フランシス先生と悋気
「やあ、モード。聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょう、アラン先生。マルチダからの風当たりがきつくなるので、手短にお願いします」
相変わらずドライな性格に、アランはたじたじだ。ていうか、マルチダは何やってんの?
「……フランシス先生の隠密を見破ったんだって?」
「フランシス先生?」
「ほら、喋り方がちょっと気持ち悪い先生」
「ああ! その人ですか。先生、後ろにいますよ」
「!? い、いないじゃないか。びっくりしたなあ」
いないことに至極安心するアラン。居そうだから困る。まじで。
「その件ですが、見破ってはいませんよ。なんかここ気持ち悪いなーって感じただけです」
「それがすごいんだよ。マルチダでさえも気付かないんだから。……いや、あれは本気出してるからかもしれないが」
「うちのパーティーにもいるんですよ。すっごく気配を消すのがうまい奴が。あいつと感じが似ていたからでしょうね」
アサシンは知らないが、マルチダのことが好きすぎるフランシスはよく、彼女をストーキングしている。そんなとこも斧戦士に似ている。
「へえ。誰? 斥候課にいるっていう彼?」
「舟長は、違いますよ。斧戦士、ここではトキワ・リックと名乗っています」
「え!? 戦士課なの!?」
「うわ、あぶな、斧飛んできた。どこで聞いてたわけ?」
「ああ、あの壁の向こう側、戦士課の訓練所があるんだよね」
「地獄耳が……危ないっつーの!」
斧を投げ返すアサシン。いくら腕力が300あるとはいえ、斧は重い。斧戦士のように放物線を描かずに、まっすぐ飛んでいく斧。斧戦士はジャンプして斧を受け取った。
垂直ジャンプ!
「なんか今、見えたんだけど。塀より高くジャンプする生徒が」
「あれが斧戦士ですよ。スカイアドベンチャーきっての変態です」
「変態が技術力高いのってどこでも共通なのかな? フランシス先生もだいぶ変態だよね」
「そんなこと言っていいんですか?」
「大丈夫、聞いてないって」
その日の午後。フランシスがアランの目の前に現れた。ドキッとするアラン。
「聞きましたよ。今日、授業中にワタシのことを変態とか言ったそうじゃないですか」
「えっ誰から……」
「ふふ。そんなことはどうでもいいじゃないですか、ね?」
「まさか、学園の隠密を私事に使ったんですか!?」
驚きはしても否定はしないアランに、フランシスは笑みを深くする。
「さらに喋り方が気色悪いとも言ったそうですね」
「あー、あのー」
「生徒に語弊を含む表現はどうかと思います。もしかして、本気でそう思っているのですか? それならワタシも対策を考えなくてはいけませんねえ」
「す、すみませんでしたー!」
「謝れなんて思ってませんよ。ただちょっと怒ってるだけです」
やっぱり怒ってるんじゃないか、とアランは思う。思うが、何もできない。
「ところで、斧戦士という生徒と面識はあるのです?」
「いや。壁越しに見たぐらいで……」
「先日、この教務室に誰かが紛れ込んでいたという話は聞いていますね?」
「職員会で言ってたやつですか。知ってます」
「実はあれを見たのはワタシなのです。黒いスライムのようなものが、書類をパラパラめくっていたのですよ」
「人ではなく、スライム? 誰かの召喚モンスターですかね」
「いいえ、使役されてはいないようでした。自我もあるようですし、なによりワタシのカゲを避けましてね」
フランシスは攻撃手段に影魔法を使う。素早くそして的確に繰り出されるカゲを避ける方法はないと言われていた。
冷酷な檻とも呼ばれるフランシスのカゲを避けただって? 冗談はよしてほしい。
フランシスの目は暗くよどんでいる。
「しかも、逃してしまって……。誠に残念です」
「解剖とか始めないでくださいよ、頼みますから」
「ワタシの勘では、あのトキワという少年と関係がある気がするのです」
「えらく飛躍した考えですね」
「今日、彼を見かけて確信しました。普段は隠しているようですが、ワタシには分かりましたよ。同類であることが」
「そ、そうですか」
「ワタシと彼が、ではありませんよ。あのスライムと彼が、です」
図星を突かれてアランは視線をさまよわせる。
「ふふ。彼と会って話ができるのはいつになるでしょう。あちらも隠れるのは得意なようですから」
「え、話したいの? あんまり普通じゃない生徒なんでしょ?」
「同類だから気になるのですよ、ワタシよりうまく隠れられる生徒がいるなんて。認めたくないのです」
「認めなきゃいいんじゃない?」
だんだん面倒になってきたアランである。さっきの恐怖はどこへやら、タメ口を聞いている。
「アラン先生」
「へ、なんですか」
「変態だの気色悪いだの、言ったことは不問にします。でも、生徒が誤解するかもしれないので、次からは気を付けてください。それと」
「な、なんでしょう」
「誰から聞いたか気になっていたようですが、それはワタシです。たまたま近くを通りかかったら聞こえてきたのですよ」
まさかの本人である。アランは冷や汗がしたたり落ちるのを感じた。
急に空気が重くなったようにすら感じる。
「相変わらず、モードさんは聡い。あなたがキョロキョロしているのを不憫そうに眺めていましたね」
「あ……ああ……」
「なにが聞いてないから大丈夫ですか。状況を見誤るなんてアサシンを専門にしている教師とは思えませんよ」
「そ、その通りです」
「もっとちゃんとしてください。でないと、マルチダが慕っているのを許せなくなります」
「えっ、それってどういう……」
鈍感主人公みたいな反応を示してしまうアラン。
フランシスは舌打ちをした。無手課には珍しいまともな教師。だからマルチダにもてるのだろう、と思っていた。
マルチダがこちらを向いてくれない理由も、そこにあるのだと信じてきた。
己の異常性がマルチダを遠ざけているならそれでも良かった。
なのに。この腑抜けた教師ときたら、マルチダの好意に気付いていないどころか、マルチダが聞いているかもしれない場所で、自分のことをけなしたのだ。
それが許せなかった。
「では、そういうことで」
「は、はい……」
威圧感たっぷりに去っていくフランシスを見送って、アランは心に誓う。
もう二度と、絶対、フランシスの悪口は言わない、と。
マルチダのことは……聞かなかったことにしよう。
やっぱりフヌケでヘタレなアランなのであった。




