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ケイトと謎の人物7

 


 結界内にいる間は、男の声が聞こえる。

 だが、その声は次第に小さくなっていく。

 命の灯火が消え失せようとしているからではなく、単に埋まっていくかららしい。

 黒トキワが男の身体をトランポリンにして遊んでいる。

 ぼよよん、ぼよよん、ぼよよーん。

 しぶとい男だと思う。半分が自業自得だとしても、裏トキワはそう思わざるを得ない。


「普通の男は、四階以上の建物から落ちたときは死ぬものだぞ」

「あ、裏トキワさん。終わったんですか?」

「いいや。残念ながらあいつはまだ生きている」

「へえ。頑丈な人なんですねえ。魔法が趣味って聞いたから、もっとあれなのかと」


 ケイトの忌憚のない言葉に、同じ空の下にいるはずの魔法使いが盛大にむせた。

 くしゃみじゃないのかい。

 もやしな魔法使いは、典型的な魔術師だ。恥じるようなことではない。


「研究が好きなだけで、身体は別に鍛えていたようだが」

「いた? いまはしてないんですか?」

「あいつは一日の大半を、牢屋のなかで過ごしているよ。さぞかし運動不足になることだろう」

「その牢屋ってよくでてきますけど、ほんとに牢屋に住んでる訳じゃないですよね?」


 ケイトの問いに、裏トキワは微笑む。

 育ちのいい女の子だと思った。

 牢屋なんて縁がないのが一番である。

 しかし、牢屋に住む、か。おもしろい表現だと思う。

 普通、牢屋に入れられたといえば、罪を犯したものだと連想するはずだ。

 なんの罪を犯したのか、聞いてこないことは好感が持てた。


「え、なんですか、その笑い」

「おもしろい表現だと思っただけさ。では、ケイトさん」

「なんですか?」

「わたしから一つ忠告しておこう。あの男は非常に危険な思想を持っている」

「はあ。近寄るなってことですか」

「いいや。いつか、あの男が仲間になりたいとか、仲間にしたいと言ってきたら断ることだ。血の盟約を結び、あなたは理から外れた存在になってしまう」

「盟約? 理?」

「要は、不完全な不老不死になるということ。死ぬ権利をあやつに奪われてしまうのだ」


 盟約の主人である男に引きずられた不老と不死。

 あやつが死ななければ永遠に老いず、永遠に死なない。

 あやつが許さなければ、長い半生に終止符を打つこともできない。

 ケイトの能力は既に奪ってあるし、どうやらアナライザーになって、彼女の持つスキルすべてを欲しがっているらしいサンドバッグ。

 そんな奴が、ケイトを盟約に誘うかは確かではないが、それでも裏トキワは、このいたいけな少女を毒牙に惑わすのは避けたかったのだ。


「よく分かりませんが、気を付けます」

「確率は低いだろうから、そんなに気を張らんでも良い」

「わたしは、不死になってまでしたい研究とかないですし」

「女性だったら、一度は老いぬ身体を欲するのではないのかね」

「まだ、わたし、未熟ですし。このまま背が伸びないで止まっちゃうのは嫌です」

「ふふふ。あなたなら心配なさそうだ」


 身長を気にしているらしいケイトの幼い一面に、裏トキワは安堵のため息を漏らす。

 おそらく、彼女がそのまま育っていてくれれば、勧誘もなく、勧誘があっても関わらずに済むだろう。変に挫折して、永遠の美などを求めてくれなければいいのだが。


「終わった」

「やっと死ねた……久しぶりに呼吸がめっちゃ苦しかった」

「ずいぶん時間がかかったな?」

「教師の一人が見ていて発狂したからな。記憶改ざんに時間がかかった」

「なるほど。それならば仕方ないか」

「キャサリンちゃんも知ってる先生かもな。この時間の記憶がないって言われたら、うまくごまかしておけよ?」

「キャサリンじゃないし、わたしそんな器用なことできません! だいたい誰ですか、こんな時間に中庭にいる先生って!」

「オレは見てないから知らん。女だったと思う」

「メガネ。メガネかけてた」

「ああ、それ支援課のジョージア先生だ、たぶん。神経質だし」


 ケイトは顔をおおった。

 どうしよう。明日の一時限目に会う先生だ。

 わたしは彼女を前にして、平常心でいられるだろうか。

 いや、まてよ。わたしは特に何もしてないんだから、黙っていれば分からないはずだ。

 そうだ、そうに違いない。

 ケイトは無理に笑おうとした。


「あは、あはは」

「キャサリンちゃん、無理なことは断ってもいいんだぜ?」

「本当に、いつもと違って気遣いをするな。不気味なほどだ」

「オレ、キャサリンちゃん自身にも興味あんだよ。ここで潰れちゃったら、おもしろくないじゃん?」


 男は不敵に笑んだ。言っていることはクズめいている。

 裏トキワが目を閉じる。


「ふむ。一応、方向性は同じようだな。賛同しよう」

「そんな警戒しなくても。仲よくしようぜ、穏健派」

「警戒しているのはどちらなのだろうな? サンドバッグ」

「あん? ピリピリすんなよ」

「彼女を傷付けた男に優しくする義理はない」

「そんな昔のことを……いてっ、いたたっ、ストップ、ストップ!」

「わたしたちも彼女が第一という点は本体と変わらんのだ。悪いな、サンドバッグ。ほとんどの分体がおまえのことを嫌いだろう」

「かーっ、そりゃ本体も頑迷になるワケだ! ってほとんど?」

「斧トキワだけは、おまえのことを嫌いじゃないかもしれんな」


 斧トキワは、他の分体と違って特殊能力を持たない。

 それゆえに出番はあんまりないし、誰かに対する確執も少ない。

 だいぶ性格が異なるこの分体は、一番楽観的だ。

 いつまで経っても死なないサンドバッグに、それでもいいじゃん? と言ってくれそうなのはこいつだけだろう、と裏トキワは推測した。


「へええ。ん、待てよ? それって、こないだオレを真っ二つにしてくれたヤツだよな?」

「うむ。力自慢に負けて、真っ二つに斬られていたな」

「自慢してねーし」


 そんな風に言い張るサンドバッグであったが、実際ちょっと自分の腕力に自信があったのは否めない。

 ごく普通に働いている現代人などいざ知らず、異世界でも戦闘職のはずのリガットを軽く下していることから、腕力はかなりある。斧戦士には劣るが、確かステータス的に500を超えていたはずだ。

 そんなサンドバッグに周りは冷たかった。


「真剣白刃取りなんてしたおまえが悪い」

「トキワさんって、確か攻撃力に全部振ってるんですよね?」

「全部ではないがな。ボーナスポイントが攻撃力に注がれているのは間違いない」

「そんな人と力比べしたんですか?」

「だから比べてないって……聞いてる?」


 バカなんじゃないんですか? と言いかねないケイトに男は辟易したようだった。

 ああ、もう! とわめくと言った。


「はいはい、全部オレが悪いのね? オーケーオーケー、分かりましたよ」

「そういう開き直りは子どもっぽい」

「仕方ないですよ。この人、見た目おとななのに、語尾にもんとか付けますもん」

「お、キャサリンちゃんも、もんもん仲間か?」

「なんですか、そのダサいネーミング。気持ち悪いですよ」

「……ふ、ふーん。お、オレ気にしないもーん……」


 本日二回目のキモイ発言に、サンドバッグの青筋はビキビキだ。

 ちょっと落ち込んでいるようにも見える。


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