1-1
なんでもない一日というのは、その後どんな事件が起きようと関係なく最初に与えられるものである。作り話だったら事件を予期できるかのような描写があるし、そもそもアクションだのホラーだのラブロマンスだののジャンルを見ることで、これからこの世界の日常で素敵なことや恐ろしいことなどが起きるのだな、と想像できる。
でも、現実ではそうはいかない。「待って」と言っても待ってくれず、起きて欲しくない事が起きて対処ができず、一瞬しかないチャンスを逃して落胆することなんていつものことだ。
この自分、瀬田夏生は、今は全てを失って電車の中で灰のように沈んでいる。全て、と言うのも過剰だが、ゴマ粒しかない勇気を振り絞って同級生の好きな人に告白して、あっさりと断られてしまったのだ。あろうことか、彼氏がいる、と。しかもそれは僕よりもふた回りも年上の男である。
彼女は自分の全てだった。思えば最大の問題はそこだった。多分とっくに気持ちはばれていたのだ。ある時から内心鬱陶しそうにしてることに気づくべきであった。
思い出せば思い出すほど死にたい気持ちに駆られていた。そう思って電車のホームに立っていたが、結局死ぬのも馬鹿馬鹿しいやと言う想いが過ぎって思い留まり普通に電車に乗る。そして僕は今に至るわけだ。
告白すると決めた時、なんでもない一日はもはや一つの重要な日へと変わっていった。でも今は周りを見ればつまらなそうに本やスマホを見ている人ばかりで、やっぱり今日はなんでもない一日だったのだ。諦めたように、僕は自分のスマホでSNSをのんびり眺める。
電車が乗り換えの駅に着いたので、僕はスマホを持ちながら席を立った。肩を叩かれたので振り返ったら、異様に輝いた目の無精髭の男がにこりと笑い、「お前、そのスマホで俺の脳を盗聴したな。」と言って鋭いナイフで僕の腹を刺した。
激痛なんてものじゃない激しい炎が腹の中に燃え上がる。「うううううぅぅぅ・・・」と息が漏れてしまった。自分とは思えない血と生臭い匂い。男は僕を見下げながら「盗聴したデータは消去だ。」と言ってナイフを振り上げ、僕は死ぬ、死ぬ、死んでしまうと僅かな意識で震え上がった。
昔は死ぬってどんな感じなのだろうかと想像したものだ。それは暗黒なのか虚無なのか。もしも死者の世界がないとしたら、今感じているこの全てが消える、という想像もつかない事が起きるわけだ。それはいやだ。絶対にいやだ。
・・・と、考えていたのに今ここでナイフが迫ってきている。もはやこれまで小難しく考えていたことなどどうでもよく、この先どうなるのか判断がつかない。体が動かない。そんな。
ナイフが頭の中にさくっと入り、冷たい、痛い、そして気分が悪いと思った。
次に。
。
「・・・お願い死んじゃいや!・・・」
「・・・お前が死んだら俺は、どうすれば・・・」
見知らぬ声が聞こえる。僕は死んだのだろうか。誰かはしらないが求める声が聞こえる。
「・・・しめた!魂がこちらを捉えました!・・・」
「・・・勇者か?・・・」
「・・・多分・・・ネクロマンシーを行うのは初めてですし・・・」
勇者?ネクロマンシー?
「・・・あとどれくらいかかるのだ・・・」
「・・・魂次第、かと・・・」
ひょっとして魂、とは僕のことを言ってるのだろうか。言葉ばかりでは何もつかめない。今自分は死んでいるのか?どのような状態なのだ?
おそらくここより前に進めば何かわかるのかもしれない。
ピキ。
繊細なガラスが割れるような感触がした。何かわからないが、これ以上先に進むのは、危ない、そんな予感がした。
「・・・勇者さん!私たちの国の為に、来てください!・・・」
助けを求めている。勇者ではないが僕にできる選択は二つ。このまま消えてしまうか、前に進むか。
消えてしまうのも嫌だ。その上、求める声が聞こえる。
ならば、前に進むしかない。僕はそう思って先を想い始めた。
ピキ。ピキ。
「かはっ!」
起き上がった。光景。久方ぶりに息をしたらしくすごく胸が苦しい。
「やった!蘇った!」
喜ぶ声が聞こえる。見ると、何やら異様な扮装をしている男女のグループがいる。
「勇者様、さあ、魔王討伐の旅に出かけましょう!」
黒服の小さな女の子が嬉しそうに僕に話しかける。僕は思わず呟く。「勇者・・・様・・・。」
女の子がふと嬉しそうな表情を下ろし、そしてはっと息を飲む。
「違う、魂なの・・・?」
僕は、どうなってしまったのだろう。