斧戦士と奮起3
たくさんの生徒が、残虐性に目をそらすなか、トキワの視点は一点に止まる。
魔法使いさんこと、チェリルだ。
なんだか元気がないみたい。
「魔法使いさん、大丈夫?」
「おま、あそこからワープしてくんなし」
「分体を代わりに置いてきたから、バレないバレない」
「分体……? おい、あれ黒いのじゃねーか。明らかに別人だろ、バレるわ、あんなん」
スカイアドベンチャーのリーダーがなにか言っているが、トキワはガン無視だ。
ぐったりしているチェリルを覗き込んで、心配そうに眉をひそめた。
「あ、斧戦士。お疲れ様」
「魔法使いは、暑くてばてただけだと思うぞ」
「水は?」
「魔法使いちゃんの隣に置いてあるよ。はい、これ」
「助かる」
「こいつ、びっくりするほど寡黙になるよな」
「さっきは饒舌にしゃべってたのにな」
スタジアムの中央から消え、チェリルの側に現れたトキワを、スカイアドベンチャーはごく普通に歓迎した。
ワープ移動に文句を言うバート、戦闘をねぎらうモード。
セスは、トキワのしゃべり方に感心している。
「ダメだよ、斧戦士さん……」
「魔法使いさん、まず水飲んで」
「ののの。飲んだよ」
「うん」
「斧戦士さんが急に観客席に現れたら、ほかの生徒が逃げちゃうよ」
トキワは、言われてから気付いたかのように、観客席を見回した。
視線のあった生徒が、教師が、そっと顔をそむける。
確かに、席が近ければ、とっくの昔に逃げ出しそうな雰囲気だ。
「確かに誰もいないな」
「ああ、それ、オレたちが来た時点で、かなり人いなかったぜ」
「観戦中、何度か斧戦士がこっち見たでしょ? そのたびに、数少ない隣人がみーんな、ほかの席に移動しちゃってね」
「つまるとこ、SKエリアだよ。食堂から出張中なんだ」
最初からそんなに人はいなかったらしい。
ならいいか、と言わんばかりに空いた椅子に座るトキワ。
元気になった魔法使いがそばに座る。
スタジアムの中央で、黒いスライムみたいなのが、抗議するように跳ねている。
「奮起ってそんなに使われないアビリティなんだっけ?」
「上昇率が低いからね。三桁ようやく超えたぐらいだったら、数字で増やすほうが魅力的に見えるんだろ」
「んー?」
「じゃあ、あそこに座ってる男子生徒。見える? リュガっていうんだけど、彼を例にとって説明しよう」
「どこどこ?」
「待ってて、マーカー出す」
ポインターを唱えて、目的の人物の上に矢印を出すと、トキワはそれをチェリルと共有した。
チェリルの視界にも矢印が現れて、リュガという名前も見えるようになった。
彼は気付いてないらしい。
さっきの衝撃的な戦闘を、青い顔で友だちと話しているのだろうか。
背中しか見えない。
「彼の現在の攻撃力は、120」
「120の20%だから、24か」
「そう、おれの20%は155ぐらい上がるけど、彼は24」
「少ないねえ……みんな、もっと攻撃力や知力に振ろうよ!」
「無茶言うな」
チェリルの主張を一刀両断したのはバート。
最近のトレンドでは、所属パーティーを一つに決めている冒険者は珍しいんだとか。
つまり、普通に冒険者を目指すなら、どんなパーティーの要望にも応えられるような、オールラウンダーなステータスが要求されるのだ。
スカイアドベンチャーのように、幼馴染や友人と組む例は少ない。
ゲームじゃあるまいし、普通、仕事は知らない人とするものですよね。
「さらに、発生するタイミングが肝でね」
「HPが20%を切ったらだっけ?」
「そう。おれの20%は540ぐらいだけど、彼は60」
「そ、それはやばいね……」
「効果が発揮される前に、自分が倒れちゃ意味がない。奮起は上級者向けなんだよ」
「じゃあ、なんで学園では一番に教えてくれるの?」
「さあ。そこは知らないけど、慣例でやってんじゃない?」
雑だった。
ちなみに、誰も突っ込まないので注釈を入れておくが、トキワがリュガの情報を知っているのは不法な手段でパクったからではなく、戦士課の授業でたまたまタッグを組んだのが彼で、ステータスの見せあいっこをしただけである。
リュガ君は当然、トキワの異様なステータス状況に驚いていた。
「さて、そろそろ帰ろうか」
「おい、斧戦士、下で黒いのと教師がなんかやってるぞ」
「ほんとだ。……分体がうまくやってくれるさ!」
「ガン無視かよ」
「あ、サリー先生がこっち見てるよ」
「ガン見だぜ」
スタジアムから声をかけていたのは、なんと学園長。
サリー・カーボンだった。
しかし、トキワは学園長如きで動く存在ではない。
華麗に無視を決め込もうとした。
「斧戦士さん、サラが呼んでるみたい」
「そのようですね」
「まだ抗うか、こいつ」
「わたしも一緒に行こうか?」
「いいえ、魔法使いさんはここで休んでいてください」
トキワは行ってきますと宣言して、来たときと同じようにワープで消えた。
代わりに転送されてきたのは黒トキワ。
チェリルの膝のうえに陣取ると、幸せそうなオーラをだだ洩れにしている。
スタジアムの砂のうえよりも、骨筋固い膝のうえのほうがいいに決まっている。
それが、好きな人ならばなおさらだ。
「~♪」
「黒トキワさん、鼻歌歌ってる」
「何の曲?」
「うーんと、分かんない」
「少なくとも音痴じゃなさそうだな」
身体を揺らして、気分良く歌うスライム。
しゃべるモンスター、新種である。
「周りの連中が帰り始めたな」
「もう少し待たない? 空いてから帰ろうよ」
「斧戦士のやつはどうする?」
「置いてっていいでしょ。斧戦士はそういうの気にしないし」
「一緒に帰れないからってむくれるほど、子どもじゃないしな」
「ふがふが」
満場一致で、トキワを置いていくことが決まった。
一行は、広げていた私物を取りまとめ、帰る支度をする。
スタジアムでは、まだトキワが拘束されている。
「そういえば、リガットさん大丈夫かな」
「血だらけになっただけだろ? クラレンス先生ならなんとかなるって」
「スーパードクター・チェリルの出番はなしか……」
「なにそのマッドサイエンティスト」
「スーパーナースのほうがよくね?」
「ドクターではないだろ。せいぜいヒーラーだ」
仲間からの散々な意見に、チェリルのほほがふくらむ。
膝うえに乗る、黒トキワからも抗議の視線が届いた。
三人は、黒トキワの腕にぺちぺち叩かれながら、弁解を述べた。
「だって、ドクターって言ったら、めっちゃエリートじゃん? 頭いいじゃん? そいつには無理なジョブだと思ったんです」
「ふ、古傷もよく分からないチカラで治すって、ほら、怪しいでしょ? 怪しいってことは、やぶ医者かマッドサイエンティストのどっちかだよ!」
「極論だなあ。あ、オレも何か言わなきゃダメ?」
バートが余計なことを言ったので、ぺちぺちの刑に処された。
黒トキワはずいぶん手加減をしてくれているようだが、往復ビンタで身体が傾くってどういうこと?
最後の一発はよく溜めてから、放たれた。
強烈なビンタを食らったバートが、客席をごろんごろんと滑り落ちていく。
一番下の席まで来て、戦闘フィルターに弾かれたバートは、よろよろと立ち上がり、それからチェリルたちに向かって怒鳴った。
「おいこら! どういう腕力だよ! というか、そのぐらい腕力あったら、絶対どっか抉れてるだろ!」
怒るべきことはそれでいいのか。
バートの主張に、黒トキワは指を一本立てると、横に揺らした。
「ソフトタッチだから」
「ソックスタッチ?」
「聞き間違えが激しい!」
そんなことをやっていたら、既に観客席はガラガラ。
誰もいないスタジアムにバートの怒鳴り声が響く。
見回りの先生がやってきて、呆れたように言った。
「はい、もうスタジアム閉じちゃうから、外に出ようね」




