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ケイトと悪夢2

 

「それで、それが悪夢を見させている代物なのか?」


 場の雰囲気を変えるために舟長が発言した。

 アサシンがそれに乗っかって、斧戦士の手からいわく付きの置物を奪い取る。

 斧戦士は魔法使いを見つめるのに忙しかったのか、抵抗はしなかった。


「たぶん、そうなんじゃない?」

「オレたちが預かっていれば、ケイトは悪夢を見なくても済むんじゃないか」

「代わりにボクたちが悪夢を見るの? 勘弁してよ、ここんとこ寝不足なんだから」

「手っ取り早く壊しちまうのはダメなのか?」


 ケイトの涙を拭いていた剣士が置物をまじまじと見た。


「ダメだろ。ホラー系の悪夢を見せてるんだ、そうとう恨みがこもってるに違いない。壊すなんて論外だ。そんなことしたら恨みが増強しちまう」

「恨みうんぬんは舟長の憶測に過ぎないけど、まあ、見た目はやばいよね、これ」

「まが☆まがしてるよな。このガラス玉なんて赤と黒でちょっとグロテスクだぜ」

「これに羽根が生えたらラスボスですな」

「おまえは何を言ってるんだ」


 魔法使いも身を乗り出して置物を覗き込む。

 置物の見た目は中央に変な色のガラス玉、それを支える台座が金メッキという、ケイトの趣味を疑うものだった。これならドクロがたくさんついたアクセサリーの方がましだ、と魔法使いは思う。アサシンが胸元のデスネックレスをいじった。


「レーザー光線とか出してくるに違いない。で倒すとMP全部持ってかれる」

「魔法使い、ちょっと黙ってくれないか?」

「うぇい」


 ここで泣きはらしたケイトが再登場した。

 テーブルの上に鎮座した置物を見て、あーと声を上げる。


「チェリルさんもおんなじの持ってたんですねー。この間のお祭りで買ってきたんですかー?」

「そういう発想でくるか……」


 自分のものだとは考えないケイトに、セスがため息をもらす。

 こんな変わった置物がひとんちにもあるという偶然を、盗んだという可能性よりも信じたのだから。

 ケイトはセスの反応にハッとして、スカイアドベンチャーをぐるりと見まわした。


「え? まさか、わたしの家から持ってきたって訳じゃないですよね……?」

「そのまさかだ」


 斧戦士が堂々と答えた。ケイトは斧戦士の胸ぐらをつかんで叫んだ。


「かなり控えめに見ても、窃盗なんですけど! 犯罪! わたしの言葉分かりますか!?」

「えらく怒ってるな」

「他人事みたいに……あれはなんなの? どこで買ってきたものなの?」

「モードさん……。この人、話を聞いてくれないんですけど!」

「キミも大概だけどね。少し落ち着いて。斧戦士が言うことには、これが呪い……悪夢の原因らしいんだ。知ってることを教えてくれないかな」

「えっ。そんな、嘘ですよね!?」


 斧戦士から手を放して、今度はアサシンにすがりつくケイト。

 嘘だ、と言いたい気持ちは痛いほど分かるが、いまはできるだけ情報が欲しいアサシン。

 その問いには答えず、ケイトが落ち着くのを待つ。


「嘘なの?」

「嘘じゃないよ。視覚化するとこんな感じ」

「うわ、エグーい」

「なにが見えてるんだ? オレにも見せてくれよ」

「ほい」

「……これやばいんじゃねーの?」

「だから、さっきそう言ったじゃないか」


 ケイトと対話するのはアサシンに任せて、剣士、魔法使い、斧戦士は固まってなにかを話している。魔法使いが地味にケイトから距離を取った。

 とりあえず嘘ではないことが確認できたので、ケイトも少し冷静さを取り戻す。


「そのデコレーションは、セデック地区のお祭りに行ったときに屋台で買ったんです。友だちとお揃いで。お店の名前は覚えてません」

「これにどういう作用があるとか、説明はなかったの? ほら、恋占いだとか、金運上昇だとかさ」

「お店のカウンタ―に何か書いてあった気がしますけど、それは覚えてないです」

「ふうん。ありがと。あのさ、ケイトちゃんも座ったらどう?」

「そんなことをしてられません! メグが危ないかもしれないんです!」

「メグって言うのは友だちの名前?」

「あ、そうです。気が弱くておとなしめの子なんですけど。メグもこの夢を見ているなら、きっと泣いてます! わたしも、泣きそうだったんですから」


 うーん、と考え込むアサシン。自分が泣きそうだから友だちも泣いているだろう、とは飛躍しすぎている気がしたのだ。

 だが、友を案ずるこころに悪はない。アサシンはケイトがメグのもとに行くことを許した。超特急で見えなくなるケイト。若い子は元気だな。


「そういう話らしいけど、なにか分かりそう?」

「……どうだろう。実際に店で聞いてみないことにはな」

「いってらっしゃーい」


 のんきに魔法使いが手を振る。


「まさか今から行く気じゃないよね?」

「魔法使いさんが応援してくれるんだから、頑張らないとな」

「あ、行くんだ」

「午後の授業は休むぜ」


 その捨て台詞はどうなんだ。

 斧戦士は、ステータス上の素早さをかなぐり捨てて、超特急で視認できなくなった。

 斧戦士が消えた方向に手を振る魔法使い。


「あいつ、単位は大丈夫なのか?」

「どうせ分体が出てて、出席だけは取るってパターンだよ」

「ああ、そう」


 舟長は心配した自分がバカらしかった。

 アサシンはそこまでする根性が凄いと思った。

 剣士はどこまでも教師をおちょっくた態度を称賛したくなった。

 魔法使いは次の授業について考えていた。

 そして、加速する斧戦士は、セデック地区で早くも聞き取りを開始していた。




 授業が始める前に、メグに会いたくてわたしは走った。

 時刻は12:30。まだ大丈夫、10分ある。

 確かこの曜日のメグの日程は、午後から放課後まで授業で埋まっていたはず。


 自宅から通うメグは、放課後だらだらしないですぐ帰ってしまう。

 だから、会うタイミングはこのお昼休みしかなかった。


 走りすぎで横っ腹がいたくなるけど、今はそんなのには構ってられなかった。

 教室、いない。図書室、いない。食堂、ちがう。

 あの子がいつもいるのは……中庭! 教務室を抜けた先にある静かな場所!


 ケイトは加速を緩めた。そうでなくても身体はもう限界で、がくがく言わせながら見覚えのある後ろ姿に近付く。


「はあ、はあ」

「誰……? あっケイト! 朝ぶりだね」

「め、メグ。急で悪いけど、昨日変な夢見なかった?」


 急いで息を整えて、肝心の問いを押し出す。メグは不思議そうに答える。


「夢? そういえば、わたしも夢のことでケイトに話したいことがあったんだった」

「え……それってどんな……」


 ケイトは最悪の可能性を危惧した。メグの表情をよく見ていれば、そんなことはないと分かっただろうに。メグは喜色を満面に浮かべてケイトを見た。


「あのね。夢の中にギル君が出てきたの」

「ギル君? ……ってメグの好きな人の?」

「うん」


 はにかむメグのなんと可愛らしいことか。ケイトは自分の予想が外れて、嬉しいのか悲しいのか分からなくなっていた。


「鏡の向こうでギル君が頑張ってるのが見えたから、わたし、精一杯応援したんだ。聞こえる訳ないんだけど、それでも少しでも支えになれば嬉しいなって」

「そ、そう……」

「そしたら、ギル君がこっちを見てくれたの。一瞬で、夢もそこで終わっちゃったけど」


 ギル君、本名ギルバート・セデックは、メグの同級生である。

 ケイトとメグで行ったお祭りを古くから支える家の生まれで、学校に入る前からその才能の片りんをにじませていたという。今は、そのエリート性を買われ、海の向こう側の大陸で一人奮闘しているという健気な設定がある少年だ。

 その彼を、初めて見たときから思い続け、今も思いを寄せるメグも相当健気ではあるが。

 ケイトは身体の力が抜けるのを感じた。

 どさっと倒れこんだケイトに、メグは持っていた本を放り投げて覗き込む。


「だいじょうぶ!?」

「う、うん。なんかほっとしちゃって……」


 涙もにじんできた。はーと一息ついて、自分の予感が間違いだったことに安心する。

 メグが泣いてなくて良かった。勘違いにほほが熱を持つ。


「ケイトが心配してた夢ってどんなの?」

「ううん、なんでもない。メグが悪い夢を見ていないならいいの」

「ねえ、気になるから教えて」

「ダメ。メグ、そろそろ授業でしょ? 遅れちゃうよ」

「もう、ケイトったら。あとで教えてもらうから!」


 芝生に落ちていた本を拾い上げ、慌てて教室に向かって駆けていくメグ。

 それを見送って、ケイトは息を吐く。

 ケイト自身は、午後一の授業はない。だからゆっくりしていいのだが……。

 ケイトは軽く息を整えると、逃げ出すかのようにして中庭を去った。


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