剣士の失態1
「なんじゃこりゃ?」
「セス君、どうしたんだい」
学園の授業中、突拍子もない声を上げたのは剣士セス。
呆然と盾を見つめる。なにも見えないが、さっきは確かに歯が並んでいたのだ。
心配してグレアム教師が駆け寄ってくる。
「先生、シールドバッシュってレベルアップするのか?」
「熟練度の話かい? 僕はすると思うよ」
「……レベルが上がった結果、攻撃性が増すことは?」
「うーんあるんじゃないかな? ちょっと変わった技だけど、攻撃技であることは変わりないし。セス君のメインアタックだし、悪くないんじゃないかい」
「……そうですね」
一件落着かなとグレアムは去っていく。
この時間の授業が終わるまで、セスは一度もシールドバッシュを発動しなかった。
セスの使っている盾は学園の備品である。一番ランクの低いウッドシールド。
何故、冒険で使う盾を使わないのかというと、それがオリハルコンという超貴重な金属でできている高級品だからだ。セスは一向に気にしないのだが、その希少性に驚いた教師が盗難を恐れて備品を貸し出してから二年。すっかりセスは、授業中は学園の備品を使って授業に臨むようになった。
「うーん、この盾が特別なのかね?」
授業が終わるたびに備品はあるべき場所に戻していた。
これ以外では凶暴な姿は見たことがない。つまり、この盾だけが危ないのだ。そう判断したセスは、グレアム教師には内緒で備品を持ち出していた。
こう、悪いことをするのは久しぶりな気がする。悪いことと言うか、校則違反?
「仕方ねえな。魔法使いたちにも見てもらうか」
そう決めたセスは、盾の外側を触って持ち上げようとした。
がぶり。
痛み。
思わず手を引っ込め、盾が地面に転がった。中指が、指先がない。
「……ヒール」
失ったHPとともに、指先が再生される。
このオレが恐怖で怯えているだなんて。冗談だろ?
震える右手を掴んだ。今度は内側からそっと持ち上げて、表側を観察する。
盾の表面に、平たいミミックみたいなやつがいた。
「……これは、明らかに熟練度とかレベルアップ云々ではないな」
今度は逃げも隠れもしないらしい。盾は巨大な口で、歯をがちがちと鳴らしている。
地面はえぐれている。こいつ、土も食うのかよ。
口の奥……横から見れば明らかにそんな奥行きはないのに、その奥から長い舌が出てきた。
ガン見しているセスの左手に巻き付き、すごい勢いで締め付けてくる。
腕がもげそうな感覚に、セスは必死に抗う。すると、高めていた防御力のおかげか、骨がきしむ寸前に解放された。あとの残った左手がだらりと落ちる。
「……無事にこれを魔法使いに見せられるか、オレの技量が試されてるって訳か」
セスはもう一度ヒールをかけて、左手の回復を行う。それから慎重に盾を持ち上げると、足早に食堂へ向かった。こんな危険な盾、誰にも使わせられない。
誰かの命のためだ、セスは内心で言い訳を重ねる。こいつが解決するまで、授業には出られそうもない。
食堂に着いたセスは、SKエリアにどかりと座り込む。
いまは一時間目が終わったばかり。食堂の人影もすくない。もとより人がいないSKエリアには誰もいなかった。今日ばかりはその静けさに感謝する。
誰も来ないなら、誰も傷つかずに済む。犠牲になったのは自分だけで十分だった。結構痛かったし。あの痛みは魔法使いなら泣く……いや気絶するかもしれん。
盾の表向きを上にして、テーブルの上に置く。本当は取っ手のある裏側を上にしたかったのだが、このテーブルまで食べられては困る。
これも学園の備品扱いなら、生徒が弁償することになるだろうからだ。
そんなことになってしまえば、守銭奴の舟長が何を言い出すか分からない。口喧嘩で負ける気はさらさらないが、それでも仲間とのトラブルは避けたかった。
「さあて、あと一時間とちょっと。オレと盾ミミックの根負け勝負だな」
セスにとって長い長い一時間半は、他者にとってはとても短い。
食堂で一番に現れたのは魔法使いチェリルだった。彼女は珍しく早く来ていたセスに手を振る。それから近付いて、テーブルの上に鎮座している何かを指さした。
「なにこれ?」
「盾ミミック? あ、危ないからあんまり近づくなよ」
「危ないの?」
「うん。食いつくから」
「へえ」
頷いて、ちょっと離れた席に座るチェリル。無邪気に話しかけた。
「今日早く終わったんだけど、剣士はこの時間休みだっけ?」
「いんや。サボリ。あ、これ舟長には内緒な。また怒られちまう」
「珍しいね。斧戦士さんならともかく、剣士が自習でもないのにサボるなんて」
「こいつを捨て置くにはいかなかったからな。つまり、オレはヒーロー。学園の危機を救った英雄なんだぜ! サボリも許される!」
セスの冗談に、チェリルは笑った。それから盾の方を見て、うーんと唸った。
「どうかしたか?」
「なんか魔法がかかってる? これ」
「それを魔法使いに聞きたかったんだよ。もし何がかかってるのか分かったら、教えてくれないか?」
「うん。でも、今んとこ知らないなあ。盾が牙剝く魔法なんて」
「だよなあ」
二人で悩んでいると、斧戦士がやってきた。今日は珍しく、普通の生徒みたいに廊下から現れる。
チェリルを見つけると一気にテレポートして、彼女の横に座った。全然普通の生徒じゃない。
「斧戦士、悪いがこっちを見てくれないか?」
「うん?」
「この盾なんだが……」
「それはホントに盾か? 口があるじゃないか」
「一応、仮名称として盾ミミックと呼んでるよ」
「ミミック……悪くない名前だな」
そんなことを言うと、無造作に盾に近付いた。セスが警鐘を鳴らす暇もなく、盾に手をかざすと肘まで食われた。トキワは顔色一つ変えずに右手を再生させると、うん、と頷く。
「まさしくミミックだな」
「おまえなあ……魔法使いが固まってるぞ」
「……」
あんぐりと口を開けっぱにしているチェリルがいた。




