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十話:アニルレイの状況(3)

 

「最初はいつもより数が多い程度でしたから、誰一人として気にかけませんでした。しかしある日、ライマさんが大怪我をしましてね……片目はその時に持っていかれました」


 ラムは痛ましげに目を伏せる。

 ライマの顔の傷は昔からある傷だと思っていたのだが、意外と最近の話だったのか。


「目ではなく嗅覚で周囲を把握する戦い方をしていたおかげか、ライマさんの戦闘能力が衰えなかったのは幸いでしたが……」

「ライマは私に次ぐ実力者。……いいえ、単純な戦闘能力で言えばライマの方が上かもしれないわ」

「…………その様子じゃと、情報は規制しているらしいの」

「ええ、詳しいことが分からないので、今は戦士や狩人の者にだけ伝え、調査を進めているところです」


 調査、調査ねぇ……。

 俺たちは、顔を見合わせる。


「先日の話じゃが、不死の山、不死の森にて似たような事件が起きた。突然現れた賢狼が、千を超える魔狼の大群を率いておったのじゃ」


 エミリアが一掃した五百、アーサーたちがエミリアを守るために陣形を組んで戦った五百以上の魔狼。

 正神教徒が関わっているために公表こそしなかったが、よくよく考えてみれば歴史に残る戦いだな。

 俺は歴史に名を残した……いや待て、倒したのはグラムじゃねえか。


「ちなみに、賢狼にトドメを刺したのはグラムですね」

「あ、あの……それは……本当、なんですか……?」

「はい。えっと……」

「あ……すみません……。私は、鳥系獣人族長のガブリエルと申します……」

「ガブリエル」

「は、はい……ガブリエルです……」


 スラリと伸びた長い手足に、美しい金色の髪。不安げに揺れる瞳の端には小粒の涙。

 キラ先生のような鱗のある翼ではなく、彼女の翼は純白の羽が集まってできている。しかも、着ているのは純白の貫頭衣……。

 その上名前はガブリエル……。

 ふむ……


「あの、天使ではなくて?」

「へ!? て、天使だなんてそんな……! わ、私はただの獣人です……。うう……確かに、まだ産まれて十年の子供ですけど……」

「「十年!?」」


 アーサーと俺の声が重なる。

 十年って……まだロリじゃないか!

 なのに背丈はエミリアと変わらないって……これは合法ロリの真逆を行く存在だな!


「おい待てシン。何故妾を見た」

「今は綺麗な輝く紅髪になってますけど、キラ先生も元は金髪。さらに色や素材は違えど翼も共通。もしかして身体を間違なんでもないですごめんなさい」

「子供扱いの頭ナデナデと背中サワサワから流れるような土下座にゃ」

「シン、最近多いよねこれ……」


 それもこれも雪風のせいなんだ……。

 庇護欲をくすぐるというか……美味しそうに物を頬張る時の表情を見ると、父性というか兄心というか……何か、守ってあげなきゃという感情が湧くのだ。

 近所に住んでいて、夏祭りには一緒に行くくらいの関係である、五歳下の従兄妹(いとこ)と言えば分かりやすいだろうか。分かりにくいな。

 まぁつまり、雪風といる時の俺はとにかく雪風を甘やかしてしまうのだが、その時の俺がこうしてふとした瞬間に出てきてしまうのだ。


「息をするように出るキラ先生弄りに、単に動きが加わっただけのような気もするが……」

「そうじゃな。頭や背中へのセクハラはともかく、こやつの言動は矯正しなくてはならん領域じゃ。……コウに調教を頼むか……」

「ヒッ! コウじゃなくてレイ先輩にしてくださいお願いします」

「それじゃお前にとって単なるご褒美にゃ……」

「…………調教?」

「簡単に言えば主従関係を教え込むことにゃ」

「へー、あっ、じゃあ私がシンを調教してあげる!」

「「「「それはダメ」」」」

「なんで!?」


 主従関係を教え込むってのは、主従関係をハッキリさせるって訳じゃないんだよ……。

 エミリアが思う、動物ショーの動物を調教するのとは、多分少し違うんだよ……。


「エミリア、そういうことは、意味を知った時にもう一度言ってくれるかな?」

「え、許可するのかい?」

「え、許可しないの?」


 俺にMの気はないが、エミリアに調教されるなら普通にされたいんだが。

 エミリアが女王様の格好をしても、「さあシン! 今から……ええっと……痛いことをします!」と、絶対に可愛らしくなるはずだ。

 痛いことって言っても、多分デコピンとかそういうの。あとはせいぜい、縄で縛られて身体を擽られるくらいだ。


「ま、死ぬことはないから! 魔力がある限り!」

「完全に発想が残念な子じゃな」

「シンって、エミリアと雪風に関する時だけすっごく馬鹿になる気がするにゃ」

「とても扱いやすい爆弾とも言える」

「否定はしない」


 頭が悪くなる自覚もあるし。

 と、ラムさんがこちらをにこやかに眺めていた。

 獣人族には美人が多い、もちろんラムさんも予想を裏切らず美人だ。

 ふとした瞬間に目が合うと、俺でもやっぱり照れてしまう。


「随分と賑やかですね」

「あ、すいません……! 今はそんな時じゃないのに……」

「いえ、構いませんよ。ベアさんに至っては、寝てますから」


 ラムさんが隣に座る熊系獣人を軽く押すと、熊系獣人の族長さんはコトンと倒れた。

 なるほど、緊張感ゼロ……それよりいつの間に寝てたんだよ。


「カイヤみたいじゃな」


 基本寝ていて、争いの気配がすると飛び起きて参戦するタイプ。

 なるほど、言い得て妙だ。


「まぁそれは良いのですが……ガブリエルちゃんがいじけてしまったので……」


 見ると、さっきまでガブリエルちゃんが居なくなっていた。

 少し、部屋の中を見渡す。


「鳥系の成長は早いんですもん……子供だけど子供じゃないんだもん……。……というか私無視されました……? うぅ……やっぱり私って影が薄いんだ……だから時々身体が透けるんだ……」


 いじけたガブリエルちゃんは、部屋の隅で体育座りをして床に指でお絵描きしていた。

 子供かよ。子供だけど。


「ちなみにガブリエルちゃんは、天使じゃなくて正真正銘の獣人よ。ちなみに、鳥系獣人の十歳は人間で言う二十歳くらいね。だから、あまり子供って言うのはやめてあげて?」


 獣人の族長たち、予想以上に変人揃いというか……個性的な連中だな。

 大事な場面で眠りこけるベアさんに、常に自信なさげなガブリエルちゃん、言動を咎められて石化したライマさん、底が見えないリムさん、最後まで真剣に話をしてくれたラムさん。

 色々と言いたいことはあるが、ただ、一つだけ言うとすれば……


「この人たち、ラムさんがいないと成り立たないのでは?」


 グラムには悪いが……グラムで成り立つとは思えなかった。


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