学園長と手紙
「なんか今日は楽しそうですね、学園長」
「ふふ。友だちから手紙をもらってね。なんて返事を出そうかなあと考えているんだよ」
「どうでもいいですけど、仕事はちゃんとしてくださいね」
あまり興味がないらしいハロルド。学園長はそんな彼の態度が気になった。
「おや。あの手紙はきみが置いたものではないのか?」
「手紙なんて知りませんよ……公的機関に頼らない手紙なんて怪しいですね。出所は分かっているんですか? ちょっと私にも見せてくださいよ」
「だめだ。わたしだってまだちゃんと読んでないのに」
それにこれはプライベートな手紙だ。ハロルドに見せる訳にはいかない。絶対どこで会ったのか追及してくるに決まっている。
「ふむ。ではお返しの手紙も彼に任せればいいのだな」
「彼って誰ですか。鳩とかいう落ちはやめてくださいね」
「わたしと彼女しか結ばないという点では鳩と似ているかもしれない」
「なに言ってるんですか。休憩は終わりにして仕事を再開しますよ」
「はいはい。まったく二言目には仕事か。仕事しか興味がないのかね、君は」
「学園長が書類をためて脱走しなければ、私も強くは言わないのですがね」
皮肉たっぷりに言い返され、学園長は諦めたように首を振った。
黙って仕事に戻った学園長をハロルドが満足に見つめていた。
一連の仕事に片が付いた学園長は、同じ机の上で手紙を書いていた。
「よし。サラ・カーボンっと」
署名を終え、質素な封筒に便せんを入れる。
彼女みたいに可愛らしい柄のものは持っていなかったのだ。
「さて……黒トキワさん? いるのかい?」
「いるよ」
ぼよよんと天井から降りてきたのは、そう、我らが黒トキワである。
今日は移動しやすさを考えて、スライム形態。ぽむぽむ跳ねながら、学園長に近寄る。
「君は知っていたんだね」
「推測しただけだ」
「あの場で彼女に言わなかったこと、感謝しているよ」
「どういたしまして」
「では、この手紙を彼女に届けて欲しい」
「承った。必ず彼女に届けるとしよう」
黒トキワは手紙を受け取ると、自分の体内にしまった。
体内は落っことしたりしない、一番安全なところなのだ。時間の経過も存在しないし。
黒トキワは出てきた天井に引っ込んでいく。
「ハロルド」
「気付いてたんですか、学園長」
「戦闘員でもないのに気配を消すからだよ。彼を見たかい?」
「私には暗闇しか見えませんでしたが」
「そうか」
学園長は一度言葉を切った。
「去年、無手課の教務室に泥棒が入ったという話が合ったろう」
「急にどうしたんですか。ありましたけど」
「あれは、彼ではないかと思ったんだ。見た目は黒いスライム。そっくりだろう?」
「はあ、その彼が忍び込んだとして、なんのために入ったんでしょう」
「情報を集めていたんじゃないか、って思うね。もしこれが当たっていたら、多大なる情報漏洩だね。わたしの首が飛ぶかな」
「なにを言ってるんですか。その程度で飛んでもらっては困ります。せめて事件の片付けまではやってくださいね」
薄情な同僚だなあと学園長は思った。
彼はどうなんだろう。分体という異なる自我を持った自分を操る存在。
同僚のような、駒のような、手足の存在。彼は分体とどんな関係を築いているんだろう。
そう思いながら、学園長は部屋を出た。




