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アナライザー1

 

「腕力230って地味に高いですよね?」

「え? スカイアドベンチャーの中では低い方だよ」


 魔法課教員の紅一点、リア・モートンが幾人かの生徒を引き連れて、魔法使いチェリルに話しかけてきたのは、授業終わりの放課後。

 特に用事のないチェリルは、教室の近くでぶらぶら歩いていた。


「先日、ねむっている仲間を起こすために、通常攻撃を加えたと言ってましたよね」

「スリープアウトのこと? 一応魔法なんだけどなあ、そうだよ。それが?」

「腕力230もあったら、相手が怪我してしまいますよ」

「大丈夫、向こうの防御力は398もあるから。平気、へーき」

「じゃあ、本当に230もあるのか、確かめさせてください!」


 飛び出してきたのは、リア教師に連れ添っていた一人の生徒。名をケイト・ノーマンと言う。

 彼女が指さしたのは渡り廊下の下にあった石だ。色々なものをサーチして仲間に伝えるスキルを持つ彼女は、その石が防御力0で耐久力が200であることを見抜いたようだった。

 チェリルにはそれが分からないので、え? どれ? とか言っている。


「この石です!」

「おー、石を叩けばいいの?」

「そうです! これで壊れれば、腕力200以上あることが証明されます!」

「そんなの使わなくても、ステータスを見れば早いのに」


 ぶつぶつ言いながら、チェリルは杖を振り下ろす。

 希少金属でできた杖はカーンと高く音を鳴らせ、石は粉々に砕け散った。


「はい、壊せたよ」

「……リア先生。魔法課の女の子はみんなこんな感じなんですか?」


 支援課の生徒であるケイトが、すがるようにリア教師を見た。

 リア教師も困惑と驚愕をしながら、なんとか思慕されている生徒の質問に答える。


「ケイトさん、質問は具体的に。腕力の話でしたら、彼女は異常の部類に入ります」

「異常とは失礼な。鍛えた結果なのに」


 チェリルはふんす、と鼻を鳴らした。

 だが、彼女たちの気持ちも、知力900超えのチェリルには理解できた。

 転職という選択肢を持たない、一途な異世界人たちは普通、一度決めたジョブを変えることはしない。いかに挫折があろうと、才能の壁が立ちはだかろうと、そのジョブを、生涯をかけてまっとうしようとする。


 しかし、スカイアドベンチャーはそうではない。他のジョブのスキルを使うのは日常茶判事だし、就いてるジョブがころころ変わるので特定の呼び名を決めているほどだ。

 ※スカイアドベンチャーは、仲間のことをジョブ名で呼んでいる。一人例外あり。


「みんなもジョブを変えればいいのに。戦略が広がるし、ステータスも伸びるよ」

「……いつ、どのタイミングで変えるんですか?」

「いま就いてるジョブで行き詰ったときだよ。他のジョブを一からやり直すんだ。すごくジョブレベルが早く上がって爽快感があるの」

「ジョブレベルがいまいち分かりませんけど、悪くないかも……」

「ちょ、ちょっと、ケイトさんしっかりしてください!」

「なんじゃその言い方は。わたしが悪いヤツみたいじゃない」


 リア教師の言い方に、またもや拗ねるチェリル。

 ケイトは既に決めたのか、リア教師には耳を貸していない。


「す、すみません、そんなつもりじゃなかったんです。でもですね、ケイトさん。急にやり方を変えるのは危険ですよ! それに教科書にも書いてない方法なんて……」

「教科書に書いてある方法なんて、大昔の人が考えた簡単なものばっかじゃないですか。私は、挑戦したいんです……そして、私もチェリルさんみたいに有名になるんです!」

「なるほど、そういうことか」


 アナライザーは決して名の売れたジョブ名ではない。一人いたら便利だが、序盤のパーティーにはそれより攻撃役が欲しいし、中盤のパーティーは魔術師や僧侶の方が欲しい。

 そうとなると残るは終盤の冒険者たちだが、そのパーティーに入るにはアナライザーとしての実力が足りないのだ。


 これはアナライザーだけの問題ではなく、斥候課のシーフやスカウトにも言える問題で、これに関して学園側は、今のところ目立った対策をしていない。


「いいともさ、ケイトちゃん、わたしがきみをどんなパーティーにも引っ張りだこな……えーと今のジョブ名はなに?」

「アナライザーです」

「よし分かった。有名なアナライザーにしてあげる!」


 チェリルはケイトの手を取って、リア教師の横を通り抜けた。

 リア教師はそれを呆然と見送った。

 チェリルは、拍子抜けする。もっと妨害があるだろうと思ったのに。

 不思議そうに振り向こうとしたチェリルをケイトが止める。


「どうしたんですか? 早く行きましょう」

「そ……そだね。まずは何のジョブがいいかなあ」


 一方、置いて行かれたリア教師は震えていた。

 自分でもなんだか分からなかったが、とにかく悔しかった。

 言い返す言葉が見つからなかった自分を責める。


 思わずうつむくリア教師を、数人の生徒がぎょっとして支える。

 ケイトが裏切ったからだろうか、最初よりもずっと寂しい気がした。


 リア教師は決めた。

 今日は呑もう、と。あの女子生徒とかかわりの深いらしいセインズ教師も誘って呑もう。

 滲んだ涙を拭き、毅然と顔を上げると、不安そうな生徒たちの顔があった。

 そんな生徒たちにリア教師は笑顔で声をかける。


「ありがとう、もう大丈夫ですよ」

「先生、だいじょうぶ? うちらの前だったら泣いてもいいんだよ?」

「生徒に気を使われるなんて……何年振りかしら。もう泣いてませんから」

「泣くの我慢すると後が辛いっておじいちゃんが言ってたよ」

「あらあら。いいおじいちゃんね。そんなこと言ったら、泣きたい場面なんか一日中ありそうだわ」


 今日一日あったことを思い出しながら、リア教師は笑う。


「ウチがやっつけてあげよっか?」

「あなたは魔法課の優秀な生徒だけど、さすがに学園長と戦わせるのはわたしの良心が許さないわ。気持ちだけ受け取っておくから、ね?」

「あの子には負けるけど、あたし、結構強いから」


 見事な赤毛をしたその少女は強気に笑む。瞳には輝きが灯っていた。


「そうね、強いわ。あの子って言うのは誰?」

「さっきのグラスアロー家の子。絶対対戦に当たりたくないもん」

「そう……。でもあの子にも弱点はあるそうよ」

「物理攻撃に弱い、でしょ? あたし知ってる」

「そうねえ。それこそ杖で叩けばいいのかしら……」


 リア教師の呆れた声が誰もいなくなった教室にこだました。

 だが、杖で叩くという手段はおそらく使えないだろう、とリア教師は推測する。

 よりにもよって遠距離攻撃が得意な魔術師相手にのこのこと近付いて行っても、魔法攻撃の的になるだけだ。


 リア教師は、彼女と戦うシミュレーションをしようとして、勝ち筋を見出せないことに気付いた。相手は学生時代猛威を振るった、あのセインズ教師をも圧倒した新入生である。生半可な覚悟を抱いただけの今の自分には、勝ち目がないのだ。

 悔しさは募る一方で、やっぱり今日は呑み明かそう、と決意した。


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