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九話:アニルレイの状況(2)

 

 大きな木の幹を、えぐるようにして生まれた空間。

 木の幹の中が螺旋階段になっていて、そこを登るとこの空間に出た。

 ここまで登るのには苦労したが、その分解放的で景色は良い。

 まあ、木の上に行けばもっと景色は良いのかも知れないが……随分と階段を登って辿り着いたこの洞でさえまだ木の半分。

 木の上に行くなんて、考えたくもない。


「…………」

「あ、あの……」


 その部屋で待っていた、五人の……猫、犬、鳥、蛇、熊の獣人は何も喋らない。

 獣人族の代表である五人の族長に無言の視線を注がれ、エミリアが居心地悪そうにみじろぎする。

 すると、五人の中でも一番若いように見える猫系獣人の女性が、黄色い目でエミリアを見据えながら言った。

 ちなみに、獣人には珍しく巨乳じゃない。これには本当に驚いた。


「……これは失礼。私は猫系獣人族長のラムと申します。何故、こちらに来られたので?」

「は、はい。それは友人であるグラムちゃ……グラムが族長になるのを見届けるためです」

「……族長選抜ですか……」


 一瞬、ラムさんの表情が曇ったな……。

 何か、不都合なことがあるのだろうか。


「んにゃ、出された条件……グラムより強い男は見つけたにゃ」

「その男か?」


 顔に大きな傷痕の残る犬系獣人の族長が、無事な方の目で俺をギロリと睨み付ける。

 いや、犬系だけじゃないな。ラムさん以外の族長は、全員俺を無遠慮に眺めまして値踏みをしている。

 居心地は悪いが、これくらいなら慣れたものだ。


「……ふん。確かに胆力はあるようだな。それに、魔術師にしては身体も鍛えている。俺はライマだ、よろしく」


 鍛えているというよりも、レイ先輩のハードな訓練で毎日全身筋肉痛になっていた結果ではあるのだが……納得してくれたのか、ライマさんは手を差し出してきた。

 エミリアでもアーサでもなく、最初に俺か。なるほど、今のエミリアたちが王族ではないという建前を、どうやら認めてくれたらしいな。

 俺は笑顔でライマさんの手を取り……


「こちらこそよろしくお願い……っ」

「? どうした?」


 握り潰された。

 黒い魔力が、粉々になった手を即座に修復。

 俺は冷や汗をかきながらも、手だけを部分的に身体強化し、ライマさんの手を強く握り返す。

 今のはなしじゃないですかねぇ?


「僕はどうもしていませんよ?」

「ほう、それにしては顔が引き攣っているが?」

「それはあなたも同じでしょう。どうしました、脂汗を浮かべて」

「ふふ……なるほど、面白い」


 お互いの手を握り潰そうとする戦い。

 筋肉がそれなりに付いたとはいえ、俺はあくまで一般的な戦士レベルになったというだけだ。力が強いわけではない。

 対してライマさんは、犬系獣人らしい大男。

 俺が全力で身体強化をかけても、その差は埋められそうにない。徐々に力負けしていく俺。


 ライマさんがニヤリと笑うが……


「……シン、そしてライマ殿、そんなに握力の勝負をしたいのなら妾が相手になってやるぞ?」


 俺たちの硬い握手を、親指と人差し指で摘みながら、キラ先生がやれやれと言った。

 もう一度言おう、人差し指と親指だ。

 なのに……


「「痛っ!?」」


 メキッという不吉な音がして、俺とライマさんは咄嗟に手を離す。

 俺の右手から、修復するためにまたもや黒い魔力が出た。まじかよ、俺の手、短時間で壊れすぎだろ。何回壊れるんだよ。


()()()のキラ・クウェーベルなのじゃ。こやつらの教師、つまり監視役を任されておる」

「よ、よろしく……」


 笑顔で手を差し出すキラ先生。

 それに対してライマさんは、「龍人かよ……」と呟きながら恐る恐るキラ先生の手を握った。

 笑顔の幼女と、怯える大男。中々見られない珍しい光景だ。


「アーサーです」

「エミリアです」

「…………」


 続けて、三人もそれぞれ族長たちと握手を交わす。

 何故かグラムだけは、不機嫌というか……憂いを帯びた顔だったが。


「……さてグラム、族長になるということでしたね?」


 茶番が終わったのを確認し、どこか疲れた表情のラムさんがグラムに問いかけた。


「年齢に関しては言いません。私自身、まだ三十も行かないひよっ子ですから」

「……」

「私としては、あなたに譲ることもやぶさかではないです」

「……!」


 ラムの言葉に、驚いた様子のグラム。

 だが、他の族長に驚いた様子はない。既に、族長たちの間では決まっていたことなのだろう。

 実力主義の獣人族だ、グラムの実力なら族長と認められてもおかしくはない。


「ですが…………問題がいくつかあります」

「問題にゃ……?」

「ええ。まず、あなたがまだ学生であること。次に、私の姪であること。ああ、あと、あなたの見つけたシンさんですが、既に相手がいらっしゃるご様子」

「わ、私!?」


 突然、ラムさんに目を向けられたエミリアが動揺する。


「はい、エミリアさん。あなた方の信頼関係は、ただの主従関係とはまた違ったものを感じました。お付き合い……いえ、婚約をなされているのでは?」

「あ、それは……その……」


 最初は嬉しそうだったが、話を聞くうちに困った表情になり、返す言葉もしどろもどろになるエミリア。

 事情を知っているキラ先生とアーサーが、ラムの言葉に苦い顔をした。

 いやぁ、あれをどう説明したものか……。


「近いものではあります……かな?」

「まあ……それしか言いようがないか……」

「? 婚約に近しい関係ではあるという認識でよろしいですか?」

「……はい。大丈夫です」


 エミリアに関することを先延ばしにして、これまで核心に迫ろうとしていなかったのが悪いのだが、いざこういう場で関係性を聞かれると困るな……。

 タメ口で話す主従関係が、ただの主人と護衛の関係なわけがない。しかも異性だから、こうして勘繰られる可能性もあるってことか……。


「と言っていますがグラム?」

「……でも、尻尾を握られたのにゃ。それに、シンは紫苑とも……」

「あー、一つ聞くぞ。グラム」


 耐え兼ねたように、ライマさんが話に割り込んできた。


「なあグラム、俺らはお前を娘のように思っている。いや、お前からすれば、あの時助けようとしなかった俺らなんか信用できないかもしれないが……ともかく、今は違う」

「…………」


 ……なんか、深い事情があるのか?


「その上で聞きたい、お前はこいつと結婚したいのか?」

「…………したい、にゃ」

「……なるほど。……グラム、もう一度聞く。したいのか?」

「…………したい…………にゃ」

「……こいつの"ピー"が、お前の"ピー"を激しく"ピー"して、快楽の虜となってそのうち自分から"ピー"を望むようになってもか?」

「!? ど、どうしたのシン!?」

「お? あ……すまねえ。その子にはまだ早かったんだな……」


 あ、あっぶねぇ!

 突然何を言ってんだこの野郎!?

 咄嗟にエミリアの耳を塞いだから良いものの、反応が遅れてエミリアが聞いてしまったらどうするつもりだったんだ!?

 というかチョイス! 表現が生々しい!

「そっ、それは…………!」

「答えられないのか?」


 いや、むしろやって欲しいと即答できる方が怖いと思うけど……。


『……かっ、構わないでござる!』


 ……………………。

 なんで今、頭に紫苑が浮かんだんだろう。

 紫苑なら、涙目になりながらも無理してそう言いそうだな……。


 ライマさんは、ジッとグラムを見る。それでもグラムは、答えようとしない。

 このままでは、グラムは族長になれない。そう、俺たちが考えた時だった。


「ライマ、今それは関係ないわよ。そもそも、この条件はあくまで時間凌ぎ。最後の足掻きってやつね」


 蛇系獣人だろう。

 身体から爬虫類のような鱗を生やし、舌先が二つに分かれた舌をチロチロと覗かせながら、蛇系獣人の族長が中性的な声でライマさんを嗜めた。

 体付きを見るに、女性だ。


「先程の行動、そして今の発言、あなたの気持ちも分かりますが、さすがに看過できるものではありませんねぇ……。これ以上勝手な行動をするようなら……」


 彼女がライマさんの目を見る。

 その瞬間……


「……………………」

「魔眼か……」


 ライマさんが、固まった。

 石化の魔眼か……。蛇らしい。


「失礼しましたぁ。さて、グラムさんが猫系獣人の族長になるという話だったわね、でもごめんなさい。今は無理」

「にゃ!?」

「おいっ、それはどういう……」

「待つんだシン。彼女は()()と言っていただろう。何か事情があるということだ。……あと、いつまで耳を押さえているんだ?」

「…………」


 そっと、エミリアの耳を解放する。

 蛇系獣人の族長は、それを見て話し始めた。


「本来なら、いくつかの試練を通過してもらう予定なの。でも……今のアニルレイは、それどころじゃないのよ」

「具体的に言うと?」


 彼女は、答えなかった。

 だからか、ラムさんが溜息をつきながら、やれやれと答えた。


「……魔獣や魔物が、突然進化し、そして凶暴化しています」

「「…………!!」」


 俺たちは、思わず顔を見合わせる。

 謎の進化を遂げ、凶暴化する魔獣や魔物。

 それはあまりに……聞き覚えがありすぎた。


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