剣士の受難
剣の腕ではなく、騎士としての技量を高めるために支援課に入った剣士。
剣士だとややこしいので、ここでは彼の名乗っている、セス・ブレイカーという名を使おう。
セスはいま、ひどく寂しいひとりだけの試練に挑んでいた。
「三連撃!」
日の暮れた訓練所でひたすらにスキルを唱えているのは、剣士セス。
今年、ジョブ学校に入った期待の新人である。
期待の新人の割に、残って何をしているのかと言えば、これも授業の一環だった。
ジャストガードの練習のために作り出された泥人形、マッドドールMK-3を使って授業をしたあと、これを壊して片付けるという指示が下されたのだが、これがセスにとってつらい時間の始まりだった。
まったく壊れないのだ。
普通、騎士職というのはソロでもやっていけるように、腕力を鍛えておくものである。
ところが、スカイアドベンチャーという冒険者パーティーに属して長いセスにはこれがない。それどころか、パーティー内で、おのずと決まった役割に沿って成長した結果、腕力には一切振らない、防御と魔法防御だけがカチンコチンの騎士が出来上がってしまったのだ。
故に、いま苦しんでいる。
同じように腕力に振り忘れた同級生が、日が暮れるころには帰っていったのに対し、セスはスキルを使ってもこの遅さだ。
心配した仲間が――魔法使いチェリルが様子を見に来るぐらいだった。
「なーにしてるのー?」
「これ、授業終わりに壊しとけって言われたんだけど、まだ壊せてないから攻撃してるとこ」
「わたしが壊してあげよっか?」
「ダメ。自分で壊さないと授業点もらえないから」
ふうん、とチェリルがつまらなそうに鼻を鳴らす。
スカイアドベンチャーでメインアタッカーを担当する彼女にとって、このドールを倒すことなんか造作もないことだった。
しかし、セスは違うのだ。その違いをパーティーメンバーである彼女はよく知っていたから、鼻を鳴らす程度で収めたのだ。
次第に暗くなる訓練所。チェリルが見えない、と文句を言いながら眼鏡をかけた。
アサシンことモードが教師を連れてきて言う。
「もう諦めたらどう?」
「本気で居残りしてたのか、セス君は」
「あとちょっとで済むから。なんとなく勘で分かるんだ」
「HPバーでも見えてるのかな」
「どうだろうね……そうだ、少し手助けをしてあげる」
「ちょっと待った、攻撃に加わると授業点はパーだぞ。こいつの頑張りが無駄になる」
「そんなの分かってるよ。ただ、身体強化の類はかけてもいいでしょ?」
モードが当たり前のこと言わないでよ、と教師に愚痴る。
教師が反論をしないところを見ると、モードの判断は間違っていなかったようだ。
「おー、じゃあわたし、ライズかけるね」
「ボクはラッキースターをかけるよ、いいね剣士?」
「まあ、おまえらにも迷惑かけてるしな。頼む」
セスは仲間たちの支援を快く受け入れた。
教師は専門外の彼女たちがかける強化魔法がどれほどのものか、と期待してみていた。
「三連撃!」
セスがスキルを発動させる。すると、初撃でドールは待ち望んでいたかのように真っ二つに割れ、残りの二撃が当たってバラバラに砕け散った。
すさまじい威力の元を作った二人を、教師は呆然と見つめることしかできない。
「これで授業点、確保だぜ」
「お疲れ、剣士」
「おう、みんなありがとな。待たせちまって悪い」
「……魔法使いさん、寒くない? 大丈夫?」
「ほんと、こんな暗くなるまで頑張るやつがいるかよ」
斧戦士トキワと舟長バートが姿を現す。気配は消していたつもりだが、セスのセンサーまではごまかせなかったらしい。
急に現れた二人の人物を見て、教師は目を白黒させる。
片方は斥候課の生徒のようだ。しかし、もう一人は……?
「君、何課?」
「戦士課です。グレアム・キャメロ先生」
「戦士課!? しかも何故フルネームを……」
「魔法使いさん、帰ろうか」
「すがすがしいスルーでオレは驚きだよ」
「斧戦士はいつもそうだろ」
話は終わった、とばかりに背を向けるトキワ。その眼には何も……いや、チェリルしか映ってないことだろう。
驚きを隠せない割には驚いてないセスと、ツッコミを入れたバートもトキワとチェリルの後に続く。最後にアサシンが教師に一礼して闇の中に消えた。
取り残された教師は思う。なるほど、噂に聞いていた期待の新人五人は彼らだったのか。
昼間、なかなかドールを壊せないセスの評価を下げたことを思い出して、慌てて訂正しに行く。彼は見上げた根性の持ち主であった、と。