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スカイアドベンチャーと愛の行方1

 

「全然効かなかった」

「そりゃそうだろうね」


 アサシン モードの前で落ち込んでいる彼女は、無手課の一年生。アサシンの同級生だ。

 ボンキュッボンのナイスバディで、得意なことはハニートラップ。なりたい仕事は刺客か偵察な、モードとはちょっと方向性の違うアサシン職希望者である。


 そんな明るくて快活な彼女を落ち込ませているのは……初めての敗北。故に彼女は泣いているし、モードは呆れるほかない。


「あいつ相手じゃ勝ち目ないよ。いままで襲ってきた人の中に、一途に誰かが好きって人はいなかったの?」

「そういう相手には……いまだにお目にかかったことはないと思う」

「そうだろうね。ハニートラップが効きにくい相手なら、聞く手段は暴力や脅しでもいいんだから」

「あの人、脅し効くの?」

「あいつ? 効かないと思うよ。暴力もあっちの方が強いだろうし」

「じゃあ、何なら効くのさ?」

「対等に扱って取引を持ち掛ける。しかも好条件じゃなきゃ飛びつかないし、好条件でもなかなか隙を見せてくれない」

「鉄壁じゃん!」

「そうだよ。だから言ったじゃない。どうして挑んだのって」

「有名だったから」


 一言でモードは唸らざるを得ない。そうなのだ。ここのところ彼女の仲間、スカイアドベンチャーには学園の人気者が一人いる。

 斧戦士。またの名をトキワ・リック。魔法使いチェリルの恋人を自称する、狂人だ。

 彼はいま、何の因果か学園中の生徒から狙われる身になっているのだ……。




 事の始まりは、戦士課の先輩がトキワを訪ねたときのことだ。

 その先輩の名は、マシュー・シエロー。最近成績が危うくなってきた遊び人である。

 そのマシューが言うことには、トキワがいま偉大な分岐点にいるらしい。


「貴様、魔法課の女性とつきあっているらしいな。いかん、非常にいかんぞ!」

「……?」

「分からん、という顔をしとるな。そうとも、一年前は俺もそうだった! だが、おまえの選択は身を滅ぼすだろう。今すぐ女性との縁を切るのだ!」

「……」

「でないと……俺のように留年する羽目になる!」


 親切心から言ったのだろうか。留年男はトキワの肩を掴んで、熱烈に訴えた。

 トキワは途中から完全に顔色をなくしていて、はたから見れば、意外な真実に青ざめていたように見えていたことだろう。

 いつまでも肩から離れない邪魔者にトキワはしびれを切らした。

 背中にしょっていた斧を取り出すと、マシューの首元に刃を当てたのだ。


 自分自身にも刃が当たる危険な距離。トキワは躊躇しなかった。ぐい、と一歩前に出る。

 マシューは慌てて下がる。さらに一押し。マシューが下がる。

 ついに壁に追い詰められたマシューを見て、トキワは問う。


「今の発言、魔法使いさんを侮辱したものと取ってもいいか」

「ま、まほうつかいさんってだれだ!」

「……今回は生きて返してやる。魔法使いさんはおれの恋人だ。傷付けようとした者は、容赦なく斬る。覚えておけ」

「せんぱいにたいするくちのききかたがなってないぞー!!」

「そんなもんは知らん」


 マシューの捨て台詞を拾ってトキワは斧を振り下ろす。

 もちろん、マシューのそばにだ。当てはしなかったが、マシューの顔が真っ青になり、かくっと揺れたかと思うと、倒れた。気絶したのだろうが、保健室まで運んでやるほどトキワは優しい性格ではない。ちょっと見て、踵を返した。


 他の一年生は遠巻きにトキワを見ている。殺してないから、おれって前より成長したよな? と自画自賛するトキワ。厳密には、リガット氏も殺してはいないのだが。致命傷を食らって保健室に転送されただけだ。

 そのリガット教師が、訓練所の異様な雰囲気に気付いてすっ飛んできた。

 一年生の視線が責めるようにトキワに集まる。トキワは素知らぬ顔だ。


「……? マシューがなんで一年生のとこに?」

「先生、その……」

「こいつ、気絶してるだけか。誰か保健室に運んでやれ」

「は、はい!」

「僕も行きます!」


 明らかに必要人数より多かったのは、この異質な空間からとんずらしたかったからか。

 逃げるようにしてマシューを引っ張っていく彼らを、トキワは無感情な目で見ていた。


「なんかしただろ?」

「ちょっと脅かしただけなのに、気絶しちゃうなんて失礼ですよね」

「ちょっとか。おい、こいつが何したか教えてくれないか」

「……」

「……」


 残った一年生は、みんなトキワとリガットから目をそらした。

 リガット教師は目の合う生徒がいなくて、ちょっと落ち込む。

 仕方がないので、目の前の無表情の生徒にすべてを聞くことにした。

 かつて対戦して負けた相手に。


「マシューはなんで来たんだ?」

「さあ。つまらない近状を教えてくれましたよ」

「んー、これはマシューに聞けばいいか。じゃあ、次。脅かしたっていうけど、具体的に何をしたんだ?」

「離れてくれないので斧でどかして、壁に追い詰めたうえ、近くで斧の素振りを行いました」


 少し嘘を混ぜたトキワだったが、リガットはその言い分を素直に信じた。

 斧の素振りとは、敵のすぐそばで地面に斧を突き立てる行為のことである。


「そりゃ気絶もするなあ。もうちょっと穏便に行けなかったのか?」

「険悪にならざるを得ない状況でしたので」

「マシューの言葉が気に障ったのか。怒るのはいいけどほどほどにな」

「おや、学生時代にブイブイ言わせていたリガット先生らしからぬ言葉ですね」

「無表情でそういうこと言うなよ……怖いじゃん」

「先生の時と違って、血まみれにはしませんでしたよ。他の生徒が怖がるといけませんからね」


 かつて身体中を切り裂かれて血まみれになった、リガットは顔をひきつらせた。

 この雰囲気、ここの生徒が完全にビビってるだろ!と大声で言いたいのを我慢する。


「えー、いまこの空間でよくぬけぬけと、そういうこと言えるよね……リガット先生マジ信じらんない」

「リガット先生、キャラが崩れてますよ」

「誰のせいだと思ってんの? まあいいや。じゃあ事情聴取はここで終わり、な。良かったよ、逆のパターンじゃなくて。二年生が一年生を倒したとなると、いじめの側面も疑わなくちゃならんからな。書類書くのめんどいし」

「だだ漏れの本音は聞かなかったことにするぞ」


 付け焼刃の敬語を早速取っ払うトキワ。リガットは生徒時代の自分を思い出したのか、何も言わない。

 オレも結構タメ張ってたころがあったなあ。


「いやー最近そういうのが起きたばっかだからびっくりしたわ。じゃあな、おまえの言い分は適当に編集して、会議に出しとくから。たぶん何事もなく流れると思うから安心しろよ」

「そんなんでいいのか」

「そういう雑なとこが戦士課たる所以だぜ。おまえらもこれきしのことでビクビクしないで、どんどん突撃してけよ! オレはそうしたぜ」


 リガットの立ち振る舞いが卒業にどう役立つのかは未知数だが、とりあえず頷いておく生徒たち。一人が己の武器を片手にトキワに近付こうとしたが、なにも映っていない無感情な目に恐れをなしてそれ以上は動けない。


「おまえも威嚇ばっかしないの」

「リガット、残念ながらこれはおれのデフォルトだ」

「せめて先生って呼べや」

「すみませんね、リガット教諭」

「こいつ……何が何でも従わねー気だな!?」

「やるか?」


 トキワが武器をくいっと持ち上げた。

 リガットは慌てる。彼に負けてしばらくたつが、いまだに勝ち筋を見つけることができていないのだ。なによりあの攻撃力の高さが問題すぎる。

 729だと? 今のオレでも500を超えるかどうかだというのに……。

 ※リガットさんは一般常識で言うところの脳筋さんです。


「いや、教師稼業は意外と忙しいからやめとくわ。自由時間が無くなる」

「残念だ。もう一度ぶちのめせると思ったんだが」

「なんなの、おまえ。オレのこと嫌いなの?」

「ん? 生徒はダメだが、教員なら血だらけにしてもいいんだろ?」

「そんなことは一言も言ってないです」


 トキワのズレ切った思考に、つい敬語になって答えてしまう。

 攻撃力だけを高めているというスカイアドベンチャーの戦士。特化している分、当然弱点や短所が存在する。魔法防御が極端に低いのだ。

 しかし、リガットの担当している授業では、彼はいつも自信たっぷりで、そんな醜態をさらしたことはない。属性攻撃が得意な生徒とも対戦したが、やはり高すぎる攻撃力によって葬られていた。


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