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アナライザー5

 

 放課後、ケイトは緊張した面持ちで、学園の門の近くにいた。

 人を待っているという口実があっても、こう、人に見られている感じがして落ち着かない。

 すると、一人の男子生徒が門近くに陣取って動かなくなった。

 おそるおそる覗き込んだケイトは、はっとした。見たことがある顔だったからだ。


(あれはたしか……スカイアドベンチャーのリーダー、バートさん)


 しかし、声をかけるのはためらわれた。いくら有名な生徒の一人だと言っても、相手からしたらケイトは初対面の女の子だ。学課も違うし、面識もない。


 ああ、もう、こういうときに話しかけられないから、いつまで経っても成長しないのよ!

 ケイトは自己嫌悪にかられ、顔をそむけた。赤面した自分を見られたくなかったからだ。

 ちょうどそのころ、気配に疑問を感じた舟長バートがこちら側を覗き込んでいるとは知らずに。


(誰だ? 顔も分からんし、同じ斥候課という訳でもないらしい)

(はやくチェリルさん来てくれないかな……)


 そこに現れるが、救世主チェリルだ。二度寝したので眠くない。元気いっぱいのチェリルだ。彼女はケイトに近づいて大きな声であいさつした。


「ケイトちゃん、おはよー!」

「お、おはよーっていうかこんにちはー?」


 周りの目を気にしてあまり大きな声が出せないケイト。これから午後に向かうからこんばんは、でも良かったかもしれない。と悶々して悩む。


「舟長、この子だよ、お昼に言った子!」

「そんなに怒鳴らなくても聞こえとるわ!」

「ケイトちゃんを今日の冒険に連れていきたいの」

「構わないが、六人パーティーになるぞ?」

「舟長が抜ければ五人パーティーなんだけどね」

「死ね」

「あはは、エナフォすっぞ?」


 最初から険悪なムードになった二人にどう関わればいいか分からないケイト。

 たぶん、関わらないのが正解です。


 満面の笑みで殺伐としたセリフをやり取りしている二人をよそに、トキワがやはり影の中から現れる。ぎょっとするケイトを見て、彼には珍しく表情を変えた。

 困ったような、落ち込んだような顔をしたのである。それを見て、ケイトは失礼に気付いた。表情を改めてペコンとおじぎをする。


(この人がトキワさん……すごい、全然気づかなかった)


 因みに、ケイトに優しい理由は簡単。ケイトを泣かせたり困らせたりすれば、チェリルのご機嫌を損ねるだろう、との考えからだ。

 彼の中心には自分とチェリルしかいない。


「斧戦士、いつから来てたんだ?」

「さっき」

「本当かよ。こないだ魔法使いのこといつでも見守ってるとか言ってたじゃねーか」

「見守ってるのは分体だ。疑うなら初めから聞かなきゃいいだろう」

「げっ。マジでストーカーだな」

「舟長、二、三発、斧ってもいいか」

「二、三回死ねと?」

「誰がリバイブするの? 斧戦士さんもちゃんと考えて言ってよね」

「ごめん」

「スイマセン」


 SPの消費がもったいないので舟長は死から免れた。

 一方、ケイトはこのパーティーでやっていけるか心配になった。


 このあとアサシンことモードとセスが無事に集まったので、冒険に出発したスカイアドベンチャーとケイト。早速バトルに繰り出そうとしたそのときだ。


「えーと、私はなにをすればいいんでしょう……」

「うーん、この辺の敵は弱いから、何もしなくて大丈夫」

「一応、短剣でも持たせとくか。攻撃力はどのくらいある?」

「え、えーと……」

「舟長がリサーチをかけてあげれば分かるんじゃない?」

「戦闘時以外にリサーチをかけたことはないが……やってみるか」


 ケイトは驚いた。この人がスカイアドベンチャーのアナライザーであることに。

 そして、通常時にリサーチを使ったことがないというのに。

 どうやって熟練度を上げたんだろう。戦闘でずっと使い続けていたんだろうか。


 攻撃力が見えるということは、私よりもリサーチのレベルが高いということだ。アナライザーの家系に生まれて、幼いころから鍛えてきた私より、ずっと格上の存在。

 信じられないことに、その人は斥候課でシーフをやっているらしい。アナライザーが専門でない人が、私よりも高い技術を持っているなんて、認めたくなかったし、悔しかった。


 ケイトの葛藤にはまるで気付かないで、バートはステータスを見て顔をしかめた。


「わたしにも見せてー」

「ほいよ」

「あー、これは……うーん……」

「短剣はミセリコリデでいいか。たくさんあるし」

「攻撃力が圧倒的に足らん……。近いとはいえ、ここは早すぎたか?」

「だが、彼女に合わせてモンスターを変えれば、急速なレベルアップは望めんぞ」


 葛藤していたおかげで、この辺の失礼な解説が聞こえなかったのは幸運か不運か。


「じゃあ、この……大丈夫? 頭痛い?」

「あ、へーきです。これはなんていう短剣ですか?」

「ミセリコリデ。即死効果の付いた武器だから気を付けて扱ってね」

「えっ。即死ってそのままの意味の……?」

「ああ、でも確率は低いから大丈夫。自分に当てないようにすればいいから」

「え、あ、こ、これでモンスターを……できるかなあ」


 結果的にいうと、ケイトの心配は無用のものだった。

 チェリルの何もしなくていい、その言葉通りで、することがなかったからだ。

 よって、ケイトが短剣を振る機会もなかった。


 いつも、スカイアドベンチャーの五人が通常攻撃をすると、敵はみんな倒れてしまっているのだ。下手をすると、敵が一体しか出なかった場合など、チェリルの攻撃も必要ない。


 こんなに何もしなくて、いいんだろうか。経験値ばかり貰って、何もしないなんて。

 ケイトの不安は膨らんだ。


「あ、あの!」

「どうした?」

「やっぱり私、なにかした方が……」

「ダメだよ。この辺りの敵は、ケイトちゃんと比べてずっと強いんだ。当たったらすぐ死んじゃうよ」

「一番いいのが防御しててくれることなんだが……難しいか?」

「すみません……」

「そだ、戦闘後の回復を任せるってのはどう? 舟長の負担も減るし」

「そうか、何も戦闘中じゃなくてもいいのか」

「悪くない案でしょ」


 チェリルが胸を張る。張る胸なんかないだろって? はい、エナフォ。

 架空の敵をやっつけたところで、チェリルはケイトに説明する。


「戦闘終了後にヒールダンスを頼んでもいい?」

「それなら! わたしにもできます」

「よしゃーおけーぃ。みんな、頂点向かってさらに進軍だー!」


 チェリルが拳を空へ向かって突き付けると、予想に反してあまり積極的でない応答が返ってきた。チェリルが振り返ると、そこには火山の暑さにばてている仲間たちがいた。


「ちょっと、ここまだ火山のふもとなんですけど……」

「いやー鎧着てると暑いわー。斧もあちちだわー」

「その斧、手持ち部分は木製だろ」

「オリハルコンでコーティングされてるから熱いのだろう」

「そうか。いかに幻の金属と呼ばれていても、所詮は金属。熱くなるという訳か」

「あのー。そこの議論で熱くなるのはやめて、登りますよ?」


 敬語になるとケイトとキャラがぶりするので避けていたチェリルだったが、この仲間のだらけように黙っていられなくなった。禁断の敬語喋りを解禁して、トキワとふざけいているバートをたしなめる。トキワはおとなしく従ったが、バートはまだふらふらしているので、チェリルはモードに目配せした。モードは快く承知した。


「アイスブレード。 どう? 少し涼しくなった?」

「と、とっても涼しいです。ちょっと寒気がするような……」

「気のせいだよ、きっと。気・の・せ・い」

「舟長、HP減ってね?」

「気のせいじゃない?」

「ああもう、そういうゴリ押しで行くのね……いつものことだけどさあ」


 呆れたセスは、長いものに巻かれることにした。氷の剣にぶっ刺された舟長ではなく、このおっかない女性陣(二名)に従うことにしたのだ。封印されし舟長は、痛みと冷たさで意識が朦朧としている。


「よーし! 今度こそ山に登るぞー!」

「おー」


 良くなった返事に気をよくして、チェリルは一歩前に進んだ。ランダムエンカウントだ!

 出てきた敵に援護魔法をぶち込む。敵は一瞬にして散り散りになった。


「え? いまの何ですか? なにもないとこから急に敵が……」

「あー、たまにそういうのあるんだよ。シンボルしないでランダムするときが」

「シンボル? ランダム?」

「うん、魔法使いのヤツは意外と適当なこと言ってるから、八割は流して聞いた方がいいぞ」

「えっ。えっ? ……みんな頷いてる」

「舟長、あとでエナフォな」

「なんでオレだけ……?」


 この世界のエンカウント方式はシンボルである。

 しかし、ランダムエンカウント制のシステムに縛られるスカイアドベンチャーは、ランダムエンカウントとシンボルエンカウントの両方が判定される。非常に鬱陶しい仕組みになっているのだ。それでもこれは、戦闘が多い=稼ぐ経験値が多いとして、スカイアドベンチャー内では、割と歓迎されている仕組みの一つである。


「じゃあ、早速、ヒールダンスをお願いね」

「はい。ヒールダンス!」


 癒されそうな音楽とともに、ケイトが躍り出す。一周回って、いつの間にか装備していた鈴をしゃんしゃんしゃん、と三回鳴らす。すると、スカイアドベンチャーたちのHPは186ぐらい回復した。消耗が全くない戦闘だったので、その一回で全員の体力が全回復する。


「ありがとー」

「オレの減り続けていた体力も回復したよ。ありがとう」


 チェリルとバートから感謝されたケイトは、非常にうれしそうだ。鈴をしゃんしゃん鳴らして、ジャンプして喜びを示す。


「踊りで体力が回復するとはいったいどういうことなんだろう」

「深く考えるな。あれだ、音楽で癒しを、踊りで感動を届けているんだろう」

「なんだかMPも回復するような気がしてきた」

「まじかよ永久機関だな」

「仮に回復するとしても、それができるのはケイトちゃん含めこの世のダンサーだけだがな」

「うーん、捉え方で回復効果も変わるとか、ずるいぞ異世界人」


 しゃんしゃんしゃん、と鈴が鳴るたび、回復の波動がこっちに押し寄せてくるのが見える。


 異世界人とは、この世界で一番生きるのに最適化した人類である。当然待遇もよくなっていて、アクセサリーは五個以上付けられるし、装備できるアビリティの数は無限大だし、スキルの効果は決まってなくて、使う人や見ている人の解説が決め手になることが多々ある。

 唯一転職できないことが弱みだったが、こうしてケイトが転職できたことを考えると、常識はずれではあっても、もはや弱みではないのかもしれない。


 それでもスカイアドベンチャーの育成方法が噂されるのは、ひとえに彼らの努力が成果を生み出しているからだ。熟練度より武器を、スキルよりステータスを選び続けた五人は、他の冒険者が解けなかった謎を見つけたし、踏破できなかったダンジョンを攻略した。その成果、結果が学園内での彼らの評価につながっているのだ。


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