ケイトと悪夢1
「チェリルさん、最近、わたし変な夢を見るんです!」
昼食中のスカイアドベンチャーに突撃してきた者がいた。普段、この異常視されているパーティーに近付くものはいない。現に、このお昼の時間、食堂に座れない者がいるというのに、スカイアドベンチャーの周りには人一人っ子いないのだ。
それをものともしなかったのは、キャサリン・ノーマン。学園ではケイトと名乗っている彼女は、そうせざるを得ない理由があった。
「もう、眠れなくて眠れなくて!」
「ケイトちゃん、少し周りを見ることも大切だよ」
アサシンにたしなめられて、ケイトの視線はぐるりと360度回った。
食堂にいる生徒の目がみんな自分を見ている。かーっと顔が熱くなるのを感じた。
ケイトは泣きながらうずくまった。
あのあと、昼食を終えたスカイアドベンチャーは席を変えて、支援課の訓練所に来ていた。
チェリルとダンサーになったケイトが対戦をしたあの場所だ。
練習している生徒たちの邪魔にならないよう、すみっこを陣取って、芝生の上に座る。
「それで、悪夢の話だけど、詳しく聞かせてくれる?」
「うちには悪夢の専門家がいるからな」
専門家と呼ばれた斧戦士はいつもと同じように無表情だ。気取らせないとしている訳ではなくて、興味がない感じの。
「はい。昨日の夜ですね、夢を見たんです。夢の中で自宅の廊下を歩いていたんですけど、廊下の突き当りに鏡があって。ほんとはそんな鏡ないはずなんです。うちの廊下、そんなに長くないし」
いったん言葉を区切る。曖昧な夢の内容を思い出そうとしているのか、視線が上を向く。
斧戦士が真横に首を傾げた。
「なのに、夢の中のわたしはその鏡に向かって歩いているんです。だんだん鏡に近付くうちに、周りの景色が消えて、赤黒い背景に変わっていって、とうとう鏡にたどり着いた時、鏡にはわたしじゃなくて誰かが映っていて……。そこで目が覚めるんです」
「悪夢だね」
「分かりやすい悪夢だな。ホラゲーかっつーの」
「それで、斧戦士さん。これは斧戦士さんのやったことなの?」
「えっ」
「違うな」
斧戦士がはっきりと断言する。やったかどうかは否定してないのがミソだ。
ケイトが固まっている。悪夢のスペシャリストってそういう……という声が聞こえた。
「そもそも、斧戦士さんも悪夢を仕掛けたの?」
「ああ。だがおれの仕掛けた悪夢はちょっとしたいたずら程度のものだ。こんなにまがまがしくはしてない」
「えっかけたんですか。どうしてですか」
「おれの悪夢は、巨大な犬が現れて、ケイトを連れ去っちゃうみたいな、明るくてポップな感じだぞ。全然違う」
「その悪夢のどこが明るくてポップなのかは聞かないが、確かにおまえのしわざではないようだな」
「いいんですか!? それで!」
驚きっぱなしのケイトである。目の前の男が悪夢を仕掛けているというのだ、そりゃあ何が何でも止めたくなるかもしれない。
「ケイト。こいつは魔法使いにはびっくりするほど素直な男だ。ここの一言は信用していい」
「いやでも、わたしに悪夢を見せているんですよね!?」
「見せてはいるが、時期がおかしい。おれの悪夢は四日後に発生するはずなんだ。そういう風に設定した。もしかしたら機器が壊れていて……という可能性も考えていたが、違うと分かって一安心だ」
「わたし、週末にまた悪夢を見るんですか!?」
「今度は違う悪夢らしいよ。期待して待ってなよ」
「無茶言わないでください! こうなったら、土曜日は寝ないで過ごすしか……」
「その辺も対策済みだ。ゆっくり悪夢を堪能するがいい」
「なんで喜べないサービスを提供してくるんですかー!」
とうとう泣き出したケイトをアサシンが同情した目で見た。剣士と舟長が、うろんな目で斧戦士を見る。斧戦士はそっぽを向いた。
「あーあ。泣いちゃったぞ」
「魔法使いさんじゃないせいか、まったく心に響かないね。むしろ気分の高揚を感じる」
「いじめっ子体質かよ。始末に負えねーな」
「ところで、話題の悪夢はまったく解決してないんだけど、どうする?」
アサシンが泣いているケイトの頭を撫でながら言った。そういえば、とスカイアドベンチャーが座りなおす。
「……あの子が泣いている間に、ちょっとずるして見てくるか」
「分体に行かせるの?」
「うん? もちろんそうだがどうかしたのか?」
「いや、キミの不思議な力の片りんを見れるのなら、と思って」
「あー、アサシン。非常に言いにくいことなんだが」
「え、もう行っちゃったの!?」
「ずるして、のときには既に……」
「ずるい! なんで見せてくれないの!」
「あんまり見せるものじゃないし……ほかの場所で張ってた分体を行かせたというのも理由でな……」
アサシンの剣幕にたじたじな斧戦士。魔法使いがのんびりと言った。
「帰って来たときに見ればいいじゃない」
「その手があったね」
「噂をすれば。戻ってきたようだ」
斧戦士が虚空に手を伸ばして言う。その手を下ろすと同時に、黒い塊が降ってきた。
斧戦士の分体、黒トキワである。見た目はスライムに似ていて、ぷにぷに動いている。
分身とは違って、個別の意識を持つ分体。今も、盗ってきた置物を無造作に斧戦士に投げて、分体自身は魔法使いにすり寄っている。
斧戦士も対抗して魔法使いのそばに行ったものだから、魔法使いはトキワでサンドされた。
「すっごく挟まれてる感がある」
「うん。すっごい挟まれてる」
挟まれている魔法使いは、黒トキワを膝の上にのっけて、指でつんつんする。
これでとりあえず挟まれてはいない状況になった。
つつかれた分体は幸せそうに目を細めている。黒トキワは表情のないのっぺらぼうだが、出ているオーラが明るい色に変色していた。たぶん、喜んでいるんだとおもう。
斧戦士はつまらなそうに魔法使いを見るが、彼女は気が付いていない。
「ねえ、その黒トキワ少し貸してよ」
「いいよー」
魔法使いがテーブルの向こう側にいるアサシンに黒いスライムを手渡す。
スライムの幸せそうなオーラは消え去り、デフォルトの黒い霧が出現する。
斧戦士の機嫌が少し直った。
「そんなに露骨にがっかりしなくてもいいじゃない!」
「オレ的には、どうしてそんな得体のしれないものを膝に乗せられるのか。そっちの方が気になる」
「なんだよ、舟長。代わりに膝枕してくれって暗に訴えてるのか?」
「一言も言ってねーし、含めてもないわ!」
「ええー、したいならいいよ。膝枕ぐらい」
アサシンが誘うようにそう言うと、舟長はたっぷり考えた後、断った。
「正気を失いそうだからやめとく」
「ヘタレー」
「正気を失うってなによ。たまりすぎじゃない?」
「おまえ、意味わかってんのか?」
「え? 下半身がやばいって意」
「知ってるならいい。説明せんでもいいから」
魔法使いの口を抑えて、押しとどめる舟長。一応女性なので、そういうことは言わせてはまずいだろうと、気を使ったのだが。本人はまるで気が付いていない。




