ケイトと悪夢4
中庭を出て、すぐのところで魔法使いが言った。
「ホントに食堂で食べるの?」
「もう少し離れてから言えよ。まあな、混んでるから多分無理だろ」
「なんだったら分体で席だけ取っておくか?」
「周りの人の平和を乱さないであげてください」
「じゃあ、支援課の訓練所で食べる?」
「一番近いし、それでいいだろ」
中庭から一番近いので、嘘を言ったとメグに気付かれる可能性も高いが、舟長は気にしなかった。魔法使いを除く四人はなかなかの早食いであるからだ。
魔法使いもそれなりに早いのだが、以前競い過ぎて具合が悪くなったことがあったので、斧戦士からのストップで、ゆっくり食べることを推奨されている。
「うーんおなか減った。今日のおべんとなんだろな」
「ボクの記憶によれば、今朝の料理担当は魔法使いちゃんだったよね?」
「……なんも覚えてなーい!」
「そういえば、本物……いやパチモンか。あれは剣士の部屋にあるんだよな? 返さなくていいのか」
「呪いの品はさすがに要らんだろ。オレも要らねーけど」
「ケイトの部屋には、おれの作ったレプリカが既に置いてあるからな。気付かんだろう」
「ホログラムじゃないよな?」
「ちゃんとさわれますー」
斧戦士はやけくそ気味に言った。彼には珍しく感情を前に出した言葉だった。
いつものように食堂に向かうケイト。今日は何を頼もうか……そんなたわいもないことを考えていたのに。ケイトの目はSKゾーンに吸い寄せられていた。
そこにいつも賑やかな舟長や魔法使いの姿はなく、ただ一人斧戦士が座っていたのだ。
ケイトは大股で彼に近寄る。
一人でいるなら都合がいい。ちょうど言いたかったことがあった。
「あなたの見せた悪夢を見ました」
「それで? 楽しかったか?」
「悪夢だって言ってるのに楽しい訳ないじゃないですか。気分は最悪でしたよ!」
「ちゃんと二度寝できるように土曜日にしといただろ」
だめだ。話がかみ合わない。
ケイトはまともに話すことを諦めた。椅子に座って覚悟を決める。
「どうしてあんな夢を見せたんですか」
「おまえの態度が気になってな。ちょっと驚かしてやろうと思ったんだ」
驚かしたのではなく、脅しだとケイトは思う。
斧戦士は口元に微笑を浮かべて、余裕そうに座っている。
「どうして家族を失う夢なんか見なくちゃいけないんですか」
「おまえの最も大切とする情景を壊してやりたかった」
「なんのために!」
「逆らえばこうなるという、分かりやすい実例をだな」
「わたし、あなたに逆らったことなんてありましたっけ」
「……。脅しが足りないのか頭が足りないのか」
「どういう意味です!」
斧戦士から微笑みが消える。
彼もいつも通り接するのを諦めたようだ。椅子から立ち上がり、ケイトを見下ろす。
「あの夢が現実になるのは、この先いつかおまえが逆らったときだ。ここまで言わなければ分からんのか」
「逆らうって……わたしそんな大それたこと思ったことも」
「両方だったか。おまえのその態度こそが一番腹立たしい」
「な、なんて理不尽な……!」
「人間ごときが。消えてしま」
「ストーップ!」
「えばいいのに」
明らかにヤバい雰囲気を感じて、割り込んできたのは魔法使い。
空気の読める人物なら怖気づくだろうが、そうではない魔法使いは斧戦士の両手を握って攻撃を止める。本体が動けなくても分体で攻撃できるので、正直無意味な抵抗である。
「斧戦士さん、めっ」
「……魔法使いさん」
「ケイトちゃんもめっ」
「わたし、悪いことしましたっけ?」
ケイトの両手を掴んで同じことをする魔法使い。両成敗ということなのだろうか。
ケイトがまた斧戦士の地雷を踏んだので、アサシンたちも出てきてケイトを説得する。
「ボク、散々言ったよね? あいつは関わらないのが一番だって」
「で、でも! わたしの家族を、夢のなかとはいえ殺したんですよ!」
「実際にやれるヤツだから夢のなかで留めておいたんだぜ」
「そんな……。わたしはどうやって家族を守ればいいんですか」
「攻撃して倒そうとするのはやめておいた方がいい」
「一番いいのは関わらないこと。突っかかったり、相手のこと調べたり、ストーキングなんてしないこと。すぐ気づかれるから」
どこから出てきたのかツッコミもしないケイトに、相当参ってるな、と舟長は思う。
なんでこの子はボクらの言うことを聞いてくれないんだろう、と思うアサシン。
できれば斧戦士を怒らせないでいてほしい、と剣士は願う。
ケイトはどうして誰も味方してくれないのか分からない。
斧戦士の方は魔法使いに任せっきりだが、順調にいっているようだ。
「めーっ」
「めーっ」
なにがどう順調にいっているのか不明だが、とりあえず怒りのボルテージはだいぶ下がったらしい。別に消そうとした訳じゃないよ、と弁解もしている。
「舟長、JPタブレット取って」
「足りるか?」
「な、なんですか。え、これ食べて大丈夫なものですか」
「大丈夫、美味しいから」
「あ、ほんとだ美味しい……ってあれ?」
何かに気付いたらしいケイト。きょろきょろと視線をさまよわせたのち、一点に集中してここ!と差す。事態が把握できない魔法使いの横に、ケイトの指の先に、黒トキワが出現した。
さっそく魔法使いがぷにぷにと手で遊び始める。
「分体の気配がアナライザーなら読めるのか」
「すげえな。異世界人のリサーチって」
「なにが起こってるんですか!?」
「ジョブレベルが上がって新しいスキルを覚えたのかな」
「ちょうどいい、リサーチを斧戦士にかけてみろ」
舟長の無茶ぶりを、素直に受け入れたケイトは、ズラリと現れた数値に仰天した。
新しいアビリティ『リサーチレベル3』の効果だ。
「攻撃力729!? なんでこんなにあるんですか!?」
「鍛えたからだよ。他を捨ててこれだけを延々と上げるんだ。ケイトもやるか?」
「い、いいです。要らないです」
「スキルの熟練度上げより、こっちの方が楽だと思うんだけどなー」
「斧トキワのステータスは見れたな。レベルも見れるだろ?」
「はい。192、ですよね」
「よーし。斧戦士。本気出してみて」
「……」
軽いノリで言ってみたが、次の瞬間襲ってきた重圧に、舟長は若干の後悔を覚える。
自らリサーチをかけてみるが、項目はほとんど見えない。というか、数値のところが文字化けしている。ハテナで埋め尽くされた中にやけに画数の多い感じが紛れ込んでいる。
横目でケイトの様子を見ると、彼女は冷や汗をかきながらも健気にリサーチをしていた。
そっと後ろに回り込み、異世界人のリサーチを眺める舟長。
驚くべきことが起こった。
「え、なにこのハテナの羅列は……。って消えてく? あ、ああ、どんどん省略されて……」
最初は舟長のリサーチと同じく、広がるアナライズ画面が見えていたのだが、それが削られるようにして下からどんどん消えていくのだ。リサーチレベル2の状況にまでさかのぼったが、削除は止まらない。弱点が見えなくなって、HP表示がなくなる。レベルは当然???のまま消えて、最後に残った名前すらも、ハテナに埋め尽くされる。
ぎりぎり見えたこいつの名前は、真トキワというらしい。
「おまえの名前、真トキワって言うの?」
「便宜上そう名前がついているだけだ」
「そろそろオレが疲れてきたから、その波動やめてくれない?」
「いいよ」
軽いノリで頼んだら、即座に引っ込めてくれた。感謝感激である。
ケイトが椅子にもたれかかって荒い息遣いを繰り返している。そういえば、ケイトはコイツの目の前にいたのか。悪いことしたなと思う舟長であった。
剣士とアサシンがのっそり動いた。本気中は体力を消費しないように、じっとしていたのだ。
「魔法使いちゃんはなんともないの?」
「なにが?」
「魔法使いさんに当たらないようにぐらいは調節できるさ」
「ああ、そういうね」
「で、今のおまえは何トキワなの?」
「いつもの斧戦士さんさ☆」
「無理すんな。変わってないだろ、絶対」
なにが? と聞いたのに答えてもらえなかった魔法使いが首をかしげている。
「おまえ、オレたちがこっちで何してたと思ってたの?」
「いやあ、なんかうずくまってるなあ、とは思ってたけど」
「それだけかーい。ちなみに、魔法使いから見て、今の斧戦士、誰に見える?」
「へ? いつもの斧戦士さん」
「使えねー!」
「そんな舟長にベルセルクアタック!」
「あ、違う! このテンション、いつもの斧戦士だ!」
舟長が多大な勘違いをしているが、実際は斧戦士だと思っているのが真トキワである。
斧トキワという自我はほとんど存在せず、斧を主に使っている真トキワがいるだけだ。
黒トキワやまだ出番のない裏トキワなんかとは違うのだ。
「舟長は死んだ……」
「リバーイブ!」
「ただいまー」
「死んで、ってええ!? 生き返った!?」
「いつものことだぜ」
「剣士、さすがにしつこいよ」
「まだ四回目だぜ!?」
ケイトはこのカオスな雰囲気に、負けないようふんばった。
「わたしはアナライザーとして有名になる、そのためには負けられない! わたしも混ぜてくださーい!」
「!?」
「その発想はおかしい!」
「いや、たまには負けることも必要だよ!」
ケイトが成長して、万境のアナライザーとか呼ばれるようになるのはずっと先の事である。




