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進学とチョコレート

 

 一年生のときの受難を乗り越え、無事二年生となったスカイアドベンチャー。

 一時は授業のサボり過ぎで進学できないかと思われた斧戦士、剣士も今日から二年生。

 めでたく五人とも進学できたのだ。


 五人の生徒が喜びを分かち合っているとき、あまたの教師は恐怖の中にいた。

 今年もとんでもない生徒がやってくるのではないかと戦々恐々していたのだ。


「いまのところ情報は入ってないのか?」

「学園隠密ではなにも。そもそも学園隠密は学園内のことを知るので精一杯なんですよ? 学園の外のことは別の人に聞いてください」

「例えば?」

「自分で考えた方がいいですよ」

「だって思いつかないんだもん」

「三十代のおっさんが『だもん』とか言わないでください。気持ち悪いです」


 何故かフランシスの元へ話を聞きに来る無手課の教師たち。

 叱りつけて帰したのは何度目か。もう数えるのも億劫だった。


 なにしろ……昨日も散々聞かれたのだから。もっと斥候課の教師とか学園長とか頼るべき人がいるだろうに。教えてくれるかどうかは別として。


「だいたい、ここで知ったところでどうするつもりですか。教師が嫌がってるから来ないでくださいとでも? 何様ですか」

「荒れてんなー」

「おや、レイモンド先生、いらっしゃったんですか」

「いんや。今来たとこー」

「そうでしたか。良かったです、聞かれてなくて」

「まあまあ、そうかっかしないでお菓子でもどうだ?」


 レイモンドが取り出したのは板状の茶色いお菓子。そう、板チョコだ。

 フランシスは微妙な顔で半分受け取り、かじり出す。


「今はやりのお菓子ですよね」

「学園でも作ってきて配ってる子が結構いるよな」

「そうですか? ワタシの授業ではほとんど見ませんけど……」

「授業中に渡す馬鹿はいないだろ。昼休みとか放課後とか、女の子が集まって交換してるんだよ」

「へえ。そういうものだったんですね」

「……はやりなことは知ってた割りに、変な反応だな。フランシスも誰かからもらったんじゃないのか?」

「ええ、モードさんから」


 モード? モード・ナイトフェイから? いいなあ。女の子から貰うなんて。俺は男子生徒からだぜ。家で余ってて大変だから、先生も手伝ってほしいだとよ。


「モードさんはこれを賄賂だって言っていたんですが。違うみたいですね」

「あー、うーん。賄賂と言えなくもない。要はお返しが欲しい訳だからさ」


 だから持ってる同士で交換するんだと思うぜ。そう言ってレイモンドはフランシスを見る。

 フランシスは自分の机の引き出しから、デコレーションの効いた小袋を取り出した。


「ワタシもチョコを送り返すべきなんでしょうか」

「親しい人相手なら花束とか別のお菓子でもいいらしいが……、相手は生徒だ。無難にチョコでいいだろうよ」

「……マルチダちゃんからのチョコも代理でいただいている訳ですし、ちょっと豪華なお返しにしますか」

「え? それ大丈夫なのか?」

「おっと、今の独り言はナイショでお願いします」

「大丈夫、俺の口は堅いぜ?」

「筋肉的な意味ですか?」

「慣用句的な意味でだ!」


 身体を鍛えるのが趣味なレイモンドは、真面目に言い返した。

 フランシスは分かっていますよ、と続ける。ちょっとからかっただけなのに、このレイモンドときたら、真面目で頑固者なのだから、困る。


「そういえば、このチョコをくれた男子生徒には何かお返ししたんですか?」

「そいつ、俺の授業で赤点だったから、問題集のコピーをくれてやったわ」

「あんまり嬉しくないお返しですねえ」


 授業の始まりを告げる鐘が鳴っていた。




「二人ともくらーい雰囲気かぶってるね」

「一年前の古傷が痛んでな」

「うーん、思い出すだけで心が痛むよ」


 リガットとセインズはこの昼休み、もう一人の旧友と一緒に昼休みをとっていた。


 三人で合わせて、学生時代は問題児てんさいたちと呼ばれたものだが、今思い出すとずいぶん教師と学園という環境に甘えていたな、と思う。

 かつては、教師が胃を痛めたと聞いては大笑いしたものだが、実際に自分が胃を痛めるはめになるとは……。当時はそんな気はなかったとは言え、酷いことをしたもんだ。


「いいよな、おまえ絶対戦闘には出ないんだし」

「鑑定士は対戦向きの能力じゃないからね」

「うぬぼれ云々でいえば、君が一番な気もするけどね」

「セインズ……言うじゃん。顔色悪そうだから手加減してやろうと思ったけど、やーめた」


 明るい声でそう告げると、彼は満面の笑みで言った。


「二人とも、ちょっと外を見て怖くなっちゃったんでしょ? 強いやつが学園の外にはいくらでもいるんだもん。だから学園に戻ってきてのびのびやろうとしたら、これだもんね。学園の外にいた怖いやつらが学園の中に入ってきちゃって、もう恐怖でガタガタ、歯の根合わない。傍若無人に振舞える期間はとっくの昔に終わってるんだよ」

「ハワード! セインズが倒れたぞ!」

「ありゃ、この程度でダウン? ほんと病弱だよねーセインズは」

「ポーションぶっかければ治るかな」

「もったいないからやめときなよ。そのうち自動で立ち直るでしょ」

「そういうもんか……?」


 ポケットからポーションを出そうとあれこれしていたリガットが手を止める。

 それから席に座りなおして……。


「一応、君にも効くようにかみ砕いて言ったつもりだったけど、分かった?」

「え? えーとでもほら、オレは卒業までにあいつを倒すって目標があるから!」

「ふーん。もし倒せなかったら?」

「えっ倒せない……倒せないの?」

「そうは言ってない。僕もセインズも全力で協力するけど、もしかしたら、負ける可能性があるかもしんないって言ってるの」

「オレは……戦う前にそういうごちゃごちゃしたことを考えるのは嫌いだ。だから、負けた後考える!」

「リガットらしいね」


 ハワードは笑いながら、リガットの代わりに考える。

 入学してから、スカイアドベンチャーの噂は絶えることがない。


 メンバーの一人、騎士のセス・ブレイカーが夜中まで授業の居残りをさせられた。

 魔術師チェリル・グラスアローの作った魔法具が危険すぎるからお蔵入りになった。

 斧使いトキワ・リックがマッドドールを一体自分のものにした。

 リーダーのバート・アドスカイが教務室に呼ばれた。

 アサシンのモード・ナイトフェイが二年生の生徒と対決した。


 はたまた、斧使いトキワが学園中から目の敵にされたり、スカイアドベンチャー最強のはずの魔術師チェリルが対戦に敗れて一時意識不明になったり。

 本当に、噂には事欠かない。


 いまだって怪しい噂を一つ、広めている。


「そういえば、リガットは誰かからチョコ貰った?」

「なんでそのこと知ってんの!? 授業終わりに何人かの生徒からもらったぜ」

「へえ。あーもう、中身が割れてるじゃん。それ、生徒が大事に作ったんだからね。大事に扱ってあげて」

「う、うん……」

「それはそうと、ホントにたくさんもらったんだね。セインズもそうかな?」

「……」

「まだ倒れてるぜ」

「聞いてると思うから、言っとくけど。それ、お返ししないとダメだから」

「えっ!?」


 飛び起きるセインズ。どこも痛めていないのは、若さゆえか。

 リガットが生きてたのか……と呟いたのは聞こえなかったようだ。


「お返しって……いつすんの?」

「早いうちがいいらしいよ。知らないけど。一か月後までにはやった方がいいとかなんとか」

「それもスカイアドベンチャーの誰かが言ってたのか?」

「噂だから僕も詳しいことは知らないってば」


 そう、このチョコがやたら配られている理由はスカイアドベンチャーにあった。

 学園を進学する、というこの大事な時期に唐突にチョコが食べたくなった某魔法使いが、モードやトキワを巻き込んでバレンタインデーの定着にかかったのだ。


 結果、なにがどうしたのか、誤解が誤解を生み、この時期は誰かにチョコを上げることになった。大切な人でなくてもいいし、義理がどうたらとか気にしなくていいのは楽である。


 さらに、いますぐにチョコを食べたい魔法使いは、バレンタインデーを大胆に改造する。

 お返しはすぐに! 一か月後のホワイトデーなんてなかったことにしたのだ。

 名前はチョコレートウィーク。名詞的にはバレンタインデーもホワイトデーも存在しない、新たな風習だ。安直にもほどがあるって? よしエナフォ。


「くれた子なんて全員覚えてられねえよ……」

「紙に書いとけば?」

「確かに。いいアイデアだ」

「自作には自作で返すべきか……?」

「やめときなよ。セインズの作ってくれたご飯、美味しいのに当たったことないから」

「えっ、ハワードにおごったときあったっけ? ……ってまさか」

「二年生の夏にさあ」

「あれは……! おまえらが闇鍋しようぜって言うから!」

「あんなもったいないことしたの、僕初めてだったよ……胸が痛むなあ」


 椅子から立ち上がるセインズ。リガットは必死に記憶を掘り起こしている。

 ハワードは、次、授業だからと言って、早々に二人の前から立ち去ってしまう。

 セインズはやり場のないもやもやを抱えたまま、ハワードの後を追った。


「よし、書けたっと。……あれ、誰もいない」




「学園長、甘いものお好きでしたよね」

「ん? まあ嫌いではないな」

「じゃあ、これを差し上げます」


 机のわきにかさっと置かれた音に反応して、学園長は書類の束から顔を上げた。

 といっても、机の上にも書類の束がたくさん置いてあるので、言った彼の姿は見えない。


「ハロルド……?」

「ここにいますよ」

「食べてみたが、すっごく苦いじゃないか」

「もう食べたんですか? 嫌いではないという言い方だったので、甘くないのを差し上げました」

「……わたしも女の身だ。甘い方が好きだ」

「そうですか。でも、学園中を回ってお菓子貰ってきた人にはあげません」

「……ちゃんと昼前には帰ってきたし、ハロルドにも分け前を上げようと思ってたぞ」

「私に無断でどこかに行くというのが悪いのです。あと、別に羨ましくなんてないので、どうぞ貰った分はご自分で食べてください。それが貰った側の礼儀というものですよ」

「ふむ……」


 学園長はしばし考えると、ハロルドからのチョコを持って席を立った。

 脱走に関しては反省はするが、行為を正すことは永遠にないだろう。いちいちハロルドに許可を取っていたら、いつまで経っても外に出られないに決まっている。

 書類の山を超えると怪訝な顔をしたハロルドがいた。


「なんですか?」

「全部あげるのはまずいが……こういうことだろう?」


 ハロルドからのチョコをハロルドの口に投げ込む。

 ふつうにやるとたぶん標準が合わないので、魔法を使って補助をしたのは内緒だ。

 魔法は必中。ハロルドがなにか妨害行為をする前に、チョコレートは口の中に入った。


「なにを……うわ、にがっ」

「なんだ、試食してなかったのか」

「……先に謝っておきます」

「まったくだ。人の食わせるものぐらい味見をしておけ」


 そう言ってさらに欠片を口に運ぼうとする学園長をハロルドは慌てて押しとどめる。


「ん?」

「味が分かったんでしょう? もう食べなくてもいいです」

「食べられなくはないぞ。確か……甘いものより苦いものの方が健康にいいんだとか」


 続けざまに口に入れる学園長を呆然と見ていたハロルドは、ふいに身を翻した。


「ハロルド、どこに行くんだ?」

「ちょっと美味しいチョコレートを買ってきます」


 脱走したらダメですからね! と言い含めてハロルドは外へ出ていく。

 学園長は席に座りなおして、彼の豹変を不思議がった。

 しかし、学園長もハロルドも知らないのだ。いまはチョコのお返しに菓子屋を訪れる人が多過ぎて、美味しいチョコレートなんてそう簡単には手に入らないことを……。


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