魔法使いの失態1
ある日のこと。
珍しく朝早く起きた魔法使いチェリルは、学園のなかを散策していた。
誰もいない学園は魔法使い以上に珍しかった。
それも当然、今日は日曜日。学園は休みだ。
「ふんふふんふーん」
鼻歌を歌うチェリルはご機嫌だ。
前からやってきた人に気付かないぐらい。
どすん。とぶつかって初めて前を向く。
ハイヒールの似合う大柄な女性が倒れていた。
頭が真っ白になるチェリル。ヒールとリバイブを交互にかける。
女の人がむくりと起き上がって止めるまで、チェリルの奇行は続いた。
「大丈夫だから。ほら、わたし、元気でしょ?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「……大丈夫だってば」
少し呆れたように呟くと、女性はチェリルに言った。
「こんなところで何してるの? 今日は学園休みでしょ?」
「おさんぽしてるとこ」
「お散歩……。門は閉まってなかったの?」
「? 閉まってなかったっていうか、ハイドームの方から来たの」
「なるほど。そっちも強化しないと駄目ね」
ハイドームは、毎週土曜日に開かれる対戦が行われている場所だ。
学課関係なくパーティーを組んで、バトルの実践を学ぶ。ある生徒は授業中に覚えたスキルを実際に使い、ある生徒は自分で作った魔法を披露する。勝ち負けが決まる試合だ、みんな真剣に技術を競って、戦っている。スカイアドベンチャー以外は。
そもそもスカイアドベンチャーは現役の冒険者なので、土日は冒険に行っていていないことの方が多い。珍しく出たかと思うと、驚異的なステータスの差を見せつけて勝つ。見たこともない魔法を放って勝つ。
スカイアドベンチャーとの対戦を楽しみにしている生徒もいるのだが、こう勝ちっぱなしだとみんなむきになってスカイアドベンチャーに襲い掛かってくる。それに呆れてスカイアドベンチャーはまともに戦わないのだ。
「あなた、スカイアドベンチャーのチェリルさんね?」
「うん。あなたは誰?」
「え? あー。ええっと。サラよ。サラって呼んで」
「サラちゃん!」
「ちゃん付けはちょっと恥ずかしいな」
「じゃあ、サラ」
「ええ、それでいいわ」
はにかむサラを見て、チェリルは少ない頭をフル回転させる。
たしか、魔法課の同級生にサラという子はいなかったはず。すると、この人は先輩? それとも他学課の生徒?
迷うチェリル。しかし、彼女を包むオーラは非常に強大で頼もしかった。こんな気迫を持つ人間が一、二年生な訳がない。断定して、聞いた。
「どこの学課なの?」
「わたし? 魔法課よ。あなたと同じ魔法課」
「うーん。わたし、魔法課の先輩には詳しくないの。だから、あなたのこと知らない」
「……いいのよ。普通、知らなくて当然だもの」
随分、ストレートな言い方だ、とサラは思った。
だが、この言い方嫌いではない。無理して話を合わせてくれるより、ずっといい。
「学校を散歩したら、どこへ行くつもりだったの?」
「家に帰って、新しい魔法を作ってたと思う」
「じゃあ、引き留めたのは悪かったかしら?」
「ううん。まだ魔法のネタがたまってないから、家には帰れないの」
それを聞いて、サラはにんまりした。
もっとこの子と話をしてみたい。そう思ったのだ。
「お昼まででいいから、わたしとおしゃべりしない?」
「いいよ。やっぱり魔法の話?」
「そうねえ。どうしようかしら」
「あなたって攻撃魔法は作らないの?」
チェリルがスペルメイカーだと知ったサラは、チェリルの作り出した魔法の一覧を見ながらそう言った。100個以上ある魔法をさらっと斜め読みしたらしい。
「そんなことないよ。エレキテルボールとか、ブルーファイアとか。あるでしょ?」
「ああ、これは魔法攻撃だったのね。スペルメイカーの新人って、普通、攻撃魔法ばっか作るの。他の人が使ってくれることが多いからなんだけど」
「攻撃魔法なんて、作らなくてもたくさんあるじゃない」
「基礎魔法のことかしら。全部で十二属性あるものね」
「授業で習う分だけあれば、十分じゃないの?」
チェリルはそう言って首をかしげるが、こんなことを言えるのは彼女が九つの属性を操れる、カラフルエレメントマスターだからである。
ごく普通に魔法課に通う生徒は多くて三属性、ほとんどは一属性を極める一途な子ばかりだ。稀に、家が名家な生徒が五、六属性操ることがあるが、多くてそのぐらい。ランス家のグロリアがその一例だが、彼女ですら、多すぎる魔法属性にしばしば振り回されている。
「チェリルさん。いくつの属性が扱えるか、聞いてもいいかしら」
「日陽、月陰、影を除く九属性だよ」
「得意な属性は確か……無属性。そうよね?」
「うん」
「なら、攻撃魔法を作らない理由も分かる。使わないから。必要としてないから作らないのだわ」
チェリルが作った攻撃魔法は、エレキテルボールにしろ、ブルーファイアにしろ、どこかで見たものを再現してある。つまり、チェリルが一から考えて作ったものではないのだ。
魔法は必要に駆られて作られるもの。こうだったらいいのに。こういうものがあってもいいんじゃない? そんな想像から生まれるもの。
もとになる想像がチェリルにはなかった。だからどんなに舟長に突っつかれようが、地味だと言われようが、作り出すことができなかったのだ。
「うん。使用者が使い道を見出せないものを作ったって、意味がない。そう思ってたよ」
「思ってた? いまは違うの?」
「ツリーシード。学園の課題で作ったはいいけど、どう活用すればいいのか迷ってた」
「……ツリーシードと言えば、いまや魔法障壁から街路樹まで、引っ張りだこな魔法じゃない。あなたが作ったなんて知らなかったわ」
「でも、今、わたしが思いもよらなかった方法で、ツリーシードは全国に広がってる。どんな意味不明な魔法にも、価値はある。最近はそう思って魔法を作ってるんだ」
チェリルは晴れやかに笑った。
「ま、ツリーシードみたいな大ヒットは、今んとこないけどね」
チェリルは両手をぶらぶらさせて呆れた顔を作る。世の中はそんなに甘くない。




