八話:謎の表示
「シン、少し良いですか?」
「レイ先輩!?」
ドアを叩いたのは、天使でした。
そんなナレーションがかかっても良い。てか俺には確かに聞こえた。…………いや、俺も疲れてんだな。レイ先輩は天使じゃなくて女神だ。そんな基本を……ってそうじゃなくて……!
「いつでもどこでも先輩なら大歓迎です!『解錠』」
無詠唱で、玄関の鍵を開ける。
その時間、一秒に満たない。
この早業、惚れ惚れするね。魔法の使い道を完全に間違えているって? いや、レイ先輩は何事にも優先されるから間違えていない。
「どこから突っ込めば良いのか困るので何も言いませんが……どうでしたか? 適正試験……いえ、正式名称は適正検査試験でしたね」
「先輩、正しくは魔法技能及び身体技能の適正検査試験です」
魔法技能と言っているが、俺やレイ先輩のような魔術師も行う検査だ。というか、魔術師が魔術師である理由は、あくまで杖や俺で言うなら剣、つまり道具を使っているからで、本人の技能は魔法師と変わらない。
つまり、杖を使わないエミリアのような人が魔法師と呼ばれ、レイ先輩や俺のような道具を使う人が魔術師と呼ばれる。
動きを阻害されたくない人は魔法師に、動きよりも魔法の威力や消費魔力減少などを優先したい人が魔術師になる。
便宜上どっちも魔術師で纏めることが多いけど、昔から生きてそうな長い髭生やしたような人達には怒られるから覚えておけと、昔師匠に言われた。
はっきり言って、そいつらが御逝去して仕舞えば、多分全員魔術師で纏められると思う。色々な方面から怒られそうだから絶対に言わないけど。
ちなみに、魔法と魔術は魔法で纏めるらしい。混乱するから全部魔法でよくね?
「…………どうでしたか? 適正検査試験は?」
時間が巻き戻った!
まさか新手の……ってこれはもういいか。
「どう、と言われましても……」
この可愛らしい先輩は、さっきの言い間違いをなかったことにしたいらしい。
さらに言えば、自分の間違いを押し通すらしい。
「いえ、知っていましたよ? ただ……あれです。名前が長いのと、そもそも、貴方達は試験と言っても形式だけのものでは?」
「それは言ってはいけないやつですね」
壁に耳あり障子にメアリーさんだよ?
壁に耳が生えてきたかと思うと、「フハハ! 話は聞かせて貰った!」と言いながら障子を突き破ってメアリーさんが登場しちゃうよ?
何その女の子、仲良くなれそう。というか仲良くなりたい。
「そ、そんなことより、貴方のスペックプレートを見せてください!」
癖っ毛が、「間違えてないもん!」と言いたげにピョコピョコ動いている。可愛い。
「……すぺっくぷーれと?」
「あれです……四角い……これといった特徴のないプレートです。……まさかとは思いますが、貰ってますよね?」
「プレート……プレート……あ、これですね?」
〈ストレージ〉の魔法を使って、虚空から二枚の板を取り出す。
そうか……これ、ステータスプレートじゃないんだな。
確かに、表示の例を見た時も体力とか運とかは数値化されたいなかった気がする。スペック……能力を表すプレートってことか。
うおっ、結構な個人情報だな。
エミリアの分も持っていて良かった。
〈ストレージ〉は、王女の能力なんていう重大な情報を隠すのにはもってこいだからな。異空間に仕舞われるから、俺が死ねば誰も取り出せないし、中の物も俺しか取り出せない。中では時間も経たないから、板が腐ったり錆び付いたりすることもない。
俺がエミリアのスペックプレートを持つことは、かなり合理的なことではなかろうか。
「な、ななな…………!」
と思っていた時期が俺にもありました。
俺が二枚、エミリアと俺自身のプレートを先輩に渡すと、先輩が「な」を連呼しながら戦慄きだした。
「す、すすすスペックプレートを渡すなど……夫婦でもしないことですよ! 奴隷だって主人にスペックプレートを渡す必要はないとされているのに……! 貴方達は一体どんな関係なんですか!」
「こ、婚約者です!」
「おい、エミリア、話がややこしくなるから今は静かにしてくれ……って、何故お前がここに!?」
エミリア、何故君がここにいるんだい!?
そ、それよりも、この俺が背後を取られるとは……エミリア、一体何者なんだ……!
ゆ、勇者の血筋って怖え…………。
「し、シン! さっきのエプロンだけど……少し恥ずかしいけど、私頑張ることにしたから! その、恥ずかしいけど、いつかは全部見せるんだし…………」
「婚約者? エプロン? 全部見せる? 一体なんの話を……」
「先生、少しデートをしましょう。古代魔術の書かれた古書を売る店でも巡りませんか? 一見バーに見えても、実は古書を扱う店を知っていまして……」
おっと、これはいけない。
何か悪い予感のした俺は、レイ先輩の肩を掴んで話を全力で逸らしにいく。
その古書店はダンディな口髭を生やしたアラフィフが経営しているバーなのだが、実は裏口から入ってあることをすると、地下にある古書店へ連れて行ってくれる。俺こういう店大好き。
「で、ですから私に王女の護衛をしている弟子などいないと……」
よし、話題を逸らすのに成功!
あとはこのまま、この二人を引き離せば……!
「そう言えば、エミリアさんのスペックプレートですが、シンに持たせていて良いのですか?」
くっ……!
そう言えばそもそも、スペックプレートの話をするために先輩は来たんだった!
いや、でもここからエプロンにはどうやっても繋がらないよな……。ならば、エプロンに対する疑問を忘れるまで話をするのが得策だな!
「スペックプレートってのは、普通自分が持つものらしいんだよ。例えば、奴隷……中でも性奴隷とかでも主人に対して渡さなくて良いらしいんだ」
我ながら現金だが、急に態度を変え始めた俺にレイ先輩が怪訝な目を向けるが、いつもなら大事なそれもこの際些事である。
「そう、なの……? それは……んん〜〜…………」
エミリアが眉に皺を寄せて悩み始める。
今後も俺に渡すかは、考えるまでもなくノーだと思うのだが……いや、一時的に俺に渡してしまったことについて考えているのか?
エミリアは王女だ。少しの間とは言え、奴隷でもしない様なことをしてしまったのは、色々と不味いのかも知れない。
「先輩。僕が一時的にエミリア様のスペックプレートを持っていたことを、他の人には言わないでくれませんか?」
「あ、いや……私が言ったのは冒険者としての……」
くっ……そうか、そりゃそうだよな。無料な訳ないよな……!
だが、ここで口止め料を払う訳にはいかない。それは相手に弱みを作ることとなるからだ。金銭の移動が確認されれば、事実はもう隠しきれなくなる。
こうなったら、あれをやるしかないのか……!
「し、シン? ど、どうしました」
「……分かっているんです! で、でも家にはもう払える様なお金が……! せめて、せめて一ヶ月待ってくれませんか……! 私には腹を空かせた妻子がいるんです……!」
「つ、妻……エヘヘ、エヘヘヘヘっ…………」
「ち、ちょっと待ってください! お金? 妻子? え、ええっ……! ええっ…………!?」
くっ……! これでもまだ駄目か……!
「ですから、ですからこのことは黙っていてくれませんか……! 愛する家族を守りたいんです! お願いします!」
「あ、愛する……! フ、フニャァ……………」
「分かりました! 分かりましたから!」
先輩が誰にも言わないことを約束した。
それを確認した俺は、後ろでフラリと倒れ込むエミリアの腰を慌てて抱き支える。
エミリアは何故か、「フニャ……ピャァ……」とバグってしまっている。
……どうしたんだ?
「おーい、エミリアー。起きろー」
「んんっ……エヘヘ……擽ったいよー」
「残念ながら俺は擽ってないぞ」
「し、シン……。そこは……ダメ……!」
「夢の中の俺何してんの!?」
夢で見るものは、本人が記憶していることから見ると聞いたことがある。それが本当か分からないが、もしそうだとすれば、俺はエミリアが「ダメ……!」と言うような箇所を昔触ったことがあるということだ。
あれだろうか。エミリアがよく俺の部屋に一緒に寝に来ていた小さい頃だろうか。
「まじか……でも確かにあの頃は師匠と別れて失意の時代だったから……師匠と間違えた可能性も? でも体格は、その頃のエミリアの方が師匠より流石に小さいよな……」
八歳くらいの子供と比較される師匠。流石のエルフならぬロリフだ。ロリフがいるとなると、サキュバス顔負けのエロフとかもいるかも知れない。……それは、最早サキュバスだった。
そして、その師匠そっくりの先輩はと言うと……
「は、はぁ……何がなんだか…………というか、途中から私の話を聞いていませんでしたよね?」
癖っ毛を「私怒ってるんだから!」と動かせながら、本人の表情は少し不機嫌そうだ。
話を聞いていなかっただと? 俺が先輩の声を聞き流す筈もないのだが……エプロンの件で色々と焦っていたから、聞こえていても勢いで誤魔化そうとした可能性も高いな。ああ、多分俺はそうしたな。
「エミリアさんは……いや、今起こしても多分無駄になる気がするので良いです」
「起こさないんですか?」
「だ、だってお姫様抱っこされていて……」
「? どうかしました、レイ先輩?」
「い、いえなんでもありません!」
レイ先輩が頰を紅く染めながら、プレートを見る。ただ、何故かチラチラとこっちを見ながら。
俺がしているのは単なる横抱きなのだが……そんなに珍しい持ち方だろうか。背負うと背中に二つの何かが当たるので、女性を運ぶ時は合理的な持ち方だと思うのだが……。
でも、言われてみれば確かにあまり見ない運び方かも知れないな。日本でもそうだが、こっちだと運ぶ時は肩を貸すだけなのが多い。
「…………」
先輩は少しこちらを気にしながらも、手に持つ二枚のプレートに何やら魔力を込めている。
俺はこれがステータスプレートだと思っていたから、ずっと一人だけステータスオープンと唱え続けていたのだが……魔力を込めるだけで中が見れたとは。
周りの不審者を見るような目、あれは俺に向けられていたのか。
「込める魔力……本当に少ないんですね」
「ほお……こんなに僅かでも見えますか」
「意識しないと見逃しそうですが、少し意識を向ければはっきりと」
魔物ではない、普通の昆虫の蟻が保有する魔力。それの十分の一くらいの量だな。大気中の魔力との差は、最早誤差のレベルだ。
これなら、使うのが生物であれば誰でもスペックプレートを使うことができる。そして、魔術師がこれのせいで魔力切れを起こすこともなさそうだ。
「今回は、初めての起動ということで少し多めに魔力を使っています。これからはさらに少量になりますから。その量は、一生繰り返し起動させ続けても中級魔法二回分くらいです」
「よくそこまで魔力消費を抑えられますね……」
魔力を必要とする魔道具にその技術を応用すれば、かなりの革命にならないか?
他国の産業スパイに殺されちゃうよ。
「いえ、これは本来魔力が必要ないものでして……例えばゴーレムが起動できないようにこのようにしているだけです。むしろゼロだった魔力消費を増やしているんですよ?」
「はぁ……成る程……」
「良いですか、じゃあ一緒に見ますよ?」
「……へ?」
一瞬の油断が命取り。
どうやらここは既に戦場だったようだ。
レイ先輩と肩を並べて、一枚のプレートを……!
しかも、スペックプーレトは本よりも小さいから身体を寄せるどころの話じゃなくて……普通に密着しているんだけど!
「……その……シン……少し、しゃがんでもらえませんか……?」
「え? いやでも、今エミリアを抱えていて……」
「そ、そうですか……」
シュンとするレイ先輩だが、流石にエミリアを抱えたまましゃがむことは出来ない。もしそうすれば、先輩だけでなくエミリアとも身体が密着することになるから……うん、俺の身体は保たないだろうね。色々な意味で。
「先に先輩が見ていいですよ」
「いや、しかしそれでは……」
顔を赤らめてオロオロするレイ先輩。
なんだろう。持ち主よりも先に見るということには、何か俺の知らない意味が隠されているのか?
「そうです!」
「えっ、やっぱり何か大変なことを俺はしてしまったんですか!?」
まずい。それはかなりまずい。
何をしてしまったのかは気になるが、先ほどの反応を見るにやはり奴隷でもしないようなことを俺はしてしまったのだろうか。
例えば、レイ先輩に永遠の忠誠を誓うとか……それは、既にしているから何も変わらないな。
どうぞ見てください。
「何を言っているのですか……後ろ失礼しますね?」
「……なん、だと……!」
〈飛翔〉を使って空中に浮かんだレイ先輩は、そのまま俺の背中に覆い被さって来た。
俺の腰に足を回し、後ろからプーレトを持った手を俺の前に回して、俺の肩の上にお互いの顔をくっつけるように顔を乗せる。
「浮遊し続けるのは大変なんですよ?」
「いや、分かってますけど…………」
そういうことじゃ、ないんだよね。
一つだけ幸いなことがあるとすれば、先輩が来ている青色のローブのおかげで感触があまり伝わってこないことだろうか。
そして、先輩自身の体格のせいで、歳の離れた従兄弟とかに見えることだろうか。
「はい、それじゃ見ますよ!」
先輩がもう一度魔力を込め、プーレトを表示させた。
「「…………はい?」」
そして、俺とレイ先輩の声がハモる。
【名称】
シン・ゼロワン[魔術師][??]十五歳
炎魔法:上級
水魔法:王級
土魔法:中級
風魔法:上級
無魔法:王級(光:初級、闇:王級)
治癒魔法:中級
派生魔法習得有り
混合魔法習得有り
系統外魔法習得有り
【固有魔法・能力】
《無詠唱》《自然治癒》《状態異常耐性》
表記不可能、判別不可能の固有魔法・能力有り
【名称】
エミリア・ハンゲル[魔法師]十五歳
炎魔法:中級
水魔法:中級(氷結系統のみ王級)
土魔法:初期
風魔法:中級
無魔法:中級(光:中級、闇:未習得)
治癒魔法:中級
派生魔法習得有り
混合魔法習得有り
系統外魔法習得有り
【固有魔法・能力】
《詠唱変化》
表記不可能、判別不可能の固有魔法・能力有り
何故か俺のとこだけ表示がおかしくなってるんだが……。
というかそれよりも……
「表示不可能、判別不可能って何?」
こうして見るとそこまでシンが強くないように感じますが、一人前のレベルは『上級三つ』か『威級一つ』ですので、彼は普通に異常です。