斧戦士の受難
それは、命中率を高める“集中”というスキルの授業で起こった。
的であるマッドドールMK-1に攻撃を当てろ、と教師が言ったのだ。
普通、この授業を受けているのは一年生で、あまり戦士として洗練されてないというか、攻撃力が足りないというか、そういう生徒がほとんどである。
が、ほとんどと言われるということは、すなわち例外がたまにいるということ。
その例外生徒、斧戦士 トキワは、マッドドールを一撃で真っ二つにした。
「このように一撃で倒せないときは……はい、そこー、一撃で倒さない!」
「……」
一応直らないか試みるトキワ。しかし、死んでしまったものは生き返らないというのが、この学園での教えである。リバイブもヒールも通用せず、半分ずつになった泥人形は、トキワの足元に転がった。
「新しいドールを用意するから少し待ってろよ」
「……」
魔法使い チェリルがいないときのトキワは非常にローテンションである。
黙ったまま、新しいドールを受け取った。
「えーと、どこまで話したっけ?」
「一撃で倒せないときは~、からです」
「ああ、ありがとね。一撃で倒せなかったときは、もう一度一撃目と同じ、もしくは近いところに当てる必要がある。理由は分かるな?」
「大ダメージを与えるため!」
「そう、その通りだ! パーティーを組むときも、一人で冒険するときも、戦士というジョブはダメージの基礎になる。一撃で倒せるようならそれでいいが、もし倒せなかったら、敵からの攻撃を受けなければならない。万全の状態でなくても狙った位置に攻撃ができるようになっておくと、人気者になれるかもな」
「人気者?」
「あっちこっちのパーティーから引っ張りだこになる、戦士のエキスパートさ」
「……ごくり」
教師の説明に、目を輝かせる生徒たち。
一方、トキワの目はそんなに輝いてなかった。既にスカイアドベンチャーという冒険者パーティーに所属を決めているトキワにとって、他のパーティーから引き抜きが行われる状況というのは望ましくない。感情的にいってもやる気が出ない。
双方に損しか与えない情報は、特にのめりこむようにして聞く話ではなかったのだろう。
トキワの視線は下を向いていた。
「じゃ、実践に入るぞ。そのドールは攻撃もしないし動きもしないが、それなりの耐久値がある。まずはそれで練習してみよう」
「はいっ!」
「はーい」
「……」
さて、困った。
トキワは知っていた。このドールにどんなに優しく攻撃しても、真っ二つになることは避けられないと。二撃目を一撃目と同じ場所に当てる訓練は少し役に立ちそうだったから、ぜひともやりたかったのに。
トキワは可哀そうなドールを片手にしばらく途方にくれていた。
そこに現れるのが、今日の担当、エイモス教師である。
彼は、困っている生徒を見かけたら助ける、典型的な教師像を胸に抱いていた。
黙ったまま、ドール片手になにもしないトキワは、さぞかし可哀想な子羊に見えただろう。
「大丈夫かい? ドールを置いて、真正面から攻撃するんだ」
「……一撃で倒してしまうから、しない」
「大丈夫さ、さっきはまぐれで当たったみたいだけど、今回は違うから」
「……分からんヤツめ」
「おーい、聞こえてるからなー。さあ、君の武器は斧なんだね。これを振り下ろしてごらん」
「もっと固いドールはないのか?」
「あるけど、一年生の授業じゃほとんど使われないよ」
「ほとんどなら使えるはずだ。それと交換したい」
「使える許可が出るのは後期からなんだよ。今は使えない。それにしてもよほど自信があるみたいだね。この武器じゃなくて、訓練用の木の斧を使ってみるのはどうかな」
「……試してみよう」
エイモス教師が持っていた木の斧と、いつも振り回しているデモニックアックスを交換する。デモニックアックスを受け取ったエイモス教師が、手の内にある高級品を見て目を飛び出していたが、トキワは気にしなかった。
できるだけ優しく、力を込めず、てこの原理も無視して、木の斧をそっとドールの上に乗せた。マッドドールは粉々に砕け散った。
マッドドールの破片を拾うトキワ。
「えーと、武器のせいじゃなかったみたいだね」
「……手刀でやったら真っ二つになったかな」
「君のステータス値はいくつなんだい?」
「初めからそう聞けばいいものを。腕力は729だ」
「700!? いまのを見れば信じるほかないけど……。ちなみに他のステータスも聞いていいかな」
「上から、729、427、152、172、269、162だ」
「腕力、防御、知力、魔法防御、素早さ、運かい?」
「そうだ」
「魔法戦士にはなれそうもないね……あ、この情報は誰にも言わないから安心してくれ」
「別に気にしない。この情報を知った教師が増えて、おれの説明の手間が省けるなら、いっそ言いふらしてほしいぐらいだ」
「……君は良くも悪くも普通の生徒ではないみたいだね……僕も認識を改めるよ」
「助かる」
マッドドールのかけらをすべて拾い終えたトキワは、初めて自分からエイモス教師に話しかけた。
「マッドドールの破片はどこに片付ければいい?」
「えっ、ああ、拾ってくれたんだね、ありがとう」
「……質問に答えるのが礼儀では?」
「あー、なんだその、ついてきて」
「分かった」
エイモス教師は、なんだか涙が出そうだった。
つっけんどんなこの生徒は随分せっかちなようだし、自分が期待していた若い一年生とのほのぼのした時間は過ごせないし、もう、泣きそうだ。
願わくは、他の教員が彼と出会って傷付かないことを祈りつつ、本来は教職しか入れない小屋に彼を招き入れた。
「やはりマッドドールはリサイクルされていたんですね」
「そうだよ。今日もぼこぼこに凹んだドールや真っ二つに割れたドールがここに来て、新品同様に修復されていくんだ」
「回収は先生方が行うのですか」
「うん、それも僕らの仕事の一部さ。ところで君、さっきと話し方が違くないかい」
「気分で変えてるんです」
「あ、そうなの」
気分屋のトキワは、集めてきたマッドドールの欠片を機械の投入口に突っ込む。
すると、中であれこれされた粘土が、再びマッドドールの型にはまって現れたではないか。
乾燥もすでに終わっているようで、トキワが触ってもとりあえず壊れない。
チェリルさんに見せてあげよう、そう思ったトキワは型から外れたマッドドールを掴んで小屋の外に出た。
「これは頂いていきますね」
「え、もう決定事項なの!?」
「見せたい人がいるんです」
「まさか、恋人とか言わないよね?」
「……ええ、そうですよ。邪魔立てするなら。分かりますね?」
真っ二つになったドールが、エイモス教師の頭によぎる。
強い冷気――たぶん殺気だろう、を感じたエイモス教師は早く日の当たるところに出たい、と思った。
冗談のつもりで話しかけたのに、こんな目に合うなんて。滲む視界。
トキワは冷気を引っ込めようとしない。まだエイモス教師の答えを待っているのだ。
絶対に手を出したりしない、と言わせたいのであろうが、エイモス教師はそれどころではなかった。早く帰りたい。エイモス教師の心のうちはそれだけだった。
「君にこの話題を出すのは金輪際やめにするよ」
「……ではそういうことで」
日の当たる場所に出た瞬間しまわれる冷気。
露骨ですけど……バレバレですけど……。エイモス教師は引きつった顔のまま思った。
こんな顔でほかの生徒たちの前に出る訳にはいかなかったので、エイモス教師は話題を変えて、トキワに話しかけた。
「ところで、あの斧だけど……随分高級品みたいだね。盗難対策とかはしてるの?」
「ええ、一点ものです。とりあえず盗まれたことは……いや一度あるか」
「あるんだ!? この学園にもよろしくないこと考えてる輩がいるから気を付けてね」
「卒業試験に受からない先輩方ですか」
「あー、そこの明言は避けさせてもらおう」
なんとか乗り切ったエイモス教師。
目を閉じたまま移動するトキワ。すいーっ。
この子いったいどうやって歩いてるんだろう、と素朴な疑問を抱く。が、さきほどみたいに藪蛇をつつきたくないのでエイモス教師は黙っておくという選択をする。
戦士課の訓練所に戻ると、たくさんの生徒がエイモス教師を迎えてくれた。
「先生、どこに行ってたんですかー?」
「ああ、彼がちょっとね」
「特別製のマッドドールをもらったんだ。これならおれでも練習できる」
「いいなあ、触らせてよ」
「ダメです」
「こらこら、みんな。練習はできたのかい? 動かないものに二撃目を当てるのは比較的簡単だろうが、次の授業では動くタイプのマッドドールを使って練習するよ。次回もこの訓練場に集まってね」
「はーい」
「はいでーす」
ああ、この素直な反応! これだよ、僕が追い求めていたのは!
エイモス教師はさっと後ろを振り返る。誰もいない。
視線を左右に振ると、トキワの後ろ姿が見えた。あの包囲網を破ってさっさと帰る気のようだ。
やる気があるんだかないんだか分からない彼に、エイモス教師は始終主導権を得られなかった。手ごわい生徒が来たもんだ、と思う。
だが、くじけないぞ、と意志を固めるエイモス教師。
それをトキワは冷めた目で確認して、身をひるがえした。




