スカイアドベンチャーと愛の行方2
「リガット先生!」
「うん? おまえらどうした?」
「どうしたって……リガット先生こそどうしたんです?」
「悩み事ですか?」
「トキワのやつはどこ行った? あの斧野郎は」
「帰りました」
「か、帰っちまったの? オレを置いて? ……あいつオレのこと絶対嫌いだろ」
「落ち込まないでください!」
「落ち込んではねえけどよ……。自由人にもほどがあるぞ、こらあ!」
がおー。振り回され続けたリガットが吼える。
急に怒り出したリガットを見て、礼儀正しい一年生の生徒がビクッとするが、トキワの時と違って逃げ出したり怯えたりする様子はない。
「大人げないから怒らないようにしてきたけど、もー我慢ならねえ!」
「り、リガット先生?」
「オレはあいつに勝つ! どんな手を使ってでも! あいつが卒業する前に絶対倒す!」
といって、リガットは生徒を放り出して建物の奥に消えてしまう。
残された生徒たちは、ただただ、顔を見合わせるだけ。
かくして、リガットを決意させたこの戦いは戦士課の中で有名になり……。
何を勘違いしたのか、力自慢の生徒が斧戦士トキワに襲い掛かることになってしまだったのだ。それこそ学年関係なく。やがて、学課関係なく。
さて、話は冒頭に戻る。
「ぐすん……」
「そんなに落ち込まないでよ……ほら、ミントアイス。好きだったでしょ?」
「たべるー。ダイエット中だけどたべる、たべるけど……」
「たたっ斬られなくてなくて良かったじゃない。最近、斧戦士の気が荒くなってる気がするんだよねー。まあ、あれだけ全生徒から目の敵にされてりゃ、そうもなるだろうけど」
「夜這いしただけなのに、斬られるの? わたし」
「夜這いしたから斬られるんだと思うよ。斧戦士は魔法使いちゃんのこと、すっごく好きだから」
魔法使い、という単語に反応して、彼女エルシーが体を起こす。
うろんな目をして、しかし真剣そうにモードに問いかける。
「ねえ、その魔法使いって子、わたしより可愛いの?」
「それ、聞く? 魔法使いちゃんは可愛いけど、万人受けする感じじゃないね。大丈夫、エルシーは可愛いよ」
「……わたしよりスタイルいい?」
「あの子はずんどーだから……。エルシー、キミのスタイルの良さに叶う生徒はいないよ」
「なんで、その、斧を使う彼はその子のことが好きなの?」
「キミ、これを聞いてなんでダメだったかの理由を見つけようとしてるでしょ」
「実際そうでしょ。彼が一途だったのが敗戦の理由なんだから」
「あ、負けたの認めるんだね」
えらいえらい、と頭をなでる手を、乱暴に振り払うエルシー。
負けたことは認められても、負けた理由はまだ納得がいかない。
スタイルも容姿も性格も……みんなに好かれるように計算して作ってある。
なのに、なのに……。なんで負けたのかが分からない!
「一応言うけど、理解できないと思うよ。ボクもそれを見たのは一、二回しかないし」
「いったい、どんな理由なのかしら」
「本気を出したときに怖がらなかったのが魔法使いちゃんだけだったんだって」
「本気?」
「そう本気。あいつ影みたいな分体をよく扱ってるけど、あれを使って攻撃するときもあるんだよ。つまり、斧使ってる間は本気出してないってこと。見たらわかるけどかなりエグイ。内臓とかよゆーで見せるし。そういうの魔法使いちゃんが苦手って言ってるのに全然気にしないんだよねー。やってから、あ、って遅いっての。ああ、愛が足りないわー」
「え、えーと、ちょっと待って!」
「やっぱり分からなかったでしょ?」
「そうじゃなくて! 情報量が多すぎるって!」
トキワにさらなる愛を求めつつ、モードは向こうの席に聞こえるように大きな声を上げた。
向こうの席では、トキワが魔法使いチェリルに謝っていた。
舟長バートと剣士セスはその状況を見守りながら、肩を縮こませている。
数メートル離れたところで赤裸々に語られるスカイアドベンチャーの内情に、気まずい雰囲気が漂っていたからだ。
「あ、あれ? い、いつの間に……」
「キミが魔法使いちゃんのこと気にし出してからすぐに来てたよ」
「……じゃあ、わたしもあの子に謝らないと……本人の前であんなこと聞くなんて」
「そう? 魔法使いちゃん、喜んでたからいいと思うよ」
「どういう経緯があれば、あれで喜べるのよ!?」
「聞いてみたらいいじゃない」
「きっ、聞けないって! そんなこと!」
小声ながらも、強く抗議するエルシー。モードはどうでもよくない?とかなり消極的だ。
「あ、あの……。ごめんなさい! あなたをけなしたりする気はなかったの」
「なにが?」
「魔法使いさん、この人はおれにハニートラップをかけてきた人だよ」
「なんと! それは聞き捨てならんな」
「しかし、何かが起きる前におれは彼女を追い返したのだ」
「さすが斧戦士さんだぜ!」
「……」
チェリルとトキワの会話に巻き込まれたエルシーは、静かにモードの向かい側に戻ってきた。たぶん、謝るのがあほらしくなったのだと思う。
真顔のエルシーをモードは励ます。
「やけになる気持ちは分かるけど、それはキミらしくないよ。ほら、胸張って前を見るんだ。いつも自信満々なエルシーはどこに行ったの?」
「どこにも行ってない。ここにいる。けど……」
「じゃあ、愚痴のエルシーはここで終わり。くよくよしないで次のターゲットを見つけたらどう? 手伝いならできるからさ」
「ここだけの話だけど、リベンジして払拭できる可能性はどれぐらいある?」
結構真剣に尋ねた問いだったが、モードの返答はにべもないものだった。
「絶対ないね。さあ、気は済んだ?」
「むー。人生初めての敗北だわ。しかも絶対勝てないなんて」
「いいじゃない。この辺りで体験出来て。世の中には同性愛者や恋愛に興味の欠片もない人がいるんだから。これからも失敗するときはあるだろうね」
「失敗することなんて考えたくない」
頭を抱えるエルシー。彼女にとって斧戦士との遭遇は、よほど衝撃的なものであったらしい。
「だろうね。でも、たまには負けイベントがあるもんだって知っておくのは悪くないんじゃない? うちの斧戦士でそれが練習できたと思えば」
「あなたって時々、わけの分からないこと言うよね。負けイベントってなによ」
「あー、ごめん。絶対に勝てない戦いのことを言うんだよ。もしくは勝っても進展しない戦いのことか」
「ふうん。いい言葉ね。勝てるかもしれないんでしょ?」
「えっ、いい言葉かなあ……ボクは嫌いだけど」
異世界人の思わぬ発想に、モードは困惑する。ほとんどの確率で負けるのだ、それは嬉しくないに決まっている。なのに、エルシーはわずかな勝ちにも意味を見出したのだ。
固定観念の持ち過ぎかな、とモードは反省した。
「ゼロパーセントだあ!」
「やめい!」
一方、向こうのテーブルでは身内にしか分からないネタが炸裂していた。




