表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

最弱かつ最強の刺客(コンビニ格闘編)

作者: 倉本保志

コンビニに働く社会人1年生、かずとは、勤務してまだ半月ということもあり、仕事に精を出す。

ある夜勤の日のこと、老人が大挙として押し寄せ、店内の商品を強奪し始める。驚いたかずとは、それをなんとか阻止しようとするが、老人とはいえ、何せ相手は大勢、ゾンビのように襲いかかる老人に対してなすすべもなくフルボッコされてしまう。常連の客に助けられ、何とかピンチを脱するが、病院に運ばれる救急車の中で、なぜか学生時代に書いた自分の論文について思い出し、モラルというものの認識を改めさせられる。

 最弱、かつ最強の刺客(コンビニ格闘編)

そのコンビニは、とある地方の、閑静な住宅街の近くにあった。

和人かずとは、ここに勤めるようになって、ようやく半月が過ぎた店員

言わば新入りのアルバイトである。

週末や休日は、かなり遅い時間まで、客足も伸びるが、今日のような平日と

なると、午後10時以降の来客はほとんどない。

かといって商品の店出しまでは、まだかなり時間がある。 暇だ・・・

暇なのは、コンビニの店員 という仕事をする上で、果たしていいことなのか?

体はそれほど疲れないが、気持ち的な問題、まあ、贅沢な要求と言われれば

それまでだが、時間が流れるのが、極端に遅くなるような暗欝たる感覚、気を

抜くと突然襲い掛かってくる睡魔、これらとの闘いを強いられるのならば、

むしろ接客に忙しい方が、かえって楽なのではないかと、かずとは感じていた。

ウィーン、

自動ドアが開く音がした。ひとりの老人が中に入ってきた。

老人は、飲料のコーナーを行き来していたが、そこでは何も買わずにレジ

に近くの小さなガムを1つ取り、カウンターに無造作に置いた。

かずとは、それを手に取ると、レジの機械にコード読み取らせる。 

「84円です。袋に入れましょうか・・・?」

「いや、このままでいい」

客は、なぜかレジの奥をちらりと見て、足早に出て行った。

「見かけない顔だな、しかもこんな時間に・・珍しい 。」

かずとは、さほど気にも留めず、ぼんやりと時計を見た。午後11時

を少し回ったところだ。

しばらくして、客がやってきた やはり老人である。

時間を気にしているのか、時計を何度も見ながら、店内をゆっくりと見て

回り、週刊誌のコーナーで、徐に立ち読みを始めた。

午前0時、私は、期限切れの商品を抜き取るために、生鮮食品売り場に

向かった。最近は期限切れの商品をこっそり持ち帰ることも許されない。

昔に比べると、コンビニ店員の役得はかなり少なくなっている。

たかしは、いつものルーチンを手際よく進めていく。

・・・・その時である。 入口の自動ドアが、勢い良く開いたかと思うと、

20 いや30人ぐらいの老人が一度に店内に入ってきた。

私はなにか、キツネにつままれたような感じがしたが、すぐさまレジに戻った。

「こんな時間に・・?」

かずとが、まだ信じられない様子でいることなど、一向に構う気配を見せず

勢いよく5人の老人がレジに並んだ。

なぜか、5人とも、手には小さなお菓子などの少額商品を、ただ1個だけ持って

いた。

「75円です。」 そう言って老人から100円を受け取り釣銭を渡そうとした

時だった

事態は突然起こった。

店に来ていた客が一斉に、店頭に並ぶ商品を、自分のカバンに詰め込みだした。

「えっ、なに、ええっ・・・・?」

異変に気づいたかずとは、慌てて注意しに行こうとすると、並んでいた客が

突然、血相を変えて怒りだした。

「おにいさん、急いでるんだ、早くレジを頼むわ。」

「あ、はい、すぐに戻るんで、」

そう言って堂々と万引き・・・? をする老人のところへ向かおうとした。

レジのすぐ前の老人が、それを腕ずくで引きとめた。

「言っただろ、急いでるって・・おい、早くしろや」

「分かっています。・・・ですが・・」

レジで言い争っているうちに、ほかの客、・・いや万引き犯たちは、いっぱい

になったカバンを下げて急いで出口から出ていく。

「こらあ、万引き、・・・」「まて、こらっ」

大声で、かずとは彼らを窘めたが、レジにいる老人たちに身体をつかまれて

身動きが取れない。

「ちょっと、あんたら、奴らとグルか・・・?」 「警察に突き出すぞ」

かずとは声を荒げた。

老人は、そんな和人の様子にも、憶することもなく語気を強めてかずとに詰め

よった。

「ああっ・グルだと、? わしらは早く、レジを済ませたいだけじゃ」

「他の連中とは、何の関わりもないわい、ぐだぐだぬかさず、早くレジを済ませんかい」

ひとり後に並ぶ老人が、かずとを責め立てた。

老人の眼が血走っている。言い争っていてもらちが明かない。

かずとは、仕方なく彼らのレジ先にを済ませることにした

しかし、その決断が間違っていたことに気付くのにさほど時間はかからなかった。

レジの老人たちは、5円玉、1円玉をぞろぞろと、小銭入れから取りだし、

投げつけるようにテーブルにぶちまけた。

小銭は、辺りに散乱し、かき集めるのにも時間がかかる。

そうしているうちにも、一人、もうひとりと、無事に万引きを済ませた老人

たちが、次々と自動ドアから逃げていく。 早い、老人とは思えない早さだ。

特殊メイクで、老人になり済ましているのではないか・もしかしてドッキリ・?

見当違いの邪推を他所に、老人たちは、1秒の時間も無駄にせず、商品を

次々と詰め込み、店を出ていく。

一人目の会計をやっとのことで、済ませてから、私は店の奥へ駈け出した。

「警察だ、110番に連絡しなければ・・・」

「受話器を手に取り、急いでボタンを押す。」

「・・・・・・  まだか、・・・・・早く・・・」

呼び出しのベルが受話器から1度聞こえたが、無情にも電話は、切れて

しまった。

ツー・・ツー・・・

足元をみると、老人の一人が、電話のコードをハサミで切断している。

「こらあああっ、このくそじじい、何やってるっ・・・」

間違いない、彼らも店内を物触している連中の仲間だ。

怒りが頂点に達したかずとは、そのしゃがんでいる老人のあごを、思い

きり蹴飛ばした。

老人は勢いよく後ろにひっくり返って後頭部を床に打ちつけた。

「痛、痛たたたた・・・」

「し、しまった、」私の顔から、血の気がスーッと引いていくのが、分かった。

「なんだ、こらあああ、客に向かって暴力ふるうたあ、このガキめ」

今度はレジにいた老人たちが一斉に私に襲い掛かってきた。

映画で見たゾンビのワンシーンを、かずとは、フラッシュバックのように思い

だした。

ゾンビたちに、床に押さえつけられ、体、顔、至るところを殴られて、意識

がぼんやりとしてきた。

「ああ、くそっ何でおれがこんな目に・・・?」

「つるハゲ芸人の ○★▼◇ じゃないが、・・なんて日だ・・・」

今実際に起きている状況とは正反対に、私はなぜか、自分の不運さに薄笑い

を浮かべていた。

「うわっ、なんだ、これは・・? どうなってるんだ」

入口の自動ドアのほうで男の声がした。

「客だ、あの声は、近所の常連さんだ。」

その声を聞き、店内で物触していた、老人たちは、物を取るの一斉にを止め、

一目散に逃げ出した。

レジにいたゾンビ(老人)たちも、すぐに店から飛び出して行った。

辺りには、商品が床に散乱していた。

「大丈夫か、おい、店員さん。」

常連客は、床でうずくまっている私をみて、あわてて声をかけた。

「あっ・・・ああ・・・」

私は、息ができず、声も出ない。

「しっかりしろ、救急車、あと警察もよんでやる、しっかりしろ」

そのあと、私はしばらく意識が飛んでいたようで、気がつくと救急隊員やら、

警察官やらが、店の中を気ぜわしく行き来している。

事件を知った店長が、自宅から駆け付け、私のそばで、心配そうな顔をして

立っていた。

完全な被害者であるにも拘らず、かずとは、店長に対して、少し申し訳ない

ような気持ちになっていた。

「まいった。まさか、こんな事件に出くわすなんて、」

かずとは、事件の被害者という、今の不甲斐無い、境遇に涙をこぼした。

担架が到着し、救急隊員が、手際よくかれを乗せると4人がかりで救急車に

乗せた。

緊張からすこし解放されたせいなのか、かずとは、体の痛みを感じていた。

同時に思考力もかなり回復し、たった今起こった事件を、至極冷静に分析

している自分に気付いた。

病院に運ばれる救急車の中で、自分の乗っている救急車のサイレンを、

ぼんやりと聞きながら、かずとは、学生時代に自分が書いた卒論のことを

思い出していた。

「社会における日常モラルの、未来への進化」 確か、そんなテーマだった

ような気がした。

「すべてが、間違いだった・・・のだろうか・・・?」 

自分は、これまで、日常社会の、あたりまえの、ごく普通の常識のなかで、

生きていた。しかし、日本人としての常識・・モラル・・それらは本当は、

妄想、幻想ともいえるほど、脆くて不確かなものなのだ。

生活に困窮する、ぎりぎりの生活を余儀なくされる人間にとって、そんな

ものは、尻を拭く紙にも劣る、まったく役立たずの代物なのだ。

さっき起こった事件は、今後、いくらでも起こり得ることなのだ。

多数決、数の論理、これらは民主主義の根底であるはずなのに・・・

正反対に、かつ暴力的に利用されれば、こういうことも起こり得るのだ。

完全犯罪だ。かれらはおそらく、この計画の直前まで、お互いに知り合う

ことのなかった連中で、近隣に住む者たちでもない。たとえ、彼らの内の

一人が捕まったとしても芋づる式にはおそらく誰一人捕まることはないだろう。

「損害は、さほど大きなものではない。しかし、今後この犯罪を阻止する

システムは、特に、この日本では、そう簡単に作れそうにない。

虐められた老人たちが、困窮したネズミのように、恥や、プライド、すべてを、

かなぐり捨てて、形振り構わず行動したとき、新たな市民テロは、テロの脅威は

ここ日本に確実に氾濫する。その相手は、丸腰の、最も脆弱であり、尚且つ最強

の相手なのだ。かずとは、自分の身を案じる以上に、人間のモラルという脆弱な

モノの上に、確固と存在する不朽の楼閣のような、この社会のシステムの将来を

なぜか心配していた。






現代社会におけるシステムの大半は、実は人間一人ひとりの、善意ある認識とそれに基づく行動によって成り立っている。人間のモラルが、突如一斉に 崩壊することは、まあ考えにくいことであるが、困窮が限界を達するような人がこの先どんどん増加していくとすれば、この小説は一気に現実味を帯びることになるだろう。しかしながら、この国のトップの不祥事がこれだけ露呈されながら、一般市民の根底に流れるモラルの、なんと慎ましく、強かな、力強いものであるか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ