ランス家の夜更かし
ランス家にて。
朝出掛けたよりずっと低いレベルで戻ってきた娘を、父は何も言わず受け入れた。
その晩のこと。書斎にこもっていた父ジェラルドはノックの音を聞いた。
「入れ」
「失礼します。グロリアです」
「グロリアか。そこの椅子に座りなさい。今日のことを話したいんだろう?」
「はい。それでお父さま。これは他言無用にしていただきたいのですが」
「王に尋ねられたら隠してはおけないが、分かった。内緒にしておこう」
ジェラルドは柔和に微笑む。彼は現役の魔術長である。
魔術に関することは彼も知りたいはずだ。それを他の人に伝えるか伝えないかは彼の裁量に任されている。
「ありがとうございます。今日、わたしは転生という秘術を行ってきました」
「てんせい……?」
「はい。それを行うことで、一度レベル1に戻りますが、いままでより早く強くなれるというものです」
「ふむ……続けなさい」
「わたしの転生前のレベルは50ありました。ある程度の力を持ち越しながらレベル1になったわたしは、レベルを23まで上げたところで気付いたのです」
「……」
「レベルが50だった頃よりステータスが伸びている、と」
「ほう。半分も超えてないのに、はるかに強くなっていたのか」
「はるかに、ではないです。ちょっと、です」
「それは失敬」
咳払いをして気まずさをごまかしたジェラルドだった。
「グロリア。きみにこんな秘術を教えてくれたのは誰だい?」
「お父さま、スカイアドベンチャーという冒険者を知っていますか?」
「ああ知ってるよ」
グロリアの顔がパッと明るくなる。知ってるんですか!? と目を輝かせて言う。
「新進気鋭の冒険者だろう? 若手のメンバーばかりだが、実力はかなりあると聞くね」
「そのスカイアドベンチャーが、同じ学園に通っているんです」
「なるほど、スキルやジョブの資格を得て、強くなろうというのだね。それは分かる」
ジェラルドはうんうんと頷づいた。
「そのスカイアドベンチャーで魔法使いと呼ばれている人に教えてもらったんです」
「名はなんと言うのだ?」
「チェリル・グラスアローですわ、お父さま!」
「グラスアロー? どこかで聞いたことがあるような……?」
「彼女は田舎の生まれだと言ってました」
「家名ではないということか」
「わたしの知る貴族の名でもないです」
うーん、と考え込むランス家の二人。
ジェラルドが諦めて頭を上げる。グロリアも父に次いで顔を上げた。
「まあ、そのうち思い出すだろう」
「グラスアロー? 全然聞いたことがありませんわ」
「グロリア、魔術長になりたいなら勉強だけではなく、会話やコミュニケーションも上手じゃないといけないよ」
「はい……そうですね」
「どうかしたのかい?」
「わたし、チェリルさんの話を聞かず、自分勝手な判断で彼女を侮辱してしまったんです」
「……詳細を聞こうか」
グロリアは今日あった出来事を洗いざらい打ち明けた。
夜も更け、グロリアの涙が止まったころ、ジェラルドは息をゆっくり吐いて言った。
「それは双方が悪かった話だね」
「そんなことないです。チェリルさんはわたしにずっと話しかけようとしていました。なのに、わたしは……」
「パニックに陥っていたんだ。ぼくは彼女の事前説明がなかったことが気になるな」
「それは……何故なんでしょう。あのとき、わたしはチェリルさんを信頼しきっていました。これから何が起こっても、後悔はないと」
「……学生特有のテンションだったのかな。悪くないけど、大人になるなら正していくべきだね」
「うう……」
その謎のテンションで身を滅ぼしかけたグロリアには耳の痛い話だった。
「さあ。あんまり長話をすると眠れなくなってしまうよ」
「はい、お父さま。お休みなさいませですわ」
「ですわ、は要らないかな」
「お休みなさいませ」
「うん。お休み」
グロリアがいなくなった書斎の中でジェラルドは考える。
「グラスアロー、グラスアローかあ」
グロリアが来るまで読んでいた本をめくって考えるが、思い出せない。
ついでに本の内容も入らない。
(んー。これは長期戦になるかな)
そう思って立ち上がったそのときだ。
「そうだ、グラスアローの魔法使い!」
なるほどね、スペルメイカーの方だったか、と呟く。
すっきりしていい気分だ。スペルメイカーの情報をまったく持っていない娘にはややがっかりしたが、まだ一年生だからと思いなおす。
まだ時間はある。グロリアは確かに成長している。
この『転生』の秘術で娘はさらなる成長を遂げるだろう。
この自分すら知らない、秘術。気になって仕方がない。
「しょうがない。相手の女の子には悪いが少し調べさせてもらおう」
このあと、斧戦士との激しい情報(妨害)バトルが行われるとは、さっぱり知らないジェラルドであった。




