剣士の失態2
右手は杖を掲げていて、たぶんヒールを唱えようとしていたのだろう。しかし、それをするまでもなく回復してしまったトキワにびっくり、と言ったところか。
「超☆ごめん」
「おまえ謝る気ないね?」
「そ、そっか。そういえば、真トキワさんの能力は再生だもんね」
ここまで攻撃的な性格をしていながら、持っている異能の詳細は再生である。破壊とかじゃないんだ。回復や蘇生に長け、補助的な役割を持ちそうな能力だが、これを使って外道式蘇生術を編み出したり、リジェネを永久に自分にかけたりしている。
斧トキワは異能を持たないので、回復してもらう必要があるが、他の二体の分体はこの力を持っているため、実はヒールとかリバイブとか必要ない。
「再生……? 破壊じゃないの?」
「みんなこう言うけど、破壊は別の人が持ってったからないよ」
「いやいや、だってお前の性格上、それはおかしいだろ」
「能力は生まれつきだし、ランダムで決まるから。あと、昔のおれってすごい臆病だったんだぜ? ヒッキーだったし」
「マジ? あれ、魔法使いがまた固まってる」
「これ黒歴史だからだと思うよ」
「そういう話か……」
創作上の黒歴史をさらしていくスタイル。やめてください死んでしまいます。
いまや没設定だよ! どうしてそんなもの掘り起こすのさ!
「黒歴史? それは詳しく知りたいな」
「おれの黒歴史じゃなくて、中の人の黒歴史だからダメ」
「ああ、そういう……」
「舟長。この盾危ないから。近づいちゃダメだぜ」
「危ない? 確かに見た目だいぶ危ないな。っていうかこんな盾持ってたか?」
「これは学校の備品だぜ。いつも借りてるって話はこないだしただろう?」
舟長バートは合点がいったという表情で、盾に手を伸ばした。
忠告はしたので黙っているセス。チェリルの目が右往左往する。トキワはそもそも興味がないようだ。
がぶりっ。おおむね三人の予想通りかじられるバート。
「いってえ!?」
「だから危ないって言っただろ」
「舟長、ヒール」
「ああ、ありがとな」
トキワ用にためていたヒールをバートに渡すナイスプレー。
舟長の指は復活した。
「なるほど、学園の備品は持ち出すとやばい訳ね」
「持ち出したのは今日が初めてだけど、たぶんそれは誤解だ」
「借りパク防止かと思ったら違うのかよ」
借りパクという言葉に身動きするトキワ。大丈夫、あれはちゃんと返した。内心ドキッとしたことなど、無表情のトキワから分かる訳もない。
「今日はボクが一番あと?」
「そうみたいだな。アサシン、そこの盾は食らいついてくるから気をつけろよ?」
さっき忠告を無視してかじりつかれた人が言った。
アサシンことモードは慎重にテーブルに近付くと、真上から見下ろした。
舌がにゅっと飛び出てモードの首に巻き付こうとする。だがとっさに距離を取ったことで、巻き付いたのは左手首だった。
「くっ、かなり……力強いっね!」
モードは利き手にダガーを持つと、舌を切り取ろうとした。
盾ミミックはそれを脅威に感じたのか、冷たいダガーの感触を感じると、舌を引っ込めた。
モードの左手には酷い跡が残っていた。触ってうなだれる。
この場合もチェリルのヒールが役に立った。傷跡まで回復したモードは喜びのあまりチェリルに抱き着いた。
「良かったー! あの傷が残るかと思うと心配だったの」
「宿屋かベッドのあるところで休めば、なくなると思うがな」
「それでも、これから帰るまでずっとなんて嫌じゃん!」
「そうだな。よく見るとオレの手にも傷が残ってる……魔法使い、ヒールを頼めるか?」
「いいよ。ほい、ヒール」
チェリルのヒールは特別だ。
回復魔法の回復量は知力に依存する。すなわち、知力の高い魔術師はヒールを唱える人材として有能なのだ。
特に、知力が900以上あるチェリルは、回復量が余り過ぎてHP以外も回復してしまう。
例えば、見た目の傷。古傷も新しい生傷もなんでもござれ。
それから部位欠損。今日のセスのようにちょっと欠けてしまった程度なら普通のヒールでも治せるのだが、足一本食われただとか、斧で袈裟斬りされてしまっただとか、そういうときにもチェリルのヒールなら難なく治してしまえる。
「すっごく危険な代物だね。これ、どうしたの?」
「学園の備品らしい。盾ミミックという名がついてる」
「今日使った盾だけがおかしいんだ。こんな歯や牙、ほかのにはついてなかったぜ」
「よく教師に何か言われなかったな」
「それが不思議なんだよ。授業中と授業終わってからしばらくは、消えたり出たりしていたんだ。おかげでグレアム先生にバレなかったし、オレも指先を食われたぜ」
「ありゃあ。じゃあ食われてないの、わたしだけ?」
「好奇心で自滅しただけなので、魔法使いさんはそのままでいてください」
トキワに懇願されて、元の位置に戻るチェリル。やっぱり知力が一番高い人が、賢いんだね! ステータス上の数値は、実際の身体能力には関係ないというけど!
「剣士はこれをどうするつもりだ?」
「オレの勘では、なんかの魔法がかかってて、このミミックが生えてるんじゃないかって思うんだよ。だから、これを安全な元の備品に戻したいって訳だ」
「魔法使いちゃん、これは本当に魔法のせいなの?」
「……わたしはこんな凶暴になる魔法を知らないから、断定的なことは言えないんだけど、何かの魔法がかかってる気配はする」
「おれも魔法使いさんに賛成だ。魔法使いさん、なんの魔法か分からなくていいから、引き剥がせてしまう魔法はないか?」
「え? 正体が分からなくていいの? それなら一週間あれば作れると思う」
チェリルの言葉にセスがガッツポーズを決めた。が、冷静になって考えてみると、一週間はこの盾を保管しておかなくてはいけないらしい。
他の四人は知らないが、この盾ミミックは土ですら食べるのだ。ぬのぶくろに入れれば布を食べるだろうし、建物に保管しておけば木材や壁まで食べてしまうだろう。
困ったセスが固まっていると、トキワがこんなことを言ってきた。
「この盾、しばらく借りてもいいか?」
「へ、どうするんだ? 見ての通りかなり危険だぜ?」
「こっちの魔法の専門家にも見てもらおうと思ってな」
「えーと、それってサンドバッグさん?」
「ああ。サンドバッグなら死んでも蘇生が効くし、多少食われても再生するから安心だ」
「なにが安心なんだよ……。オレにはさっぱりだ」
しかし、安全?に保管できるところがあるのはいいことだ。セスはトキワにすべてを任せることにした。トキワが早速、異界に盾を送る準備をしている。
「じゃあ、あとはわたしが魔法を作れば万々歳ね!」
「ああ。オレもこれで午後の授業に出れるぜ」
「……なんか、まるで午前の授業をサボったかのようにいう人がいるんですが」
「それぐらい見逃してあげなよ、もう」
トキワの姿が消える。サンドバッグに説明しに行ったのだろうか。それともサンドバッグを助けに行ったのだろうか。いや、後者はないな。絶対。
トキワが帰ってきた。本当に一言で頼んできたらしい。たぶん、返事とかは聞いてない。ていうか、相手に選択権なんてなさそう。
「早速、血だらけになりながら、やってくれるって言ってたよ」
「そんなことホントに言ってたの?」
「鉄格子のなかは娯楽が少ないので……」
「そりゃあ、そうだろ……」
「それにあいつ、禁術とか大好きだから」
結構仲良いのかな、と思うセス。他の三人は既にいない。
授業教室が遠いので、早めに行かないといけないらしい。
セスはまだ解決してないけど、と前置きして、トキワにお礼を言った。




