アラン先生の受難
彼女がやってきたのは、お昼過ぎのことだった。
一年生のころから目にかけてきた生徒だから、すぐにわかった。
あれはマルチダ・テスラだ。
二年生なのに、何故か一年生の授業に出ている。しかも、自分が担当する授業だけ。
慕ってくれるのは嬉しいが、二年生だからもっと自立してほしかったり。
「よう、テスラ」
「アラン先生……」
おかしいな。いつもこう呼びかけると、家名で呼ばないでくださいませ!と強い口調で返してくるのだが。
お嬢様っぽい口調が面白くて、何度もからかってしまう。実際、テスラ家といえば相当な高位の家なので、お嬢様っぽいのはなんらおかしくない。
「わたし、重大な罪を犯してしまいました」
「うん?」
そこで初めてアランは顔を上げてマルチダを見た。
彼女はアランの前で背筋を伸ばして立っていた。座ったままだと、さすがに彼女の方が背が高いので見上げる立ち位置になる。
「どうした。マルチダがそんな切羽詰まったことになるなんて珍しいな」
「一年生の子をいじめてしまいました」
「えっ……」
マルチダの独白は続く。
「それどころか、数人の一年生にいじめ行為を強要させてしまいました」
「お、おう」
「さらに授業を休んでまで、モードさんに絡みました」
「モード? それってモード・ナイトフェイ?」
「はい。わたしはどうすればいいんでしょう。どんな罰でも受ける覚悟があります」
アランはまず、思った。モード・ナイトフェイは虐められるような素質じゃない。
モードは一年生にしてかなりの好成績を収めている女の子だ。言い方を変えればエリートである。成績に比例する素晴らしい鍛錬をしている生徒であり、スカイアドベンチャーというパーティーで冒険者として既に働いている。性格は良くも悪くもドライで、思ったような反応が得られなくて、アラン自身も戸惑ったことがある。
「モード・ナイトフェイはなんて言ってるんだ?」
「わたしが罪を打ち明けたところ、友だちになって欲しいと言われました」
「……そうか。え!? 友だち!?」
「ほかの一年生はわたしが遠ざけてしまったのですから。モードからすればつらい選択だったでしょう」
「えーと。あー、うん。事情は分からんがそっちの方は解決しているらしいな」
「どういうことですか?」
「こういうとき一番重視されるのは本人同士の関係だからさ」
答えながらアランは、マルチダの様子を観察する。
次に思ったのは、なんでコイツ、叱られに来たのに目がキラキラしているんだ?ということだ。どんな罰でもって、本人同士で解決してるんならあんまりすることな――。
いや、待てアラン。一般的な観念は捨てるんだ。今ここに来ているマルチダの気持ちを考えろ。ここで罰を与えなければ、バツが悪い……じゃなくて! そんなダジャレを言ってる暇はない。ここで罰を与えなければ、もう一度同じことを繰り返してしまうのではないか、と危惧しているのだ。その意思をくみ取って……。
「よし分かった。罰を与えよう。参加している一年生の授業の片付けは全部おまえがやること」
「はい」
「影響を与えた一年生全員に謝ること」
「分かりました」
「以上だ」
「えっそれだけですか!?」
「欲しがっているヤツに罪をやっても、効果はない。おまえも十分に反省しているみたいだし。アサシンになろうとしているおまえなら分かるだろう? 自殺願望のある人間に即死攻撃を放っても意味はない、と」
「……! その通りですね……反省文やトイレ掃除なんてしても、彼女たちに届くわけありませんもの」
「え? そっち?」
マルチダは再び頭を上げると、アランの目を直視した。
「わたし、モードさんに嫉妬していたようです。彼女には恥ずかしくて言えなかったんですけど。その恥、捨ててきます」
「いや、別に捨てなくていいとアラン先生は思うんですけど?」
「いいえ。これこそ罰ですわ。わたしの罰は天が与えてくださる。罰を求めてはいけないのです」
「……」
アサシンが見たら、また暴走してる……と頭を抱えたことだろう。
アランもそう思った。マルチダは成績優秀だが、こういうとこでストッパーが効かないところがある。もっと自制という奴を学んでくれと思いながら、アランは走っていくマルチダを見送った。
「あの子、宗教にでもはまってるのかな」
「マルチダ・テスラが教務室に来てるなんて珍しいと思ったら、そういう訳だったんですね」
「あ、フランシス先生。居たんですか」
「ふふ。ずっとマルチダちゃんを見てました。一度も気付いてくれませんでしたが」
「……」
同じ無手課の教師フランシスは、マルチダのことが大のお気に入りである。
本気で身を隠したフランシスなんかに、生徒が気付いてくれるわけがない。
どうして無手課には変な奴しかいないんだ、とアランは内心でこぼす。
マルチダもそうだが、こいつも話を聞かない。
「まだまだ、隠密に関しては及第点をあげれませんねえ」
「ちょっと厳しすぎるんじゃないですか?」
「モード・ナイトフェイと張り合うなら、ですよ。彼女はワタシの気配に気づきましたから」
悔しいですねえ、と笑いながらのたまうフランシスに悪寒が止まらない。
「あれはスキルやアビリティではない。素の感知能力が優れているんでしょう。マルチダが努力してどこまで追いつけるか、楽しみです」
言うだけ言ったら、フランシスは得意の隠密で姿と気配を消してしまう。
アランでも気付かないこの特異能力に、モード・ナイトフェイは気付いたのだという。
相変わらず無手課は化け物ぞろいだぜ。そう呟いて、アランはデスク作業に戻った。




