ラザルス先生、乱高下
落ち込むラザルス先生
「はあ……やっぱり私なんかが教職をするのは無理があったんです……誰か私を罰して下さい……」
「……あの、ラザルス先生?」
「アラン先生……わたしはダメな教師です! 生徒に武器を振るってしまいました!」
「ええっと、状況が読めませんが、授業中であれば、武器を振るうことも珍しくないのでは?」
「いいえ、違うんです。教務室に呼び出した生徒に、こともあろうか女の子に、武器を振るいそうになってしまったんです!」
「振るいそう……つまり自制が聞いたんじゃないですか。大丈夫です、ラザルス先生は立派ですよ」
「それも誤解です! 私を止めてくれたのはフランシス先生でした。彼が止めていなければ、私の短剣は彼女を切り裂いていたでしょう!」
わー地雷踏んだー。とはアランの心の叫びである。
「えと……その女子生徒は誰なんです?」
「モードさんです。若き実力を持つ生徒を、一度の失敗で潰してしまうところでした。フランシス先生には感謝してもしきれません」
「モード? モード・ナイトフェイですか!?」
「そうですが……」
「彼女ならおとなしく斬られることはないでしょう。反撃はしないとしても、防御態勢を取るはずです」
「それでも私の罪は消えません! うう……、やっぱりクレイド家の者がおこがましく教師になろうとした報いでしょうか」
「ラザルス先生! 落ち着いてください!!」
大きな声で泣き出してしまった同僚のラザルスに、アランは立ち尽くすしかなかった。
その日の昼。まだ落ち込んでいるラザルスを食堂に追い出して、フランシスとアランは同室で弁当を開く。
「なあ、ラザルス先生はどうしたんだ?」
「先週もやってたじゃないですか。モード・ナイトフェイにダガーを向けてしまったことを気に病んでいるようです」
「ラザルス先生の話じゃ、フランシス先生が止めたそうじゃないか。詳しいことは知ってるのか?」
「簡単ですよ。モードさんが、授業中の対戦で即死効果を発動してしまっただけです」
一瞬、思考が停止したアランだった。この学園では、二年生まで気絶スキルを使うことになっている。モード・ナイトフェイは入学前から冒険者をやっている生徒だ。即死スキルを持っていても不思議はないが……。
「即死!? 受けた方の生徒は……」
「モードさんが蘇生してくれました。ワタシたちも蘇生スキルとやらを覚えた方がいいんじゃないかと思いましたよ」
「そう、か。良かった。確かにオレたちには助ける術がないからな」
「いちいち支援課の先生や生徒を呼び出すのもなんですし、時間が惜しい。即死スキルを、無手課のアサシン育成組織が怖がっていてどうするんですか」
「あの、フランシス先生、もしかして鬱憤たまってます?」
敬語になって聞くアラン。愚痴るような口調のフランシスが怖かったのだ。
フランシスはにこにこしながら笑った。
「ふふ。分かりましたか?」
「分かります、分かります。すごく分かりやすいです」
「モードさんにも愚痴ったんですが、もっと即死スキルを扱っていいと思うんですよ。マッドドールに延々と放って鍛錬したっていいんですし、支援課の生徒と混合授業をしたっていい。向こうも案外困っているんじゃないですか? 死んだ人を生き返らせる蘇生なんてどう鍛錬しろというのです?」
「おち、落ち着いてください!」
「最後はちょっと言い過ぎましたかねえ。ふう、言いたいことをすべて言えました。すっきりです」
「いや、あの、こっちは困るんですけど!?」
「言ってみただけですが、支援課との共同授業、良さそうじゃないですか。早速上の人に掛け合ってきますか」
「ええー!? どの教師が担当するか分からないんですよ!? せめて他の教師に話してから……もういねえ!」
フランシスの弁当はきっちり畳まれていた。
アランは、今日は厄日だな、と思った。
次の日、教務室に集まったフランシスとラザルスとアラン。
アランは教務室の異様な雰囲気に気おされていた。
「フランシス先生、ご機嫌ですねえ」
「ええ。マルチダちゃんの写真を戴いたので」
「誰からです?」
「そこはナイショです。大丈夫、ちゃんとした取引で手に入れましたから」
「いや、教師が特定の生徒の写真を持ってるってだけでヤバいですよね?」
「まさか、持ってくる訳ないじゃないですか! あんな大事なもの、自宅でちゃんと保管していますよ」
「保管場所の問題ではない気が……ラザルス先生もご機嫌ですね。何かあったんですか?」
話にならないフランシスを放置してラザルスに話しかけると、彼は昨日の気鬱が嘘のようににこやかに笑っていた。
「ええ! 今朝、モードさんとルーシーさんが訪ねてきてくれて、それで私にプレゼントをくれたんです!」
「……二人でですか。すごいですね」
「中身はカステラだそうです。食後に一緒にいただきましょう」
「いいですね。いただきます」
「本当は私が詫びを入れるべきなのに、二人とも心配してくれて。さらにこんな贈り物をしてくれたんです、落ち込んでるんじゃなくてもっと頑張らないといけませんね」
「頑張り過ぎはよくないですが、心持ちはいいと思いますよ」
「ええっとすごいですね」
なんだか、自分が疲れただけなような気がするアラン。
返答も自動的に適当になる。
二人はそんなアランには気付かず、支援課との共同授業について話し合っている。
「上の人にもっと練りこんできてからにしろ、って叱られてしまいました」
「でも、それいいですね。私たちも一緒に勉強してしまいましょう!」
「おや、ラザルス先生も乗り気ですか?」
「あんなことがあったあとですし、私も何か対策する必要があると思ったのです」
「問題は、蘇生のスキルポイントが高くて、我々のスキルポイントが低いことなんですよね……困ったことに」
スキルポイント……SPとは、技を扱うための力である。この世界では誰もが持つ普遍的な能力で、その量を増やすには厳しい鍛錬を積むしかないと言われている。
「生徒の命のためなら、高額のSPポーションも買いますとも!」
「あーあれ、期限あるんで買いだめとかできませんよ」
「使いながら、補充しながらで行きましょうね」
ちょっと口を出したアランは、二人に気付かれないようにそっと息を吐いた。
やっぱり無手課の先生には変な人ばっかりだ。
変態ぞろいの無手課でまともなアラン教師も、周りからは変態呼ばわりされているとは露とも知らないアランであった。




