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スカイアドベンチャーの楽しい学園生活  作者: 紅藤
スカイアドベンチャーの失態 ~二年生~
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魔法使いの失態3

 

 斧戦士公認の過激派なだけはある。それでも、彼がこの分体を好んで使うのは、いざという時、遠慮なく敵に反撃できるからだ。どこまでも小さくなれる身体は、忍び込むのに有利だし、隠れてストーキングするのにも使える。

 便利な代わりに性格は最悪だが。学園に人外は斧戦士ぐらいしかいないので、見渡す限り敵しかいない。よって黒トキワは、いつ誰を殺せるかワクワクしているらしい。


「過激なことはめっだよ」

「……仕方ないなあ」

「これで均衡がとれてるのね。学園内の死亡事故なんてあってみなさい。わたしの仕事が忙しくなるわ」

「だって。やっぱり人の迷惑になることはダメだよ」

「どうして彼女以外の人間の言葉を聞かなくちゃいけないんだ?」


 まるで幼い子どもの屁理屈だが、これが18を超えた青年の口から出ているのだ。

 普通だったら常識がない子だなあ、倫理的に考えてダメだ、と言えば済む話かもしれない。

 だが、相手は基本誰の言うことも聞かない超☆自己中っ子だ。その辺の大人が言っても効果はない。


「とにかく、ダメって言ったらダメなの」

「分かった。学園にいる間は手を出さない」

「うん、よろしい」

「待って。それじゃ、あなたが卒業したあとの学園はどうなるの?」

「わたしとは関係がなくなるから、興味を失うはず」

「ほっ。良かった。学園が焼け野原になるところだったわ」

「焼けはしないと思うけど……」

「比喩的表現よ!」

「はい」


 本気で心配したサラである。あやうく生きがいと職場をいっぺんに失うところだった。

 焼け野原じゃなくて血の海が広がるんじゃ……とチェリルは思ったが、また叱られそうなので黙っていた。


「おなか減ったなあ。サラは平気?」

「あら、もうそんな時間……ごめんなさい。お昼までって言ったのに。良かったらおごらせてくれない? 学園は休みだけど、食堂には人がいるの」

「んー、どうしよっか」


 スカイアドベンチャーのお家で待っているはずのアサシンことモードのことが頭に浮かぶ。

 視線を横にずらすと、うってつけの人物がいた。スライム形態に戻った黒トキワである。


「斧戦士さんたちにお昼はいらないって言っておいて」

「……伝えた」

「ありがと」


 チェリルが黒トキワを抱きしめて立ち上がる。黒トキワのオーラが明るくなった。

 チェリルは荷物を持ってきていないので、これがすべてである。身軽だぜ!


「ホントになんにも持ってないから、サラのおごりに期待するしかないや」

「いいのよ。せっかくわたしが来てるってのに生徒におごらせたりできる訳がないし」

「生徒? サラも生徒じゃないの?」

「あー、ええっと。わたしは卒業生なのよ。随分前に学園を卒業したの」

「へえ。今は何してるの?」

「紙に向かってする仕事をしているわ。ここは学生時代から変わらないのよ」


 ため息をついたサラだった。

 早く大人になりたいと学生の頃は思ったものだが、実際になってみると何も変わりゃしない。紙に向かうことは好きだったけど、今は疲れるばかり。

 長って付いてるからもっとゆったりできると思ってたのに。大人って嘘つきだわ。


「黒トキワさんはなにか食べる?」

「必要ない。そばにいるだけで十分だ」

「絶食は身体によくないぞ?」

「さすが、絶食したことのある人は言うこと違うな」

「うん。だから食べよ?」

「本当に必要ないんだが……まあいいか。余ったら食べる」

「オッケィ!」


 年若い生徒たち(?)が仲良く会話しているのはいいものだ。

 サラは背後から聞こえるほほえましい会話にほほを緩ませる。

 それにしても食事を必要としないなんて、彼は何者なんだろう?

 人間をひどく見下していたセリフから考えて、人間ではないらしいが。


「着いたー」


 サラの思考は、のんきなチェリルの声で中断される。わたし、おなかペコペコだよ。幼い声が耳を通り過ぎていく。


「ちょっと待ってね。話をしてくるから」

「はーい」

「いってらっしゃい」


 素直な生徒たちに見送られて、カウンターの奥を覗くと、見知った顔の人物がいた。

 ちょっと声のトーンを下げて、彼女に話しかける。


「やあ、フロウ」

「サリーじゃないか。今日もここで食べていくのかい?」

「ええと、今のわたしはサラと呼んで欲しい」

「ふうん。またお忍びかい。いいよ、乗ってやる。今回のお客さんは誰だい?」

「在校生だよ。二年生のチェリルさんと黒トキワさんだ」

「黒なんとかは知らないが、その子なら知ってるよ。よく食堂に来てうどんを食べてる子だ」


 黒なんとかさんは食事をとらないので、まず食堂に来ないし、来ても頼まない子のことは、フロウでも覚えていられない。逆に、毎日食堂に来て、同じものばかりを頼むチェリルのことはしっかり認識されていたようだ。


「へえ。うどんかあ。今日うどんある?」

「悪いけど、丼ものしかないよ。あんたの好きな」

「そうかあ。あ、わたしいつもので」

「はいはい。作っといたよ」


 フロウが一瞬奥へ引っ込んだかと思うと、次の瞬間にはどんぶりを持って現れた。

 まだどんぶりの中はからっぽだ。


「さあ。生徒たちを呼んできな」

「うん。チェリルさん、入ってきていいわ」

「はあい。黒トキワさん、どこ行くの」

「いや、からっぽな食堂って珍しいから……」

「いつもわたしたちの周りはからっぽじゃない」

「そうだけど、そんなこと言っちゃダメだと思う」


 どんぶりの中がどんどん埋まっていく。ごはん、おさかな、おにく、たまご。そしてたっぷりの野菜。


「休日の学園の食堂に生徒がいるなんて珍しいね」

「あ……ごめんなさい」

「いいんだよ。そこのサラが学生時代にやらかしたことを思えば、たいしたことじゃないね」

「ちょ、ちょっと、その話、絶対にしちゃダメよ!」

「サラ。なにしたの?」

「絶対言わない」

「ほら意固地になっちまった。チェリルだっけ? 今日はうどんないけど、なにを食べていくかい?」


 うどんと言い当てられていることにも気付かず、チェリルはメニューを見てどれにしようかなあ、なんて言っている。黒トキワはチェリルの腕の中で動かない。クッションかなにかに擬態しているつもりらしい。スライム型のクッション……?


「……親子丼がある! これにしようかな。お願いします」

「了解。まいどあり。請求はコイツの方でいいのかな?」

「ごめんなさい、お金を持ってないので、よろしくお願いします」

「任せてちょうだい! 二人分でいくらかしら?」

「630だよ」

「あれ、親子丼も込みでだよね?」

「今日はサービスさ。さあ、ささっと金を払って、おなかすかせた生徒におごってやりな」

「フロウ……わたしは感謝感激だよ」


 サラが硬貨をいくつかフロウに手渡す。まいどあり、の声と引き換えにどんぶりが出てくる。

 まずは親子丼が、しばらく待っていつもの丼がサラの前に現れる。

 チェリルとサラは顔を見合わせてから、それぞれ食べ始めた。


「そういえば黒いのは注文がなかったね。大丈夫なのかい?」

「黒トキワさんのこと?」

「そうでしょうねえ。彼はチェリルさんが残したものを食べるって言ってたわ」

「仕方ないねえ。学園の生徒は育ちざかり。簡単なもので悪いけど、ほらお食べ」


 おぼんに乗ったみそ汁とご飯が出てきて、黒トキワはうろたえた。

 だから、ホントに食事はいらないんだってば。そういう訳にもいかないので、黒トキワは人間形態になっておぼんを受け取った。


「なんか変わった子だね。真っ黒」

「その子を変わった子で済ますには無理があると思うの」

「そこだけ夜空を眺めているみたいじゃないか」

「夜空の煌めきはないけどね」


 チェリルの隣に座って、黒トキワも食事を始める。顔の凹凸が作られて、その口の部分にご飯を運ぶ。口をもぐもぐさせて、飲み込む。真っ黒ではあるが、食べ方は人間と同じだ。


「わたしはお腹かなんかに口があって、そこから食べるのかと思ったよ」

「できなくはないが、やる意味がない」

「頭のてっぺんから食べれば、やまんばだよ」

「ヨモギで溶けちゃうから、しない」

「それ、どんな理由?」


 チェリルに突っ込まれながら黒トキワは食事を楽しんでいた。

 この姿での食事なんて、何年ぶりだろうか。斧戦士の食事回数は幾度となくあったが、分体は基本的に食事もしなければ排泄もしない。だいたい、呼び出されないときは斧戦士の中で眠っているので、本体が食事しても気付くことはない。


「黒トキワさん、どったの?」

「いやあ、ご飯食べるのっていいね」

「うん? 主旨替え?」

「うん。前言撤回」

「そっかあ。斧戦士さんに言っとく?」

「あいつには言わない」


 自我を持つ別人なので、本体のこともあいつ呼ばわりである。

 あいつ(本体)の方も、分体をこいつ・おまえ呼ばわりなので、つり合いがとれていてちょうどいいのかもしれない。


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