 あれ、みんな気付いてなかったのか?


「…………いつ、知ったのじゃ?」

「耳と尻尾です」

「…………すまぬ、もう一度言ってくれ」

「ですから、耳と尻尾の感じがグラムとそっくりだったんですよ。もう、一目で同じ血縁だって分かりましたね」

「「「…………」」」


 三人が、俺から一歩離れた。グラムに至っては、尻尾と耳を手で隠している。

 ……あれ? なんで三人ともそんな恐怖の視線を向けてくるのかな……?

 俺、そんなに変なこと言った……?


「変態に一番与えていけない物、それは技術じゃな」


 失礼な。


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