スカイアドベンチャーと敗北1
それは、とても天気のいい日のこと……。
魔法使い チェリル・グラスアローは盛大に喧嘩を売られた。
「わたしの売りは大規模魔法陣。幾万もの敵を打ち破るランス家の魔術を、受けてみなさい!」
「わたしだって範囲攻撃ぐらいできますよーだ」
喧嘩を買った彼女はぼそぼそと口で言い返した。
バックに仲間がいないときのチェリルは、割りと小心者だ。
いつものように自信満々でなく臆病に凍えているチェリルは、敵の目にどう映っただろうか。か弱いこども? それとも腹芸のできる魔術師?
「なんて言ってるのか聞こえないけど……いまさら後悔しても遅いわ! クリスタルグラヴィドン!」
「しょっぱなから聞いたことのない魔法……マジカルバリアとオートヒールで固めておこう」
「防御魔法ね? ふふ、それぐらい突き破ってあげるわ!」
声を上げる敵。彼女はグロリア・ランス。
自己申告の通り、大規模魔法陣と呼ばれる薙ぎ払い系魔法を得意としている。
チェリルが対抗した範囲攻撃との違いは、複数属性を操れるかどうか。
氷・水・風など、三種類以上の魔法属性を使って展開される範囲攻撃を、大規模魔法陣と呼んでいるのだ。
発動時に多数の魔法陣を背負うようにして戦う様子から、そう名付けられた。
「トランス……はしてる暇ないね」
「さあ、グラスアローの魔女さん? どう出てくるのかしら?」
挑発されるチェリル。いま彼女の脳裏によぎった言葉は、ラノベの魔法使い(女)ってツンデレか高飛車ばっかだよな、である。心の余裕を持ち過ぎだ。
グロリアは高飛車に当てはまるのかなあ、なんて考えつつ、オールヒールを唱え終わる。
これでしばらくの間、チェリルのHPは回復し続ける。要はリジェネだ。
けっして避けたり避けたりが得意でないチェリルにとって、魔法をかわして攻撃するという手段は存在しない。敢えて受けて、回復する。これがチェリルの常とう手段だ。
「エナジーフォース!」
「わたし、悪いけど魔法防御もそれなりなのよねー。実は」
「エナジーフォース!」
「だから、ムダなの。聞いてる?」
「エナジーフォース!」
「馬鹿の一つ覚えじゃないんだから……失望したわ」
「エナジーフォース!」
「むぅ……。いいわ、この一撃で終わらせてあげる! ……ってあれ?」
「エナジーフォース!」
「ちょ、ちょっと待って! なんでこんなに早く体力が削られて……」
慌ててポーションを探すグロリア。
この世界の魔術師は、基本ヒールが扱えないので、回復はポーションに頼るか、仲間に僧侶を組み込んで回復してもらうか、どちらかと決まっている。
そのため、学校の授業やスタジアムを使う大きな大会では、魔術師のポーションの持ち込みが推奨されているのだ。
もちろん、例外中の例外、“グラスアローの魔法使い”はヒールが使えるので、ポーションを持参しておく必要はない。
「ええい、一か八かよ! カロンポータル!」
「なにおう! ってこれはそく――」
「やったわ。気絶が効いたのね! ……あれ、起き上がってこない」
「」
「あ、あの! 大丈夫!? ねえ!」
「う、うーん」
チェリルが目を覚ますと、そこは白い部屋であった。
なんだか脱出ゲームでも始まりそうなテロップだが、なんのことはない、保健室で目覚めただけである。
保健室は白を基調とした清潔感あふれるお部屋なので、即死していたチェリルも爽やかな目覚めを迎えることができたのだ。
「あ、ほんとだ。魔法使いちゃん起きたよ」
「斧戦士の言った通りか。よかった、よかった」
「ちょっと正確すぎると違いますの?」
「おい、魔法使い。おまえを倒した魔術師がなんか言ってるぞ」
横になっているチェリルを覗き込む影は五つあった。
舟長 バート、アサシン モード、剣士 セスの仲間たち四人とグロリア・ランス。
斧戦士 トキワがいないのは、彼女が起きる数秒前に上体を起こし、チェリルの背後へと回っていたからだ。
実際、斧戦士さんは?と聞いたチェリルに、トキワはそっと両肩に手を置いて、彼の感覚ではかなり控えめにアピールした。なお、実際のチェリル氏のリアクションはというと、飛び上がって驚きを表現したのは言うまでもない。
「びっくりしたあ……」
「ごめん」
「ううん、気にしないけど……」
「そこ、甘い空気にしようとするの、やめなさいな!」
「初対面のくせに、この雰囲気を察するとは……なかなかやるなおまえ」
バートがグロリアを称賛する。
アサシンが、グロリアとバートの両方を胡散臭い眼で見つめていた。
「魔法使い、おまえ即死してたからこっちでリバイブかけたからな」
「やっぱり? 舟長、ありがと」
バートが耳打ちをする。
そうなのだ、チェリルが倒れたとき、担当していたエリオット教師は慌てた。
普通、気絶魔法の効果は即時に起こるが、効果時間は長くない。具体的にいうと、対戦が終了したころには意識が戻るくらいだ。しかし、今回チェリルは気絶ではなく即死してしまったため、どれだけ待っても彼女の意識は回復しなかったのだ。
魔法課の教員はさまざまな魔法のエキスパートだが、回復魔法を操ることができるのは一人もいない。その理由は、さきほど説明したとおりだ。
だからこの場合、エリオット教師はチェリルを保健室に運んだうえで、彼女の仲間であり家族同様のパーティーメンバー、スカイアドベンチャーをすべて呼び寄せたのだ。
少し過剰に思える対応だが、結果的にはこの行動がチェリルの命を、文字通り救った。
一番早く保健室に到着したバートが、グロリアの話を聞いてリバイブをかけたのだから。
ちなみに二番手は斧戦士であった。これは足の速さ(ステータス上の素早さ)は関係なくて、単に教室が近かったか遠かったかの差であろう。斧戦士は一番遠い部屋から走ってきて二番手だったのだ。
「チェリルさん、大丈夫ですか」
騒がしくなったベッドの状況に、エリオット教師が気付く。
彼はいまさっきまで過剰な行動を、保健師の教員から叱られていたところだった。
だからだろうか、どことなく凹んでいるように見える。
「あ、エリオット先生。おはようございます」
「おはようございます。じゃなくて、どこか痛かったりしませんか」
「へーきです、だいじょうぶです」
チェリルはどこかズレた返事を返す。エリオット教師はちょっと考えていった。
「チェリルさん、何が起こったか覚えていますか?」
「グロリアさんの即死魔法が」
「即死ではなく気絶魔法ですよ」
「あっはい。気絶魔法が成功して倒れました」
「状況は分かっているようですね。原因は分かりませんが、気絶魔法への耐性が低すぎる可能性があります。そこの辺りを調べてもらうといいかもしれません」
「はい。やっときます」
「では、私は次の授業があるので……。チェリルさんは十分休息してから授業に行ってください。グロリアさんもあまり気に病まないように」
「はい、先生」
最低限の確認をしたエリオット教師は時間に追われながら、保健室を出ていった。




