ケイトと悪夢3
次の日……。
ケイトは前日と同じように食堂に現れ、スカイアドベンチャーとともにどこかへ消えた。
行き先はなんと中庭。ケイトは驚いて止めようとした。
「斧戦士が、メグって子にも伝えたいらしいぞ」
舟長の言葉を素直に頷きかけたケイトだったが、斧戦士という単語にピクリと眉を動かす。
が、それ以上のことはしなかった。
それどころか自分でメグのところに案内するという始末。どうしたのだろうか。
「メグは繊細ですからね。優しく接してくださいね」
「……? 何故こっちを見る?」
「ケイト、そいつにケンカ売っても無駄だ。諦めろ」
「むむー。ホントにメグは優しい子なんですよ」
「それは分かったから。さすがに初対面の子には優しくするだろう。するよな?」
「努力はする」
斧戦士から破格の言葉を引き出したケイトの剣幕。魔法使いはその威力に戦慄した。
負けたくない、と思った。
「斧戦士さん! 駄目だよ、絶対!」
「そんな虐めないよ」
斧戦士は参ったようだ。お手上げ状態だ。
なにも、斧戦士はすべての人類をいじめようと思っている訳ではない。だいたい、ほとんどの人間は路傍の石同然で、斧戦士は彼らに注意を払おうとしない。ごく少数の魔法使いや自身の敵に対して徹底的な敵意を振りまくことはあっても、たいていの人間はおちょくるだけである。それが楽しいのだから。
よって、初対面のメグには路傍の石対応がされる。
なんだか最近ケイトへの当たりがきついのは、彼女がやたら突っかかってくるからだ。斧戦士は相手が先にやったのだから、返しているだけだという態度を崩さない。
「あれがメグちゃん?」
「はい、そうです。メグ、ちょっといい?」
「ケイト! と誰? たくさん……」
「この人たちはスカイアドベンチャー。メグにも話したことあるよね?」
「ああ、ケイトが憧れって言ってた冒険者の人たちだよね。どうしてその人たちと?」
「う、うん。昨日話した夢のことで、ちょっと調べてくれたから、メグにも報告したいなって。それだけなんだけど。ごめんね、お昼の時間に来ちゃって」
ケイトは謝った。できれば、この静かな時間を他人には邪魔されたくなかったのだが、仕方がない。メグと長い時間会えるのはこのお昼休みぐらいなのだ。
「ほかの時間には会えないじゃない。いいよ、わたしは。あの、スカイアドベンチャーの皆さんも座ってください。そうだ、夢といえば、わたし、あのデコレーションを持ってきたの」
「それはありがたい。確認したいことがあったんだ」
斧戦士が手を伸ばす。が、ケイトにペシンと叩かれて、冷たい視線になる斧戦士。その間にケイトはメグから置物を受け取って斧戦士の手に乗せた。
何の違いがあるんだよ、と思う斧戦士。斧を振り回したい欲求にかられたが、相手は支援課の一年生。隣に初対面のメグもいる。斧戦士はぐっと我慢した。
「……ありがとう」
重低音のありがとうである。スカイアドベンチャーの面々も苦々しい顔をしている。
友だちを守りたいのは分かるが、少々過保護ではないだろうか。
メグも不思議そうにケイトを見つめている。
「それで、何か分かったんですか?」
「……、やはりこれは本物のようだな」
相変わらず挑戦的な姿勢でぶつかってくるケイト。
斧戦士は嫌気が差しているようだ。斧戦士には珍しく、早く帰りたいと思った。
さすがに見かねたアサシンが割って入る。
「ケイトちゃん、ちょっと今日強気すぎじゃない?」
「ケイト、そういう態度はあんまりよくないと思うの」
なんと、おとなしいはずのメグにも反逆されたケイトはショックを受けたようだ。
メグという少女は、おとなしくはあるが芯のある人物であるらしい。言も動も、ふにゃふにゃしている魔法使いとは違う。唐突なディスりに魔法使いはドキッとした。
「ありがとう。貴重な品だ、大事にとっておくといい」
「ありがとうございます!」
置物は斧戦士の手から、ケイトを経由せず、メグの手に渡る。
今度のありがとうは明るく快活だった。メグは笑顔で感謝の意を返す。
いい風景だった。
魔法使いも特に反応してないし。ただケイトだけがむすっとしていた。
「わしが思うに、なんかあっちは明らかにいいデコレーションっぽい」
「分かる。本物っぽいよな。日の光で見ているせいか?」
「昨日も太陽の下で見ただろうが。だが、確かに違って見えるな。あのデコレーションなら買ってもいいと思う」
「色合いは同じ赤・黒・金なのに、ずいぶん上品な感じに……。これなら選んだ趣味を疑われない」
「このあとにこっちを見ると?」
斧戦士が右手を広げると、そこにはケイトの置物があった。
ガラス玉のなかは重くよどんでいる。周りの金の装飾はやけにキラキラしていて、不釣り合いだ。なんというか、ひとことで表すなら、パチモンといった感じ。
ケイトはまだ反省中で気付いてない。
「まあ、これはホログラムなんだが」
斧戦士の手のなかでくしゃりと崩れるホログラム。それを見て魔法使いがはしゃぎ始めた。
「ホログラムではないです、ではなくてホログラムなのか!」
「おまえは何を言って……」
「指輪からホログラムが射出されるんですね、分かります」
「ちょっと黙ってろ!」
舟長にはたかれて魔法使いの暴走は止まる。斧戦士の機嫌がちょっと回復した。
「本物の置物はどこにあるの?」
「オレが保管しているぜ。一番安全だって言われたからな」
「剣士が? どうして?」
「それはこれから説明する。ところで夢は見たか?」
「ああ、ケイトの言ってた通りのな。オレの鏡にも赤い影が映ったぜ」
ふむ、と唸る斧戦士。なにか腑に落ちないところがあったようだが、気にせず話を続ける。
メグがケイトを揺らして起こしている。
「え、メグどうしたの」
「どうしたのって。ケイトこそずっとうつむいてて。どこか具合が悪いの?」
「ううん。ちょっと反省してただけ。さあ、真相とやらを教えていただきましょうか!」
変わらないケイトの態度に、斧戦士は諦めを知る。
「これは恋人と夢で逢えるという魔法具だ」
「こ、こいびっ!?」
「えっ、じゃあギル君は……」
「魔法具? じゃあ元の魔法があるの?」
二人して挙動不審な態度を取る支援課の一年生。無理もない、一人はそんな存在がいなくて、もう一人は片思いだと思っていたのだから。
そして空気を読まない魔法使いの言葉である。
魔法具とは、魔法の力が入ったアイテムのことだ。魔法使いも、ワープの魔法を込めた杖や、攻撃魔法を込めたオーブなどを開発している。
「鏡を使って現実の距離を無視する魔法を、夢のなかで発生させているらしい」
「うーん。そんなテレビ電話みたいなすごい魔法、知らないなあ」
「それがどう恋人に繋がるんだよ?」
「いま一番関心のある人物と会うことができるようだ。だから人によっては家族や見知らぬ人が映るのかもしれないな」
「オレの鏡に人が映らなかった原因は?」
「知らん。パチモンだからだろ」
「雑! 理由が雑過ぎるだろ!」
剣士が憤慨して言う。興味のないことにはとことん適当になる斧戦士である。
「それで、遠距離恋愛用のアイテムだと分かった訳だが……。メグ、どんな夢を見たのか教えてくれないか」
「はい、分かりました。廊下の端に向かって歩いていくと鏡があったんです。そこの鏡にはギル君が、わたしの……昔の友だちです。ギル君が映っていて」
本人から言葉を聞いたわけでもないのに、恋人というのははばかられたらしい。
メグは敢えて友だちだと表現する。
「ギル君は遠い大陸で一人で頑張っているんです。だから応援してあげたくて。そしたら、鏡の向こうのギル君が振り返ったんです。わたしと目が合った瞬間、夢は終わっていました」
「ふむ。本物も鏡のある廊下というのは変わらないらしいな」
「どこのことなんだろうな。夢を見ている本人は自宅だと錯覚するようだが」
「これってもしかして、そのギル君も夢を共有している可能性があるの?」
「たぶん。魔法の性質から言って、鏡の向こう側にメグを見たかもしれないな」
「ど、どうしよう。見えてないだろうからってたくさん応援しちゃった……。プレッシャーになってないかな」
心配のあまりうずくまるメグ。斧戦士はフォローに回る。
「もし夢を見たというなら、向こうも少しは気にしていたのだろう。だから回線がつながった。これから少年はメグを強く意識するだろう。その結果、いつか相思相愛になってもおかしくない」
「飛躍してるなあ」
「メグちゃん可愛いから余裕でしょ。幼馴染ポジション?」
「幼馴染ではないです。ホントに昔一緒に遊んでいた友だちだったんです」
「じゃあ覚えてるかも! この子、いつも遊びのときに後ろの方で隠れてた子だ! みたいな感じで」
「どうしてそのことを知ってるんですか?」
「おお、同士よ」
※幼いころの魔法使いはぼっちだった。
舟長たちと会ったのは十五のときなので、割りと最近です。
「ホームシックぐらいはなってるかもな」
「何故、あげてから落とすのか」
斧戦士のうっかりな失言は、幸運にもメグには届かなかった。
アサシンが時計を見た。そろそろ長居し過ぎな気がしたのだ。
メグのお弁当はほとんど減ってない。
「さあ、ボクたちはそろそろ退散しようか」
「もうそんな時間? ってあと十五分あるじゃない」
「でも、メグちゃんもケイトちゃんもお昼取ってないでしょ」
指摘されて初めておなかの減りに気付いたケイト。
今日は直行で中庭に来たので、何も食べていないのだ。
それはスカイアドベンチャーも同じ条件だったが、口には出さない。
「ケイト、久しぶりに一緒にご飯食べようよ」
「……う、うん」
「スカイアドベンチャーのみなさんもどうですか?」
「いいや、オレたちは食堂で食べるって決めてるんだ。悪いな、誘ってもらったのに」
「いいえ。それじゃまたどこかで」
二人に手を振って、スカイアドベンチャーとケイト&メグはさよならをした。




