魔法使いの受難
さらなる魔法の技術向上のため、魔法課に入った魔法使い チェリル。
いま、彼女は非常に困っていた。
それもこれも彼女のコミュニケーションの低さがなせる業である。
話は数時間前に遡る……。
「できた、エナフォ玉!」
それは日中の授業中。授業の課題は簡単な魔法具を作ってみよう、だった。
魔法具というのは、魔法の力を込めたアイテムのことだ。
普通、一年生の生徒が使える魔法なんかは限られているから、魔法具と言ってもできるのは叩くと火の玉が出る杖とか、ファイアボールを込めたほのかに暖かい石とかである。
一方、スペルメイカーとして名を馳せ、いくつか魔法具も触ったことのあるチェリルが挑んだのは、攻撃魔法を込めたガラス玉。これはかなり高度な魔法具の部類に入り、上級生……それも卒業生が卒業論文のために挑戦するものだ。
なぜそんなものを作ろうとしたのか、といえば作りたかっただけである。何かのアニメで、丸い玉を投げ込んだら爆発した、その再現をしたかっただけなのだ。
かくして魔法使いは二時間の授業の中でそれを完成させ――、現在困っているという訳だ。
「先生、いまなんと?」
「他学課に知り合いぐらいいるだろ? 五人に使った感想を聞いてきてくれないか」
「……。そりゃあ四人ぐらいは知り合いいますけど……」
「じゃあすぐ終わるな! 先生も使ってみたいから、レポートはなるべく早く提出してくれよな」
「ああ、あの……」
「じゃあ、先生次の授業があるから。またなー、アデュー!」
「あわわ、どうしよう……」
偉業を成し遂げたチェリル。その先に待っていたのは予定外のレポートだ。
レポートはまだいい。問題はともだちを五人見つけることである。
幸いなことに、パーティーを組んでいる仲間が全員この学園に入学しているので、四人は当てがある。が、最後のひとりが難関だった。
コミュニケーション能力を捨てて魔法に全振りしている彼女にとって、知らない人にひとりで会いに行くのは、恐怖そのものだ。
いや、誰も一人で行けとは行ってないのだが。
とにかく、そう思い込んでしまったチェリルは、なんとかしてこの問題を解決しなければいけない、そう思った。
それが、この結果である。
「魔法課の魔法具要りませんか……」
声が小さすぎて誰にも気づいてもらえない。というか立地が、チェリルがいた場所が悪かった。建物の影、それも曲がり角の端っこ。あからさまに誰も来なさそうなところでチェリルは販売?していた。
誰も来ない。チェリルはだんだん不安になってきた。
外の景色も夕焼けになって、すこし寂しい感じ。人の往来も明らかに減って、彼女に目を止める人もいなくなっていた。
そのときだ。とある不運な……いや幸運な青年が通りかかったのは。
「きみ、ここでなにしてるの?」
「あっ、すみません、もう片付けた方がいいですね」
「いやそうじゃなくて。なにこれ、授業で作った魔法具?」
「あ、はい。投げつけて破裂すると中の魔法が炸裂するガラス玉です」
「うお、なんだか強力な……。えっ、きみ一年生なの?」
「はい、そうです」
一年生が作ったなら……と思う青年。少し興味が沸いたようだ。
「ああ、すまない。僕は銃士課の三年、ジェイムズだ」
「魔法課、一年のチェリル・グラスアローです」
「グラスアロー? どこかで聞いたことがあるような……。魔法課には知り合いがいてね、それでいくらか事情は知ってるんだ。あいつが話してたんだっけ?」
「そうなんですか。あの」
「ん? どうしたんだ?」
「これを使って、その感想をレポートにしろって言われてるんです。その、協力してくれませんか?」
「構わないよ。そういう無茶ぶりをしてくるのって、もしかしてダニエル先生? それともセインズ先生?」
「担当はダニエル先生です。セインズ先生はあまりそういうことをしないような……」
「一年生だから手加減してるのかもね。僕の知り合いはいまセインズ先生の課題でひーひー言ってるよ」
そう言って青年はガラス玉を掴んだ。
チェリルは微笑んだ。それと同時に胸をなでおろす。よかった、うまくいきそうだ。
「同じ魔法課の後輩が作ったというのなら、あいつも少し嬉しいだろう。彼女への土産にするよ、ありがとう」
「あの、威力、結構あるので気を付けてくださいね」
「分かった。心配してくれてありがとう。練習場を借りて使ってみるよ」
いえ、ただの事実です。とは言い出せないチェリル。
相手も気を付けると言っているし、練習場を借りると言っているし、大丈夫だろうと思ったのだ。決めつけたともいう。
青年が去っていくのを見届けて、ため息とともに空っぽになった箱を持ち上げる。
「魔法使いさん」
「ほげー!」
唐突な登場である。しかも背後から。チェリルが我を忘れて叫んでしまったのも責められまい。
斧戦士 トキワが闇の中にたたずんでいたのだから。
「なんだ、斧戦士さんか」
「うん、驚かせてごめんな」
「おい、そこのカップル。オレもいることを忘れるなよ?」
声をはさんだのはいつの間にかチェリルの横に現れていた舟長 バートだ。
すっかり二人の世界を構築しようとしていたチェリルが慌てて離れる。違うよ、違うよ、とばたついているのが可愛い。トキワが舌打ちした。
「余計なことを……」
「おま、殺気出すな」
「ん、なんか寒い?」
「こいつです、こいつのせいです」
「ごめんね、魔法使いさん。そろそろ帰ろうか」
「こやつ、一瞬で消して、何事もなかった顔をしてやがる」
「帰るー」
さっきとは打って変わって明るい声で叫ぶチェリル。
トキワがいままでの経緯を聞く。いつから居たの?と聞くチェリルの幼い声。
「ついさっき来たとこだよ」
「えーほんとー?」
ぬけぬけと嘘をつく仲間を見ながら、なんとも言えない表情で舟長は先のことを思い出していた。
いつもの時間になっても帰ってこないチェリルとトキワを心配して、シーフの技術をすべて駆使して忍んでいったらこれである。
既に誰かが……トキワが暗闇の中で潜っていたのだ。
「なにしてんの?」
「舟長か。魔法使いさんを見守ってるんだ」
こちらを振り向きもせず答えるトキワ。うしろに目でもついているのかという正確度だ。
本業がシーフなバートは負けたような気分がした。
「魔法使い? ああここから見えるのか」
「気配は消しといてくれよ? 魔法使いさんに気付かれたくないんだ」
「分かってるよ。こちとらシーフだぞ」
「そうだったな。魔法使いさんはあそこだ。あの角で他課生に会ってるんだ」
「逢引みたいに言うな。あれだろ、魔法使いが昼に言ってたガラス玉の……」
「しっ、誰か来た」
「……」
黙らなくても気配どられるへまはしないが、バートは黙った。
魔法使い チェリルと会っている青年はまだ若く、トキワより何歳か年上だと思われた。
「ジェイムズ・ラターか。銃士課の三年……」
「銃士課? するとおまえの先輩にあたる訳か」
どこでそんな情報を得てるんだというツッコミを我慢して、バートはトキワに聞く。
その答えがこちらです。
「気に入らないな」
「……あのね、あれ全然、恋愛とかしてないから。魔法使いの態度見てみろよ、あんな必死になってさ……。可哀想だろ……」
「親友の名はクララ・メルダ。魔法課三年。スペルメイカー持ち。魔法使いさんと少し似てるな」
「話聞けよ」
「恋愛してないのは知ってる。おれが、個人的に、気に食わないだけだ」
「……なお悪いわ」
そんな会話を展開したあとだったから、あまりの変わり身の早さに驚いたのだ。
「舟長どうしたの? 置いてくよ?」
「……なにか気になることでもあったか?」
「ああ、いや別に。自信なくすなーって思ってただけだよ。お二人さん仲良く歩いてな。オレは後ろからついていくから」
「変なの」
「舟長はいつも変だろ」
「それもそうか」
「おい、ちょっと待ちやがれ。それは聞き捨てならねーぞ」
「それよりさ、あのダニエルとかいう教師、一度ぶちのめしておく?」
「ううん、大丈夫。なんとかなったから」
「そっか」
「なにがそれよりさ、だよ。聞けよ!」
バートの叫びが暗い廊下にこだました。




