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スカイアドベンチャーの楽しい学園生活  作者: 紅藤
スカイアドベンチャーの失態 ~二年生~
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魔法使いの失態4

 

「ふう。お腹いっぱい。食べる?」

「食べよう」


 チェリルは小食気味なので、一般的な一人前が食べきれない。そんなわけで残飯係が黒トキワだったのだ。黒トキワはちゃんと、もらった分を片付けてから食べている。

 数年ぶりの食事なので、色々入るらしい。お腹壊さないでね?


「なんだ、一人前じゃきつかったのかい」

「うどんなら入るけど、ご飯はきつい」

「なんだいその理論は」

「うどんは食べるのも早い」

「えーと、お腹がいっぱいになる前に食べれちゃうから、大丈夫ってことかな?」

「そう。わたし、そう言わなかったっけ?」

「あんた、もう少し説明の仕方勉強した方がいいよ」


 食堂のおばちゃんからも指摘を受けるチェリルである。

 チェリルは散々聞いた言葉に、ちょっとむっとする。


「これでもわたし努力してるもん」

「自覚はあるのね。いいことだと思うわ」

「……頑張ってるのをおれは知っている。問題なし」

「あんた、もうちょっと厳しめに言った方がいいんじゃないかい?」


 フロウからの指図に、黒トキワは黒い表面を波立たせて激しく拒否する。

 わずかな苛立ちも感じているようで、チェリルが早速凍えている。


「それはおれの仕事ではないな」

「そうかい。ならあたしたちが頑張るほかないようだね」

「彼女を傷付けるのはおれが許さない」

「その過保護が彼女の成長を邪魔してるんじゃないかい」

「それでもだ。おれは彼女を肯定する者。誰にも譲るものか」

「さむい」

「黒トキワさん、フロウさんとも超絶仲良し!」


 この変わり身に、さすがのフロウも真顔ではいられなかったらしい。

 引っ込んだ冷気と同じくらいの速さで、フロウはカウンターの奥へ引っ込む。

 一秒後に、どっはっはっは! という盛大な笑い声が聞こえてきた。

 隠せてませんよ、フロウさん。


「めっちゃ笑われてるけど。いいの?」

「おれが笑われる分にはいい」

「そういうシリアスなセリフはもっとシリアスな場面で言った方がかっこいいよ?」

「大丈夫だ。彼女にはいつもかっこよく映っているはずだからな」

「催眠か何かでもかけてるの?」


 サラからの質問がツボに入ったようで、黒トキワはくすくす笑い出す。

 サラは何とも言えない顔で言うしかない。


「いや、ここ笑いどころじゃないからね?」

「催眠か。いままで幾重の人間に悪夢を見せたことはあっても、催眠は思いつかなかった。うん、次の制裁で使うとするか」

「うん? 斧戦士さん?」

「魔法使いさん、そろそろ帰ろう。アサシンが心配していた」

「そりゃ大変だ。今すぐ帰らなきゃ!」


 いつの間にか色のついたトキワに驚きもせず、チェリルが立ち上がる。

 サラに断って、食堂を出ようとする。

 そこに戻ってきたフロウがぴしゃりと叱りつけた。


「こら! 食べた後、急に動いちゃダメだよ!」

「ふんぎゃー。じっとします」

「ONかOFFしかないのかい、あんたは。ゆっくり帰ればいいのさ」

「そうか。なるほど!」

「あんたも止めなよ。ってあれ? いつの間に色がついたんだい?」

「ついさっきだ。これがおれの楽しみなんだ。邪魔しないでくれ」

「色付きも黒いのも、なんか問題がありそうだね」

「それで済ますあなたはすごいわ」


 サラさん、驚愕で顔が引きつるの巻。

 気付かなかった。目の前で入れ替わったはずなのに、まったく気づかなかった。

 笑っていたのは黒トキワで、喋ったのはトキワ。厳密にいえば真トキワである。

 トキワがゲシュタルト崩壊しそうだわ。ややこしいネーミングつけんな!


「あんたは重く考えすぎなんじゃない? いまはサラなんだろ?」

「あとでサリーとして問題を考えなくちゃいけないのよ?」

「サラで見たことは、なかったことにしちまえばいいよ」

「フロウっていう証人がいるのに?」

「あたしが黙れば分からないじゃないか。ほら、ハロルドのやつには内緒にしとくからさ」


 友人からの甘い誘いに、サラは乗ることにした。

 ハロルド……教頭でわたしのお目付け役の男だ。非常に小言が多い。彼に黙っていてくれるというのも、大きな要因だった。

 仕事をさぼって生徒とだべっていたなんてバレたら、しばらく書類漬けの日々が待っているに違いない。そんなのは嫌だ。ごめん被る。


「サラならこんなこと気にしないよ。そうだろ?」

「そうね。フロウ、お礼を言っておくわ」

「何をいまさら。カッコつけてないで、あの二人を追いな」


 サラが悩んでいるうちに、視界から消えていたふたり。言われなくても、既にサラの足は外を向いていた。サラの姿が見えなくなって、フロウは笑いをこぼした。

 さきほどの盛大な笑いとは違って、それは友を労わるものだった。


「あの子もまだ若いよねえ。学園ここで、素で喋れる人なんて、あたしぐらいしかいないんじゃないかな。……なーんてちょっと言い過ぎか」


 と言って、フロウが一息つこうとした時である。

 一人の男性が息せき切って、食堂に入ってきた。


「サリーを見てませんか!?」

「ハロルドじゃないか。サリーならまだ来てないよ」


 サラなら来てたけどね。ぬけぬけと嘘をついて、フロウは舌を出す。

 荒い息を繰り返す男は、心が読める訳ではないので、まんまとフロウに騙される。


「そうですか、それじゃあいいです」

「待ちな。あんた、飯は食ったのかい」

「え? まだ……ですけど、私はサリーを追わなくちゃいけないんで!」

「ダメだよ。お腹減らした人を前に、あたしが見逃してあげるとでも? 随分となめられたもんだね。手早く作ってやるから食ってきな」

「……いただきます」

「よしよし。素直でよろしい。ご注文は何にする?」


 サリー、ちょっとした時間くらい簡単に稼げるよ。今のうちに、新しくできた友だちに別れの挨拶をしておいで。

 見えなくなった友に伝えるつもりで、フロウはそっと息をつく。

 ハロルドが、カウンターに置いてあった二つのどんぶりと一個の茶碗に目を付けた。


「あれ。今日学園休みですよね? 誰が食べていったんですか?」

「迷い込んだ生徒が三人いてね。可哀想だからサービスしてあげたんだよ」

「おかしいですね。門はしまっているはずなのに」

「ドームの方から簡単に入れるじゃないか。あたしも今日はそこから入ったよ」

「……盲点でした」


 対策に関して真剣に考えるハロルドを放って、フロウはゆっくり鍋を温め始めた。




 門の前にふたりを見つけたサラは、息を整えて駆け寄った。


「サラ。どうしたの? そんなに急いで」

「あなたに別れの挨拶を言ってないと思って」

「……おれは席をはずそうか?」

「そんな重大な話じゃないから、大丈夫」


 サラは深呼吸してチェリルを見る。チェリルは例の如く、状況が分かってないらしい。きょとんと首を傾げている。


「今日はありがとう。あなたと話すのは楽しかったわ」

「それは良かった!」

「しばらく会えないけど、また会ったらわたしと話してくれる?」

「うん? うん。もちろん」

「仕事を休めるときは、あなたに会いに行くわ」

「サラは働いてるんだったね。わたしに会いたいからって無茶したり、嘘ついて休んだらダメだよ」

「魔法使いさん、おれの情報によると、彼女は一年中忙しい仕事をしているようだ。そう言わず、受け入れてあげなさい」


 チェリルの幸せのためにはどんな道理も曲げる男が、サラのためにチェリルの意思を曲げさせる。推測通りであれば、この言葉は嘘でないはずだ。

 そんなことが裏にあるとは知らず、トキワの言葉を素直に信じて、チェリルは前言撤回した。


「そうなの? じゃあどんどん遊びに来てよ」

「チェリルさん……黒トキワさん」

「おれはトキワです」

「え?」

「ややこしいこと言わないの」


 珍しくチェリルがトキワを黙らせる。

 ここは感動の場面である。余計な茶々は必要ない。


「ありがとう。また会いましょう」

「そんな最後の別れみたいに……ううん。また会おうね、サラ」


 最後までチェリルは気付かなかった。

 サラはそれでいいと思った。彼女はそういうことに気取られて欲しくないと思った。

 気付いているらしい隣の男に目礼する。

 それから、サラは踵を返した。

 これからサリーに戻らなくてはいけない。スイッチを入れ替えるようなつもりで。


「さあ。この門どうしよう?」

「切り替え早いねー魔法使いさんは。まあ、お手を拝借」

「だって、いつでも会えるんでしょ?」

「んーそうだな、魔法使いさんさえ良かったら仕事中にも会えるよ」

「???」


 背後から聞こえる青春の声に、別れを告げた。


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