斧戦士と奮起2
「……」
攻撃してこないトキワに、リガットは何度も攻撃を仕掛ける。
SPの無駄が気になるとはいえ、これは鬱陶しい。
苛立ったトキワが右手を背中側に回す。
背中にしまった斧で、攻撃を跳ね返そうとしたのだ。
そのときだ。
「……当たった!?」
「避けきれなかったか」
リガットの攻撃が当たり、トキワのHPバーが黄色になったのは。
満タン時、緑色のHPバーは、体力が減るにつれて、色が変わる。
1/5を切ったリガットのHPバーは、とっくの昔に赤色。
どっかのゲームだったら、BGMが変わっているところだ。
大剣にぶん殴られた傷を見ながら、トキワはチェリルの姿を探す。
客観的に見れば、かなりまずい状態。
トキワの攻撃は効かず、リガットの攻撃は当たる。
ほとんどの観客が、いまやリガットの勝利を疑わないなか、トキワ最愛の人は何をしていたかというと、目に涙を浮かべながら小さな声で応援していた。
「……がんばれ!」
「おまえ、そんな声じゃ聞こえないと思うぜ」
「いや、大丈夫でしょ。斧戦士は地獄耳だから」
「うーん、周りが全部リガット派だからなあ。ちょっと声、出しづらいよな」
泣いてる。
ほかの三人の会話は全スルーして、トキワは考えた。
魔法使いさんを悲しませちゃ、駄目だ。
原因は、負けそうなおれと、調子に乗っているリガットにある。
勝たなきゃ。
勝って、魔法使いさんを笑顔にしてあげなくちゃ。
「ちょっと本気出すか」
「教師相手に手加減する生徒って、マジどういう構図なんだろうな」
「普通は逆だもんな」
「分かっててやってるとか、もうね、リガットさん怒りますよ」
「怒ってみればいいんじゃね」
トキワの適当な返事に、痺れを切らしたリガット。
学生時代、自ら作り出した奥義、岩砕波を放ってトキワに大ダメージを与える。
衝撃でえぐられたスタジアムの土が、砂ぼこりとなって視界を遮った。
トキワは盲目の状態異常耐性Maxなので、なにも困らなかったが、リガットは奇襲を恐れて後ずさった。
トキワは距離をとったリガットを静かに見つめている。
「なんで何も仕掛けてこないんだよ?」
「フィニッシュはちゃんと観客に見せたいだろ?」
「はあ? おまえ、まさか……」
「彼女に見てもらえれば十分だが、まあ、他のやつにも見せてやろう」
「アタックキャップを破ろうってのか」
「当然だ。リガット、もう一度血だらけになるときは近いぞ!」
「勘弁しろよ!」
視界が開けた。
剣を防御姿勢で構えるリガット。
最悪、剣は折れたって構わない。
なんとしても、また、生徒の前で血だらけになるのは避けたかった。
問題児としての矜持が許さなかったし、生徒をトラウマに落としたくなかったからだ。
一方、トキワは斧を短く持って、なにを思ったか自分自身を攻撃した。
リガットによって削られていた体力が、ガクンと減る。
HPバーが赤く染まった。
トキワの最大HPは2703。
赤くなるのは、最大HPの二割を切ったとき。
すなわち1/5。
「HPが同じぐらいになったな」
「まったく、学園様さまだぜ」
「なに?」
「アビリティ『奮起』の効果で、おれは攻撃力を上げる!」
アビリティ、それはステータスを底上げしたり、特殊能力を付与したりするものだ。
装備と同じ感覚で、アビリティ枠に最大6個までセットできる。
学園では、常時効果が発揮されるパッシブ能力を装備したほうがいい、と教えている。
しかし、特定のタイミングで効果を出す、スキル系能力も使い道がない訳ではない。
「奮起だと!?」
「そうさ。これは、学園で一番に教えてもらったアビリティだからな。思い入れもあるというもの」
「上昇率は20%、766*1.2は……」
「だいたい920ぐらいだな」
「やっばいじゃん!」
リガットは、悪友たちが作ってくれたスキルの効果を思い出して、悲鳴を上げた。
無効化できるステータスの上限は799まで。
補助スキルを使わないという宣言のもと、無敵だったそのスキルは、今なんの盾にもならない状態だ。
リガットの残りHPは500を切っている。
どう考えたって、次の攻撃が当たればリガットの勝利はな――遠のく。
幸い、相手はすぐに攻撃してこない様子だったので、リガットは長考に入った。
「えーと、やっぱりベルセルクアタックで決めたほうがいいかな?」
勝利を目前にしたトキワは、余裕の表情で攻撃スキルを選んでいる。
こっちのHPも500を切っているはずだが、冒険者ならそんなことは日常茶飯事。
どうってことはないらしい。
やがて、スキル選択を終わらせたトキワが正面を向くと、やけになった大人の姿が見えた。
高いところから振り下ろせば威力大。
戦士課では常識のそれを、リガットはジャンプすることで成し遂げようとした。
トキワは左にずれる。攻撃は外れた。
「せっかくだから、斧の奥義で葬ってやろう」
「あんだと?」
「バトルグレイブ!」
ちょうどいいチャンスがあったので。
そう言わんばかりに、トキワは斧を構えた。
繰り出したのは、さっきリガットの体力調整に使った、斧弱攻撃。
実は、ベルセルクアタックは斧だけでなく、遠距離物理攻撃ができる銃とか弓とかを除いた、すべての武器で放つことができる。
ただし、攻撃対象を選べないというデメリットがあるので、あまり使われないようだ。
敵が一人の場合であれば別だが。
「勝ったよー、魔法使いさん」
かつてガンナーをマスターしたトキワは、命中率を上げるアビリティを装備している。
そのため、攻撃が外れやすいとされる斧を扱っていても、この命中力。
吸い込むように入ったバトルグレイブは、リガットのHPを刈り取った。
血だらけになって倒れるリガットには見向きもせず、トキワは観客席にアピールした。




