アナライザー9
チェリルは大喜び。あ、SPすっからかんだけど、どうしよう。
そんなチェリルを、トキワが抱え、屋根から飛び降りる。はるか下の地上で慌てるケイトが見える。
トキワはそれを見ながら、空中で何かを掴み、いったん衝撃を殺す。それから重力に逆らって、ふんわり落ちてきた。
「いまあいつ何もないとこ掴んだよな?」
「ああ。相変わらず、訳の分からんヤツだな」
「二段ジャンプまではデフォにしてほしい」
「なにを言ってるか分かんないよ」
「……」
ケイトの疑念のこもった目がザクザク刺さるが、トキワは一向に気にしない。
もはやあのカッコよかったトキワと同一人物なのかどうかさえ、はっきりしなくなってきた。ケイトは考える。さっきの犯罪発言といい、いまの不可思議な動きといい、関わらない方がいい人物なのでは、と。
しかし、ケイトはスカイアドベンチャーに恩義がある身。さらに生来の性格も相まって、誰かを批判することは難しい。ただ、じっと見つめることしかできない。
「ガン見してる……?」
「たぶん、魔法使いさんじゃなくておれを見てるんだと思うよ」
「なんで斧戦士さんを?」
「さあ。色恋の類でないことは確かだ」
見られているからといって、夕方の時のように優しく接することはない。
チェリルがいないところで泣かすのは問題外だが、チェリルがいるならそちらを最優先に構う必要がある、とトキワは思っている。優先順位の下がったただの人間に神経を割く必要はない。ましてやその眼に敵意が宿っているなら、排除も考えなくてはならなかった。
「ケイトちゃん、そんなガン見してもそいつからの反応はないと思うよ」
「……モードさん」
「ごめんね、今日は長くまで付き合わせて。さ、お家に帰ろう?」
「はい。ありがとうございます」
「あいつのことを考えすぎるのは建設的じゃないぞ。なんか魔法使いに粘着しているストーカーだと思った方がいい」
「ストーカーとは……的を射た言葉だな」
「本人が納得してどうする」
モードの誘導でケイトがトキワから目をそらす。一様にほっとするスカイアドベンチャー。
やや冷気が漂っているトキワなんかに近付きたくないが、一応三人を代表してバートが文句を言いに行く。小声で。
「おまえな、素人の子に殺気とか大人げなさすぎ」
「生意気に睨みつけてるから、教えてやろうかと思って」
「殺したりしないよな?」
「脅かすぐらいでとどめておくよ」
「登校拒否とかにするなよ、絶対だぞ!」
「今の振りなのか?」
「なにが?」
「ううん。なんでもない。こっちの話」
「振りな訳ないだろ! どんな聞き取り能力してんだ!」
小声で怒鳴るバート。
振りかどうか聞いたとき、普通のトーンになっていたせいか、隣にいたチェリルにも声が届いたようだ。しかめっ面のバートと、素知らぬ顔のトキワを不思議そうな目で見ている。
「この度、ダンサーをマスターしたケイトだが、次に転職したいジョブとかあるか?」
「あのときは忙しかったから存分に聞けなかったんだよね」
「え、えーと。まだその転職ってのがよく分かってないんですけど、モードさんが使ってたラッキースターは何のジョブになれば覚えられるんですか?」
「ああ、あれは学者系のスキル。極めるのに結構時間がかかるけど、ラッキースターだけ欲しいなら話は別。ダンサーと同じくらいの時間で取れるよ」
「へー。学者系ですかあ」
メモをしようとして、この暗がりでは文字も書けないことに気付く。取り出した紙を真っ赤な顔でしまう。何故、赤面しているのか分からないが、それを隠そうとすればするほど、ますます顔は赤くなる。
「あと覚えとくと便利なのが、マジカルバリアだな。これは僧侶系のスキルなんだが、魔法に対する耐性をぐーんと上げられるんだ」
「単純に魔法防御だけを上げるスキルは覚えてないんだよ。覚えられない、というか。あるにはあるんだけど、ケイトちゃんなら覚えられるかも。道のりはすごく遠いけどねー。あと全体補助スキルだから、SP消費が重いのなんのって」
「モードさんたちにもできないことってあるんですか!?」
仰天して、いつもより大きな声が出る。慌てて口をふさぐがもう遅い。この辺の誰にも見られなくてよかったーと思いながら、そろそろと手をもとの位置に戻す。
「そりゃあ、あるぜ。たくさんな。システムを乗り越えるとか特に苦手分野だからな。ケイトみたいにヒールダンスを踊っても、踊ってる間ずっと回復、とかはしないんだ」
「ケイトちゃんのヒールダンス、良かったよね。ボクらは、回復量の少ない全体回復魔法としてしか発動しないから、ヒールダンス、ほとんど使わないんだけど。ケイトちゃんなら疑似リジェネができるから役立つよ、きっと」
べた褒めするモードに、ケイトの頬もゆるむ。
「えへへー。……ところでリジェネってなんですか?」
「毎ターン、ちょっとずつ回復が行われることだぜ。毎ターン回復魔法を唱える手間が省けるいいスキルだ」
「これもめったに使わないけどね。ヒーリングエリアを連打した方が強いんだもの。だけど、ケイトちゃんなら、ボクたちが使わないスキルたちにも、違う使い方ができるかも」
「オレたちが忘れてるスキルで無双する日が来るかもな。どんなジョブも、決して無駄にはならない。だから、どれがやりたいじゃなくて、とにかくやってみるってことも大事だ」
期待や激励を寄せてくるモードやセスに、ケイトは居ても立っても居られない気持ちになる。自分はそんなすごいものなんかじゃない、と否定したくなる心をぐっと抑えた。
「……わたし、アナライザーとして有名になりたいんです。家族がアナライザー一家で、だけど、父も母もアナライザーの仕事はしてないんです。だから、悔しくて。学園にもアナライザーの生徒は全然いないし、アナライザー専門の先生がいないって聞いた時、がっかりしました。もっと専門的なことを習って、もっと頼りになる存在になりたいんです」
ケイトはもう見えつつある実家を見つめる。弟なんか、アナライザーにはならないと決めてるし。そんな弟にも見せてあげたかった。冒険者の間で引っ張りだこなアナライザーの姿を。
「そのために、スカイアドベンチャー式の強化方法を試してみたかったんです。わたし、そんなすっごくいい子じゃない。モードさんやセスさんが期待してるほど、できないですよ。きっと。いままでもそうだったんだから」
目に涙がにじむのが分かる。こんなみっともない顔を見せられなくて、ケイトはうつむいた。突然立ち止まったケイトに気付いて、バートたちも足を止める。
「……あのな。別にスカイアドベンチャーを利用してることは悪いことじゃないんだぜ。オレたちも学園というシステムを使ってもっと強くなろうとしてる」
「ボクなんか、アサシンの名は冠してるけど、実は氷魔法も得意でね。ダンスもできるアナライザーになればいいんだよ。それじゃいけない?」
「……ほんとに、ほんとにいいんですか?」
涙がほほを伝っていく。自分が醜い欲望を抱えているんじゃないかと不安になって、打ち明けたら、受け止めてくれた上に、慰めようとしてくれている。こんな幸せなことがあっていいんだろうか。こんな優しい人々を利用していいんだろうか。
「斧戦士さんなんか、斧使いでありガンナーであり、そして剣使いでもある。トリプルウェポンマスターだぞ」
「銃も剣も扱える斧使いって言ってほしいなー」
「スカイアドベンチャーは、一人でたくさんの役割を持つのは普通だぜ。回復ができて、状態異常攻撃も得意で、補助スキルも使えるアナライザーなんて最強じゃないか。下手すりゃ、ソロも行けるぞ」
「なんだったら、舟長の代わりにケイトちゃんがスカイアドベンチャーに入ってもいいんだよ。ちょっと盗みスキルを覚えてもらわなくちゃいけないかもしれないけど」
「魔法使い、テメーなにを言ってやがる」
「要約すると、舟長はサブパーティーにすっこんでろって訳!」
「よーし、そのケンカ買ったぁ!」
バートとチェリルの言い争いに、ケイトは割って入ろうとする。
これは自分の問題なんだから、二人を争わせてはいけないとおもったのだ。
しかし、伸ばした手はモードにとどめられて動かない。
「あれは単なるじゃれあいだから。気にしないで」
「いつものことだぜ」
セスが本日三回目になるセリフを言い放った。
「何が迷いの原因なのかは知らんが、少なくともそこの二人の言葉は信じていいんじゃないか。魔法使いさんは言ったんだろう。おまえを有名にしてやると。ならば、おれたちはその言葉に正しく努力する必要がある」
「なんか難しいこと言ってるけど、要は魔法使いちゃんが言ったから、協力してやるよってこと。ボクはキミのことすっごく気に入ってるから、もちろん全力で手伝うよ」
「オレは同じ支援課としておまえを応援したい」
素朴な言葉がケイトの心を打つ。涙は止まっていた。
「わたし、弱音を吐くのは今日までにします。明日から頑張って、夢を叶えます」
「その意気だ! ケイトちゃん、また来週会おうか。ヒール!」
「チェリルさん? わたし怪我してないですよ?」
「その泣いた顔で親御さんのもとに返せるわけないじゃない。笑って!」
「うぅ……。チェリルさん、ありがとうございます……」
「もっかいヒール要る?」
チェリルのセリフが最後だった。玄関までの送迎を断ったケイトが離れていく。
ときどき後ろを振り返って、手を振るのが可愛らしい。
ついに長い冒険を終えて、自宅へと帰還するケイト。なかで誰かが待っていたのか、驚いたような表情をする。しかし、次第に笑顔になって最後に満面の笑みを浮かべると、ケイトは見えなくなった。
「無事帰せたな」
「舟長が無駄に張り切るから、こんなに時間たっちゃったじゃない」
「頑張れと言われたからその成果を見せてやりたかったんだよ」
「こらこら、ボクらもおうちに帰るよ」
「歩くの、かったりーな」
「魔法使いさん、できる?」
「おうよ、まずはSPを回復してからね」
その場でバリバリ、SP回復タブレットを食べるチェリル。回復アイテムの効果2.5倍の威力はすごい、ばりばりSPが回復していく。ちなみにSPとはスキルポイントの略である。
チェリルが杖を掲げて、仲間たちを見た。全員とアイコンタクトが成功する。全員の手がつながれたのを確認して、チェリルはその魔法を唱えた。
「テレポーテーション!」
声が響くか響かないうちに、彼ら五人の姿はかき失せていた。




