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八話:アニルレイの状況(1)

 

「さあ、行くぞ。グラム、エミリア、アーサー、シン。まずは挨拶しなくてはな」

「あ、それにゃら……」


 グラムが懐から硬貨を取り出して、水路に停まっていた舟の船頭に話しかけた。

 もちろん船頭も獣人族、頭に猫耳を生やした猫系獣人だ。


「五人、真理の大樹までにゃ。これで足りるかにゃ?」

「ハンゲル王国の硬貨か……。えっと、一二三……ああ、足りてる。むしろ多いくらいや」

「多いにゃ?」

「王国と言えば大国やろ? そこの金なら大体の民族や国家とはやり取りできる。せやけど最近王国との貿易が上手くいってないのか知らんが、王国の貨幣が足りなくなっててなぁ。ほんで相場が少し変わってるんでさ。ほれ釣りだ。さあ、乗った乗った!」


 色々と突っ込みどころはある気もするが……猫耳があっても語尾は普通なんだな。なんか特徴ある喋り方なのは一緒だけど。

 俺たち五人が舟に乗り込むと、舟はゆっくりと進み出した。


「きゃっ……」

「っとと……大丈夫か?」

「あ、うん。ありがと……」

「あ、いや、これはすんません。人間を乗せるなんて久々なもんで……」


 街を見ていて油断していたのか、バランスを崩したエミリアを俺は支える。

 ちょっと、恥ずかしそうに顔を赤くするエミリア。可愛い。


「でも、アニルレイって貿易とかするんだな……」

「いやいや、そこまで閉鎖的ではないって。霧のせいで普通の人間が来れないだけ、俺らとしちゃ、もっと深く多種族とも交流したいんですけどねぇ」

「へー……意外と知られてないもんだな……」

「いや、多分ここで知らないのはお主だけだと思うぞ……?」

「え?」

「ああ。帝国には獣人族用の部署があり、そこで働く獣人族がアニルレイとの貿易を行っている」

「私たちの国もそうらしいよ。働いている人たちまでは分からないけど……」

「…………」


 ……まじか。

 大森林の中に住んでるってだけで、勝手に他国他種族と関わりがないとは思っていたが……。

 意外とアクティブなんだな。いや別に意外でもないか……。


「知られてないかぁ……ま、大体の人間はアニルレイと関わりなんて持たんからそんなもんか。獣人の俺が言うのもなんやけどな!」

「アニルレイは、人間とかについて知っていたりするのかの? 誤解されておるなら、知っておきたいと思うてな」


 あぁ……そうだな。

 さすがキラ先生、こういう異国の地に赴いたときの情報収集は、俺じゃ到底及ばない。経験の差ってやつか。


「ん? そうだなぁ……人間は……俺たちとあんま変わらん気がするなぁ。耳と尻尾と力がないが、その分賢いイメージ。あ、それといっつも発情期やな」

「そうか、獣人には発情期があるからな……人間は万年発情期の性獣に見えてるわけか……」

「シンはともかく、私は婚約者に迫ったことなど一度もない」

「そうそう、ちゃんと抑えて……おい待てや」


 俺はともかくってなんだ。あと婚約者ってなんだ。


「む? 言ってなかったか? 私には幼馴染がいてね。私が入学すれば長い間会えないから、正式に婚約したんだよ」

「むしろ数年前、幼馴染がいるのにエミリアに求婚したのかよ…………」

「逆だ。それで彼女が拗ねてしまってね……そこで私は初めて彼女の気持ちを知ったんだよ。あとはお互い意識するうちに……待つんだこれは何の罰ゲームだい?」

「自爆やな。金髪の兄ちゃん」


 自爆だ、綺麗な自爆だ。


「どんな時でも繁殖できるのが人間の強みではあるけど、いつもそれしか考えてないわけじゃないですね」

「となると、いっつもそんな感じなのか?」

「はい、そうですよ。性欲が増す時期とかは特にありません」


 猿から進化したと考えれば、厳密に言えば人間にも繁殖期はあるのかも知れないけど……。


「そうか……なら、良かったな」

「??」

「いや、発情期に来てたら大変なことになってたと思っただけですわ」


 ああ……発情期の獣人族ねぇ……。

 発情期の獣人の中に、万年発情期だと思われてる人間を放り込めばどうなるのか。

 人間に興味津々の獣人に、四方八方から襲われそうだ。


「ただ……小さい子は、間違いがないように発情期が少しズレとる」

「…………え?」


 獣人の子供を、残念ながら俺はほとんど見たことがない。

 というか、発情期が近づいてくると獣人は街から姿を消す。

 とある冒険者の話では、発情期になると獣人の仲間が何処かへ行ってしまうので、もうその時期は働かないでダラダラ過ごす時期にしたらしい。


 だから勿論、獣人の子供の発情期が少しズレているなんて情報は知らない。

 キラ先生さえも驚いているのだ、俺が知っている訳がない。


「エミリア、少しの間耳を塞いどいてくれ。あまり聞かせたくない」

「え? わ、分かった!」


 今後アニルレイで過ごすにあたって知っておきたい情報だが、話の内容によってはエミリアに変な知識を教えることになる。

 俺が頼むと、エミリアは耳を手で塞いで、さらに目までギュッと瞑った。


「初潮精通を迎えた子で、大体二十歳くらいまでか……。発情期がズレとるんや。丁度今がその時期に差し掛かった頃か」


 なるほど、二十までの獣人が…………あれ?


「……グラムは大丈夫にゃ。まだ、始まってないにゃ」

「少しも安心できない!?」

「妾のような龍人族もそうじゃが、発情期は周期的なものだから大丈夫だと思うぞ?」

「んにゃ、グラムは夏。丁度夏休みの頃にゃ」

「なるほど、夏休みにグラムは消えるんだな……」

「なんにゃ、シンがしてくれるのにゃ?」

「しない」

「は、はっきり言うにゃね……」


 傷付いたような表情のグラム。

 でもな、口でいうのは簡単なんだよ。

 実際に発情期のグラムに迫られたら、楽にしてあげるとか言いながら喜んで据え膳を食う気がするけどな。

 あーあ、嫌な未来。


「まあ、今はまだ少し興味が出てしまうとか、感じやすい程度だから安心していい。そもそも、大人は発情期を理解しているからな」

「初めて発情期を迎える子供とかは……?」

「…………それが、正直一番怖いんや。我慢とかをしないからな」

「…………っ」


 深刻そうな表情、だがすぐに


「ま、小さい子はその分発情期の効果も薄いから関係ないけどな!」

「心配して損したわ!」


 快活に笑う。

 てかまあ、そうだよな。小さい子が街中で異性を襲うような種族なら、こうしてグラムが俺たちを連れて来ようとは思わないよな。

 安心した。小さな子にSクラスのみんなが性的に襲われてたらとか考えると心配で……主に獣人の子たちの命が。


「ああでも黒髪の兄ちゃん、アンタは気を付けろよ? ここにはいない黒髪黒目。どこからどう見ても魔術師の風貌なのに、肉体は戦士のように鍛えている」

「…………ほう、よく分かったの。さすがは獣人か」

「なんでアンタが誇らしげなんだよ……」


 何故か自慢げなキラ先生。というか今のって褒められてたのか……?


「正直、俺もアンタには興味がある。小さい子はもっとあるはずだ。質問責めに遭うことを覚悟した方がええで!」


 小さい子から質問責めか……それはちょっと、体力が持つか心配だなぁ……。

 この先の未来に少し憂鬱になりながらも、俺はエミリアに向き直る。


「…………」


 両耳を手で覆って、ギュッと目を閉じて……もう一度言おう、可愛い。


「エミリア、もう良いぞ」

「…………」

「って、そうか、聞こえないか……」


 耳を塞いでいるから当たり前か、俺はエミリアの肩をトントンと叩く。


「あれ? もう良いの?」

「ああ。大体終わった。俺の体力以外心配することもなさそうだ」

「へー、なんの話を……あ、やっぱりいいや。私に聞かせたくなかったんだもんね?」


 まあ、聞かれてていても大丈夫だった気もするけどな。

 だが……一度は納得したエミリアは、何故か不安そうな表情になった。


「シン……また無茶したりしない?」

「……へ?」


 一瞬、エミリアが何を心配しているのか分からなかったが……。


「今回は本当に違うのじゃエミリア。今回は、お主に無断で争い事をする気ではない」

「えっあっそういう……。うん、今回は本当に違うぞエミリア。宣言しよう! 争いは起きない!」


 今回はレイ先輩もいるし、キラ先生だって一応龍化できるようになった。紫苑や雪風だって、今ではエストロ先輩クラスの実力はある。

 紫苑に関して言えば、まだ本気を出していない可能性すらある。いざとなれば、エミリアの()()魔法があるし……。

 もし何かあったとしても、俺の出る幕はおそらくないだろう。


「むぅ…………じゃあ、約束ね。シンが戦いで怪我したら、私の言うことをなんでも聞いてもらいますから」

「おう、いいぜ」


 俺はエミリアの頭に手をやって、エミリアの髪をワシワシとしながら答えた。

 

「雪風のせいじゃな……。シンの行動が自然じゃ……」

「あいつ、何故か雪風のことを妹のように思ってるからにゃ……。無意識に出てるにゃ……」


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